上の甲板で続く宴の声が、階段下まで聞こえてくる。
上の甲板で続く宴の声が、階段下まで聞こえてくる。
この船の大人たちは、乱暴で、残酷だ。
特に、酒に酔っているときは。
宴のある日に一人で出歩くなんざ、言語道断。――わかっちゃいたんだけどな。
ちょっと油断しただけでコレだ。
オレは、殴られた口の端の血をなめた。
目の前には、シム・アブリーとファルスト・オボル。二人とも、船の下っ端だ。
自分たちが上にこき使われる憂さ晴らしか、しょっちゅうオレたちに当たってくる。
船に子どもがいるのが、そんなに目ざわりかねえ。
おおっと、腕が当たっちまったか?
小さすぎて見えなかったぜ。
と、シム・アブリーがニヤニヤしながら言う。
ワビに、遊んでやろうじゃねえか。
仔ねずみ一匹じゃヒマだろぉ?
待て、シム。
と、ファルスト・オボルが制止した。
ガキの顔は区別がつかねえ。
そいつは、どの仔ねずみだ。
ああん?
こいつぁ、上から三番目だ。
名前はなんつったっけ…
ギュンツか。
そうそう、ギュンツだ。
ぎゅーんつくん、遊びましょぉ。
やめとけ、シム。
ああん?
なんで止めるよ、ファルスト。
上から三番目のガキは、船長の実験台だ。
…………。
毒慣らしだったか、なんかそんなことやってんだ。月に一度、毒を飲ませて、耐性を付けるんだとさ。
はぁ? んなもん、上手く行くはずねえだろう。
そんなチビガキすぐおっ死ぬぜ。
それがなんと、近頃は毒が効きづらくなってきたらしい。船長は大喜びだ。
そんなときに、毒じゃ死ななかったが拳で死んだ、なんてことになってみろ。次はおまえが殺される番だぞ。
ふうん。じゃ、やめとこう。
助かった…?
今のうちに、逃げ――
でもよぉ、
!!
一発蹴飛ばすくらいなら、死なねえだろ?
ガッッ
シム・アブリーの蹴りを胸に食らい、オレはよろめいて倒れた。
心臓を守ったあばらが鋭く痛む。
実験だか何だか知らねえが、船長から特別扱いされてる時点で気に食わねえ。
どうせ尻尾振って取り入ったんだろ。コビ売ってよ。ガキがよくやるぜ。
おい、ファルスト。
おまえも殴っとけ。
ふん、そうだな。
っ、の
ガン ガン!
――おれからは二発だ。
…ッ、て。
ギャハハ!
じゃ~あな、仔ねずみちゃん。
今日はこのくらいにしといてやるよ、また機会があったら、遊ぼうぜ。
…………。
行ったか…?
オレはむくりと身を起こした。
やつらが消えた先を、にらみつける。
あーあ、ムカつく。
あいつら。あいつら。あいつら!
覚えてろよ――
地獄を見せてやる。
というわけで始まりました!
ギュンツ&ビーバーのわくわく☆クッキング~やつらに目に物見せてやれ~
わくわくー!
船倉にて。
道具と材料を取りそろえ、両手を広げたオレの言葉に、妹、ビーバーが合いの手を入れる。
ビーバーは三歳。船でいちばん年の近いのがオレなので、しょっちゅうあとをついてくる。
オレとしても、ノリが良くて口が固いこいつは悪だくみの相棒としちゃ最高なので、好きにさせている。
ギュン、きょうはなにつくるの?
今日作るのは、ケルベロス薬。
飲むと顔がただれて三倍にふくらみ、夜も眠れぬ痛みと熱に冒されるという猛毒でーす。
すっご~い!
原材料のトリカブトは本来致死性の毒だけど、もろもろの毒草と組み合わせることで相手に生き地獄を味わわせることができ――
だれ!!
突然の物音に、オレは階段を振り返った。
…………。
…………。
…………。
おまえらってさ、生きてるだけで楽しそうだよな。
いきなり暴言吐かれたんだけど。
人影の正体を確認して、オレは肩の力を抜いた。
おまえかよ、ドナウ。びっくりさせんな。
大人たちのだれかだったら、消さなきゃいけないとこだった。
流れるように物騒だな。
記憶を、だよ。
そっか、それなら…
いや、やっぱり物騒だな。どんなクスリを飲ませる気だよ。
今も、鍋かき混ぜて何か作ってるみたいじゃねえか。
聞き違いじゃなければ、けっこうエグイ毒だけど。
安心しろよ、飲まなきゃ効かない。
誰に何された?
……なに?
脈絡のない質問に、オレは一瞬言葉に詰まった。
ドナウは、何が不思議なのかわかってない顔で、首をかしげた。
何って、誰かに飲ませるための毒だろ、それ。念のため作っとくってだけなら、わざわざそんなエッグイ毒にしなくていいもん。
復讐したいようなことがあったってことだろ。そいつらに何されたんだ?
ドナウに関係ない。
関係ある。
おまえはおれの弟だ。
血はつながってねえだろうが。
冷たい言い方すんなよ。
本当、かわいくねえな。
そりゃ、おれたちは、偶然船で働くようになったガキ同士ってだけだ。
ホントの兄弟じゃない…でも、ホントの兄弟以上の絆がある。
ホントの兄弟なんて、偶然同じ親から生まれたってだけじゃねえか。
おれたちは自分で選んで手を組んだんだからな。お互いを守り合うために。
自分で選んだからには、ちゃんとおまえを守りたいんだよ。
弟が誰かに対して怒ってんのに、相手を知れもしねえのか、おれは――
ビーバー、それ取って。
コレ?
ちがう、そのとなりの。
あからさまに無視しやがって!
話す気がねえなら、仕方ねえな…
ギュンツに手ぇ出しそうな大人に直接話聞いてくるか…
待て。
ん?
直接話…?
なんて聞く気だ?
ギュンツが誰かに毒を盛ろうとしてるけど、心当たりは?
脳みそを入れかえるのと舌の根を切り取るのとどっちがいい?
世界拷問大百科でも読んだのか?
読む本は選べよ、将来地獄に落ちるぜ。
…相手の名前言ったら、引きさがるんだな? なんもしねえな?
ギュンツがされたくないなら。
…………。
シム・アブリーとファルスト・オボル。
あの二人か。おれもしょっちゅう殴られる。
でもギュンツは、殴られたわけじゃねえんだろ? ケガしてねえもん。
殴られたし、蹴られたぜ。
合計四発。
ふうん…でも、それだけじゃねえだろ。
べつに、言うほどのことじゃない。
あいつらに聞けばわかるかなぁ。
…コビ売ってるって言われたんだよ。
な!
オレが船長に気に入られてると思ってるらしい。コビ売って、しっぽ振ってるってさ。
ま、全部が全部ハズレでもねえか。こんな船じゃ子どもは子どもらしくニコニコしてた方が安全だし、オレは笑うのが得意だし?
でもやつら、こっちが言い返せないと思って好きに言いやがるもんだから――って、おいコラ、どこ行く気だドナウ。
あいつらに一言言ってくる!
待てこのまっすぐバカ野郎。
言って片づく問題ならオレ今なべかき回してねえんだよ。自分の報復は自分でするからおまえは大人しくしてろって――
笑うのが上手くてなんだってんだ!
ギュンツはなあ! ニコニコしてるときほどろくでもないこと企んでんだぞナメんじゃねえぞ! って言ってくる!!
それこそやめろオレを殺す気か!!
止まれってのオレを引きずって歩くな!
おいビーバー、足おさえろ!
おう!
はなせえええ!
文句言ってやるんだあああ!!!
はあ…は…
この…ちっからつよ…!
ギュンがぐでんとなってしまった。
悪かったよ。
おれとギュンツとヴルムとじゃ、ギュンツがいちばん力弱いもんな。
ビーバーは?
ビーバーは特別枠で最強。
ヤッター!
ったく、止まってくれてよかったぜ。
おいドナウ。落ちついたかよ?
落ち着いた。
でも、まだ腹は立ってる!
仲間をバカにされて、黙ってられるかよ!
あのさ、ドナウ。そういうところだよ。おまえの生傷が絶えない理由。
オレたちの中でおまえがいちばん殴られてるって、わかってる?
それ、あいつらを人間あつかいするからだよ。
人間扱い?
それの何が悪いんだ?
正面切って話し合って、言葉で解決。人間同士なら正しいやり方だ。
でもさ、あいつらの方がオレたちを人間あつかいしてねーじゃん。なんて呼ばれてるか知ってるだろ。
船倉の仔ねずみども!
その時点でどうやったって「人間同士」にはならねえよ。
だからおまえのやり方は、間違ってるんだ。
じゃあ、どうすりゃいいんだ?
そうだな…たとえばヴルムは、あいつらを巨大なモンスターだと思ってる。だから下手に逆らわないし、刺激しない。それに、なるべく出食わさないようにしてる。
オレはあいつらをしゃべるイモムシだと思ってる。だから基本は無視。相手にするときは効率重視で、いちばんリスクの低い方法を取る。除虫剤まいて人間が死んじゃ意味ねえからな。
いちばん正しい方法は、オレにもわかんねえよ。でもなにが間違ってるかは、わかる。言葉が通じるなんてカン違いは、いちばんの間違いだよ。
ギュンツ…
なに。
「しゃべるイモムシ」のインパクトがでかすぎて、話が頭から飛び去っちまったんだが…おれってバカなのか?
すごくバカだと思う。
そっか…おれはバカか…
バカでもなんでもいいよ。
怒鳴りこみに行くのやめてくれりゃ、それで。
わかった。
じゃあ、他には何ができる?
は?
怒鳴りこみ以外で出来ること、ねえか?
力になりたいんだ。
んー、そうだなあ。
じゃあ、ヴルムの動きを見張っててくれ。
ヴルム?
と、ドナウが首をかしげた。
って、おれたちのよく知ってるヴルムか?
ほかにヴルムがいるのか?
んー…
おれが知らないだけで、いるかも、しれない?
いねえよ!
おまえが頭に浮かべてるヴルムで合ってる。オレたちの兄貴分のアイツ!
なんであいつを見張ったりするんだ?
あいつは大人連中じゃない。おれたちの仲間だろ。
仲間だからこそ、大人に毒を盛るなんて、バレたら止めようとしてくるよ。
さっき言ったとおり――ああ、飛び去っちまったんだっけ? とにかく――ヴルムは大人たちを怖がってる。わざわざ刺激するようなマネ、許すはずねえよ。
そうか?
ヴルムだって、おれと同じだ。おまえのこと守りたいと思ってる。
オレの命を、守ろうとしてくれてるよ。でも今回は命に別状はねえ。プライドの問題だ。悪口言われただけ、それもたいした内容じゃない。きっと止めるよ。
…ギュンツがそう言うんなら、ヴルムには知られないようにする。
ヴルムがどこにいるか、探してくるよ。ここに近づかないようにすりゃいいな?
おう、まかせたぜ!
と、オレが笑顔を作ったちょうどそのとき、鍋を見張っていたビーバーが嬉しそうに飛び跳ねた。
ギュン!
なべ、ぶくぶくしてきた!
よし、そしたらそっちの小皿の中身を投入だ。ドバっと入れちまえ!
おう!
どばー。
…うん。
やっぱり、楽しそうだよな。
クスリ作りにいそしむオレたちを横目に、ドナウは船倉を出て行った。
オレは完成した毒を小さなビンに入れ、保管場所へ急いでいた。
ギュン、それ、どこにかくすの?
ヒミツの隠し場所!
砲列甲板のいちばん船首側に、おあつらえむきのネズミ穴があるんだ。
せんしゅがわ、っていうと、あっちだね!
およ?
あっちがわから、だれかくる…
げ、ヴルム!
およ?
ウームだぁ!
薄暗い甲板の向こう側から歩いてくるのは、誰あろう、ヴルムだった。
ドナウのやつ、見張ってたんじゃねえのかよ。役に立たねえ…
ま、テキトーにごまかして逃げりゃいいか。
ギュンツに、ビーバー。
どうした? おかしな顔をして。
なにいってる、ウーム!
ビーバーは、つねにびしょうじょ。
おかしなかお、しないよ。
…………。
ギュンツに似てきたな…
どーゆーイミだ?
いや、何でもない。
ところで――
と、ヴルムは辺りを見回して、誰もいないことを確認してから、
シム・アブリーとファルスト・オボルに毒を盛るつもりだというのは本当か?
尋ねた。
オレは笑顔を作った。
ははは、なにそれ。
だれに聞いたんだよ。
いや…ドナウにおまえがどこにいるかと聞いたら、船倉にはいない、毒なんか作ってないと言うのでな。
怪しく思って問い詰めたら吐いたのだ。
オーケー。
あのまっすぐバカ、シメに行ってくる!
まあ待て。
ぐえっ。
これもドナウから聞いたことだが、俺に言うなと口止めしたそうだな。
フードつかんだまま会話を続けんなクルッシイ! 首しまってんだよ!
ギュンがしんじゃう!
ギュンがしんじゃう!
逃げようとしなければ首もしまらないのではないか?
それもそうだな。
ギュン、あしとめろ。
いきなり裏切んなビーバー。
いのちはおしい。
あ、ひらめいた。
ローブ脱いじまえばいいんだ。
それにきづくとは…
てんさいか?
なあギュンツ…俺はそんなに頼りないか。
なに?
およ?
例によって、ヴルムとドナウは血がつながっていない。
にもかかわらず、この兄弟は似ている。突然脈絡のないこと言い出すあたりとか。
おまえの言う通り、俺は臆病だ。
今だってやつらを殴りに行きたいのに、怖くてとてもそんなことできない。
でも! おまえが怒りを感じたときに、怒るな忘れろなんて言わない!
それに、おまえは、クスリを使って俺たちを守ってくれるのだろう?
ああ。
だったらその技術を、自分自身のためには使うななんて、言えっこないじゃないか。
好きにすればいい。そしてできるなら…
俺にも協力させてくれ!
…………。
ギュン、だまっちゃった。
どうした?
いや…ヴルムがそんなこと言うなんて、意外、で。
…協力、してくれんのか?
もちろんだ!
何でも言ってくれ!
そうか――
言質取ったぞ?
は?
およよ?
いや~、実はやつらに毒盛るに当たってさ、大人に変装したいんだよね。
物売りにでも化けて毒入りの菓子を売りつけようと思っててさ、それで身長あるやつが必要だったんだよ。
ヴルムがオレを肩車すれば、ちょうどいい身長になるだろ?
ドナウでもいいんだけど、あいつじゃフラついちゃうからさ~。
ビーバーは、やくにたたない?
ちっちゃいからな、オレが乗ったらつぶれちまうだろ。
ひょえっ!
…初めから協力させるつもりで?
正面から頼んでも聞いてくんないだろ。
一旦仲間はずれにすれば、寂しがり屋のお兄ちゃんは自分から頼んでくると思ってさ。手伝わしてくださいって!
……はあ~~~~~まったく!
手伝うのイヤになったか?
いいや? 手でも背でも貸そう。
一度言ったことだからな。
だが次からは、正面切って頼みに来い。
こんな面倒なことをしなくても、きちんと聞いてやるから。
りょーかい。
次があったら、そうするよ。
あさって、船が港に着いたら作戦決行。くわしいことはそのとき話す。
だれにも言うなよ?
もちろんだ。
ヴルムはうなずいて、オレたちに背中を向けた。
その背中が見えなくなるまで見送って、オレは、
びッッッくりしたぁ!
ようやく驚きを吐き出した。
およ?
まさかヴルムが、あんなこと言い出すと思わなかった。
おもわなかったのか。
ああ思わなかったよ。
だってあいつは、心配性の事なかれ主義だろ。いつだって最悪の事態を考えてから動くかを決める。たいてい動かない。
それは、それでいいんだ。
それがあいつの性格だし、思慮深いってのは悪いことじゃない。でも…
どしたの、ギュン?
意外だったけど…
嬉しいもんだな、と、思ってさ。
あ! ヴルムには言うなよ。
だまして協力させてるってテイでいるんだから。
ギュンは、ひねくれてる。
ヒネクレはオレのチャームポイントだろが。
そのポイントは、はずしたほうがみりょくてき。
一度身につけたら外せない呪いの装備なんだコレ。
それは、こまったね。
でもギュン、きいて!
ん、なに?
ビーバーが手招きしたので、オレはしゃがんで、耳を貸した。
ビーバーは特別な秘密を打ち明けるように、
ビーバーならね、そのノロイ、といてあげられるよ。
…! へえ、そう思う?
おもうよ!
あっははは!
おまえ、やっぱ最高だ!
? きゃはははっ!
オレは立ち上がるついでに、ビーバーを抱き上げた。抱っこされたビーバーが、楽しそうな笑い声を上げる。
オレたちは笑いながら、砲列甲板を走って行った。
おい、ギュンツ。
船が港に到着した、翌々日。
短い停泊を終え、再び出港した船で、男が声をかけてきた。
オレは振り返って、それに応える。
何の用――船長。
次の毒慣らしまではまだ日があるはずだけど。
その話じゃねえよ。
偶然見かけたから声かけただけさ。
仮にも船長だろ。
ヒマしてないで、さっさと上に行きなよ。船員が待ってるぜ。
冷てえな。
世間話に付き合ってくれてもよくねえか?
船長が、大股でこちらに近づいてくる。
逃げる間もなく、いつの間にか、壁際に追いつめられていた。
シム・アブリーとファルスト・オボルが、寝込んじまったんだ。
悪いモンを食ったらしい。
そりゃお気の毒サマ。
拾い食いでもしたんじゃねえの。
いいや、なんでも、港をうろついてた野郎から買った菓子を食ったあとだって言うんだ。
どうやら、毒を盛られたな。
じゃ、その男を探し出して、鉄槌でもなんでも食らわせりゃいい。
なんでそんな話オレにするわけ?
キョーミないんだけど。
へえ、興味ないのか、意外だな。
おまえのことだから、毒と聞けば飛びついてくるもんだと思ってたが。
…旅人をねらった無差別殺人なんてよくある話だ。使われた毒だって、どうせチンプなもんだろ。
んなの聞いたって、おもしろくもない。
――ふん。
船長は、こちらを見定めるようにしながら、鼻で笑った。
そのとき、通りかかったヴルムが駆け寄ってきて、オレと船長の間に割って入った。
ギュ、ギュンツに何かご用ですか。
俺が代わりに聞きますが。
……いいや、楽しくおしゃべりしてただけさ。
仔ねずみの忠告に従って、上に出るとしよう。
ああ、ギュンツ。
忠告の礼に、オレからもお返しだ。
…なに。
ガキは可愛いままでいろよ。
そしたら長生きできるからよ。
…………。
オレの返事を待たずに、船長が階段を上っていく。
オレはヴルムを押しのけて、船長の背中に呼び掛けた。
ねえ。
なんだ?
あいつらに伝えといてくれる?
痛い目見ちゃってカワイソウ。
機会があったら、また、遊んであげる。
……!
ククククッ
あーはっはっはっはっは!
船長は大声で笑いながら、しかし、やはり何も言わなかった。
こちらの言いたいことは伝わっただろ。
オレは、腹立たしいやつ相手にかわいくいてやるほど、大人じゃない。その機会があればいつでも動く。
笑いながら立ち去った…
今回のことは見逃すって意味か?
それとも、今後も、証拠さえ残さなきゃ好きにしろってことか…
ま、なんにせよ、バレなきゃいいんだ。
次は、もっと時間をかけて――
おい、ギュンツ。
ん?
呼ばれて振り返ると、ヴルムが、厳しい顔で立っていた。
今の捨て台詞は必要だったのか?
必要かって?
あんな、あからさまに挑発するようなことを言ったら、俺たちが犯人だと怪しまれてしまうだろう。
何のために変装までしたのだ。
におわせただけだ。
核心的なことは、なんも言ってねーよ。
オレが何か言うまでもなく、怪しまれてはいるんだろうし。
におわせるな。ギリギリを攻めるな。何の挑戦だ。
ドナウには説教しておいて、自分はそれか。
ドナウはギリギリすら攻めねえじゃん。
あいつはド真ん中つっ走ってくだろ。
俺からすれば五十歩百歩だ。
もっと慎重になるべきだ。
オレは慎重だよ。
どこがだ。その気になれば誰にもバレずに事を運ぶことだってできるのに、どうしてわざわざ答えをちらつかせる? それも船長相手に!
俺はおまえを信用して協力したのだぞ。
今後も危ない橋を渡るつもりなら――
…………。
…………。
おい、ギュンツ?
聞いているのか?
るっせえな!
今、羊の数数えんのに忙しいんだよ、ジャマすんな!
寝ようとするな!!!
結局——
ヴルムの説教は、飯時まで小一時間ほど続いたのだった。
さあ始まりました!
ギュンツ&ビーバーのわくわく☆クッキング~話なっげえんだよハショれや~
わくわくー!
今日作るのはマーメイド薬。飲むと一時的に声が出なくなるクスリだ。
材料の割合で持続時間を変えられるから、今回は二十時間くらい――
…………。
…………。
…………。
今度はずいぶんかわいい毒薬だな。
被害者の罪状は?
説教が長い!
足がしびれた!
ヴルムか。
それなら、今回はおれは関わらないぜ。
兄弟に毒を盛るなんて冗談でもイヤだし、ヴルムがおまえを心配する気持ちはわかるしな。
別にいいよ。
ドナウがいない方が、めんどうなことが起こらないし。
やーい、せんりょくがい。
なんか腹立つな。
ふん、こいつらはこういうやつだ。
うおっ…ヴルムもいたのかよ。
ここで何やってんだ?
俺に飲ませる予定の毒を作っている弟妹を見守っている。
なるほど。
…いや、聞いてもわかんねえな。頭大丈夫か?
どんな毒を作るつもりか見てやろうと思ってのことだ。
色形がわかれば、みすみす飲まされることもないだろう。
は、それしきで防げるなら毒殺事件は成立しねえよ。
ヴルム相手なら証拠隠滅の必要もねえ。全力でやるから覚悟しやがれ!
しやがれ!
できるものならやってみろ。
これでもおまえより二年長く生きている。
きゃーははは!
これは嫌味じゃなくて、心の底から言うんだけどさ。
おまえらって、人生楽しそうだよなぁ…
ドナウが、あきれたように言った。
楽しそう、じゃねえよ。
実際に楽しかったよ。場所が地獄だろうと。
四人でいれば、毎日それなりに楽しくて――
だから、守りたいと思ったんだ。
オレの力で、
守るだなんて、不可能事をほざいてたんだよ。
ギュンツ!
目覚めると、……誰かがそばにいた。
…ヴルム?
――じゃねえや、アイラか。
次第に覚醒していく頭で見回せば、そこは砂漠の天幕だった。
波の音の代わりに、ラクダの鳴き声が聞こえる。
潮の香りに慣れた鼻には無臭の砂が少し寂しい。
夕闇が濃くなり、海では考えられないほど急激に、空気が冷たくなっていく。
故郷とはまるで違う、東の地。
魔女チバリの『薬術書』が、眠る土地。
一刻も早く手に入れたい。
そこにあるんだ。不可能を可能にする、魔女の術が――
神の力も、悪魔の力も必要ない。
クスリ使いに必要なのは、知識だけ。
歴史が隠した未知と、おのれの十本の指で――
願いを、叶えてみせる。
だからさ、
ギュンツ。
話しておきたいことがあるの。
却下。
こんなところで、案内人の雇い直しなんつう、デカいつまづきをしてるわけには行かねえだろうが!
本編へつづく