撤退の指示と、目的を前にして戦えないもどかしさ。それを前に撤退の足が遅れた。目的を背に走る時も、どこか中途半端な気持ちだった。納得からは程遠い気持ちは、明らかに他のメンバー達とのスピードに差を生んでいた。




 背後の魔物に構えば、他の魔物に追い付かれることも分かっていた。背後からの攻撃は、致命傷になりそうだが、こちらも走っている分、余程の強撃や足元を攻撃されなければ、小型の魔物なので逃げ切れる可能性がある。それも経験や知識で知るハルだったが、気が付けば立ち止まり反撃していた。




 頭で考えたことではなかったが、煮え切らない気持ちの不安定さがそうさせたのだ。





 それほどハルはロココの目的を重要視していたのだ。








 そしてそれ故、大量の魔物を前にして絶体絶命の窮地にいる。今、二体同時に斬った先に三体。その後ろに四体の魔物が居る。あらゆる角度で迫る魔物達。それに対応する術をハルは持ち合わせていなかった。

ランディ

行くぞ!

ジュピター

絶対に捕まえる。
殺すなよ!

 ハルの視界は広がっていた。比較的離れている場所に三体の中型の魔物。今迄ハルを追い掛けていたチーギックが驚いたような顔を見せ、そこへ目がけ、両脇からランディとジュピターがもうかなりの距離を詰めている光景だ。

ロココ

あ、後は……
お願い……します。

アデル

大丈夫です!
ロココは
私が看ます!

ユフィ

ハル!
邪魔されないように
残党を二人で狩るわ!

ハル

!?

 大型の魔物を含め、殆どの魔物はロココの刻弾で殲滅していた。大量の魔気を使用し、小型の魔物には最低限で小型の刻弾を。大型相手にはそれ相応の大きさで、一度に具現化しコントロールして命中させたのだ。

 魔気の扱いが得意なロココが、副作用なのか初めて顔色を悪くしている。これほどの魔物を一度に殲滅に至らしめたのは、今は禁止している新型刻弾以来だ。通常の冒険者は、一発の刻弾を単純に出すのに苦労する。その内の一人であるユフィ達から見れば、やはりロココの才能はずば抜けて高次元だと思い知らされた。




 そして、連動するように動いたランディとジュピター。

 ハルには知らされてなかったが、『もしチーギックに遭遇したら』という作戦を、あらかじめ立てていたのだ。



 警戒心が強いチーギック故に、わざと撤退して、追わせ、一気に殲滅。と同時に2人が間を詰めて捕まえる、というものだ。ハルに内緒だったのは、演技の下手なハルがボロをださない為。そしてそのハルのリアリティのある態度が、魔物の足を追撃に向けさせたのだ。





 チーギックに感情的な部分がある事は知らなかったが、それも幸いに動いた。

ジュピター

当たらねーよ。
そんな苦し紛れの
ナイフなんか。

ランディ

しゃらくせぇっ!
大人しくしやがれ!

 ランディの後ろでハルの鬼義理が翻り、残党の魔物が一体地面に突っ伏していた。ジュピターが躱した投げナイフは、ユフィが対峙している魔物の背に刺さる。動きを止めた魔物の隙を付き、ユフィは音速の鞭で強打し、仕留めた。

ハル

あと一体っす!
ユフィ前後からいくっすよ!

ユフィ

遅いっ!

ハル

こっちは終わったっす!

ジュピター

もらった!

アデル

は、速い!?
ジュピターの連撃を
簡単に避けてる!?

 殺さないように気を遣ってるとはいえ、ジュピターの連撃を軽やかなフットワークで躱すチーギック。逃げ足が速いというのも実感できる。

ランディ

ジュピターはよ……
俺がテメーを
捕まえやすいように
誘導してただけだっつーの。

 チーギックの胸ぐらを掴んだのはランディ。やっと懐に潜り込み目的の魔物を捕えることが出来た。

ランディ

!?

 絶対に逃がさないように胸ぐらを絞り上げたランディだったが、チーギックの胸元にはカミソリが仕込まれており振り払われてしまった。

ランディ

小癪な真似しやがって。
ユフィまだ間に合う!
追うぞ!

ジュピター

…………

 少しづつ遠くなるチーギックの後ろ姿が、判断を急がせる。

 ジュピターはユフィの判断が厳しいものになると分かったのか、額から運動量以上の汗を滲ませている。

ロココ

僕なら、
いけ……ます……

アデル

一人で歩けるくらいには
なっています。
しかし……

ハル

早くしないと
完全に逃げられちゃうっすよ。

ユフィ

っ……

 ユフィが指示を出す迄の間は、ほんの一瞬だった。

 だけどそれを待ちきれなかったランディとハルは、この時の待つ時間を長く長く感じた。ほんの一瞬でも、チャンスは奪われ逃げていくのだ。


 判断要素は多い。


 ・まずこの階層の構造を知らない

 ・新しい階層で深くに潜り込んでしまう  

 ・走って移動するのは危険が大きい

 ・魔物と遭遇してしまう可能性が高い

 ・ロココが無理をし過ぎている

 ・追い付けても警戒心が上がっている




 だがチーギックが単体のこのチャンスは、逃したくない!! いやむしろこのチャンスを逃せば、自分達の顔を見ただけでチーギックは退散する可能性すらある。はっきり言ってラストチャンスかもしれないのだ。

ユフィ

追い掛けて!

 即座に前衛三人がチーギックを追い掛ける。迷宮の先は闇で包まれているが、まだ背中は見える距離だ。

ユフィ

私達三人は後から追うわ。
無理だと思ったら、

ハル

絶対に捕まえて
みせるっす!

アデル

ハル……
無茶しないで……

 常に安全を重視してきたユフィの決断。この時、初めて自分達が自ら危険に飛び込む判断を下した。



 ロココが青い顔をしながらもハル達に追い付こうと足を進める。不安そうにユフィの顔を覗き見るアデル。階段付近で一回だけの戦闘と決めていたのに、現状はこの下層でパーティが分断している。



 ユフィは自身が下した決断の恐ろしさを考えた時、ランディが言っていた凶兆を思い出した。ユフィは苦し気に瞼をギュッと閉じ、何度も何度もかぶりを振り、それを頭から振り払おうとしていた。

 ~編章~     195、ラストチャンス

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