術理概論 その2
ようやく追いつきましたよ……
おー、おいでなすったな。
カフェの支払いをしてもらうまでは逃しませんから……
え? カフェ? なんの話だよ?
この人何言ってるんですか。
あ、ああ。さっきの店のことかよ。いや、あれはあんたのおごりでいいじゃねーか。そんな小さいことにこだわるなって。
なんでこっちが分からず屋みたいになってるんですか!
許しませんからね。自分の分を支払う気になるまで、せいぜい痛めつけてあげましょうか。
ひぇ~~~
まっ、いいぜ。いいぜ。結果オーライだ。
やる気になってくれる方が、こっちも助かるってもんだ。
じゃっ、戦闘ルールだ。
無用ルールでやってもいいけど、破壊術理系の術士二人が考えなしにぶつかったら、二人ともお陀仏だ。そこで――
そのあたりに落ちていた棒きれで、地面に四角い線を引いていく。
これが戦場だ。ここからはじき出されたり、自分から出たりしたら、アウト。負けだ。
なるほど、シンプルです。何か他に、禁じ手などは?
今んとこなし……かな。自由に使っていいぜ。
あっもちろん勝負は術で、な。一応俺、剣技が使えるんだけど、そういう肉弾戦はなしで。
それは助かります。わたしには術しかないですからね。
それじゃ、おっぱじめるとするか――
…………
さて……普通に考えれば、このルールはわたしのほうが有利。
前の戦いから察する限り、彼はわたしより更に大規模な術で、細かい調整の効きにくいタイプのようですからね。
しかし、自分から提案してきたからには何か策があるのかも。油断は禁物です。
まずは小手調べ――
ラオ・レン!
それに加えてセイレーン系の遅延詠唱!
小規模火炎魔術! 突如生成された火球が、フォッグを襲う……!
うおっと来た来た!
アクロバティックな回避行動。
さすがは単独行動の多い一匹狼。術士にしては、なかなかの身体能力。
それじゃこっちも行くぜ!
土の意は生命のゆりかごたらんこと。今その意志を借りよう――
解!
隆起する生きた大地の怒り。無慈悲な脈動に、ひれ伏すアルマド。
くっ すさまじい衝撃! ですがこんな近距離で放てば、あちらも無事では済まないはず……!
うぐ……うぐ……
ぶっ倒れている……!
なんでですか!!
ハッ……いけません。思わずツッコミキャラのような真似を。
愚かですねフォッグさん。こうなることは、自明の理。理を操る術理使いにしては、あまりにもおそまつと言わざるを得ませんね?
ぐへー、ぐへー、ほっとけ……何事も実践派なんだよ俺は……
そして、すでに発動はすんでいるぜ? 避けられるかな!?
突如、無詠唱で発動する風水術!
ぐぐぐぐぐ……! これは以前にも見た遅延発動の類!
またしても横たわる二人!
ゲホゲホ、いやもう何なんですか……
捨て身過ぎでしょう……自分ごと術に巻き込むなんて、そんな乱暴な戦い方がありますか……
げへへ、ぐへっゴホッ……そいつはどうも。細かい威力調節なんてできない人間なんでね……
俺の風水術は、場の“念”に働きかける……あんたの言う精霊とは違って、場に一つのものだ。唱えるか、唱えないか、だけ。そもそも威力の大小って概念がない。
でも、どうだ? 最初の一発よりこっちのほうが耐えられただろ?
……?
連装は、術の連発ができる代わりに一発の威力が下がる。まあ、どっちかってっと撹乱用だな……
ここまでは俺のレパートリーなんだけど……
あんたとの議論でやってみたいことができた! 行くぜ! 舌を切らないように気をつけな!
土の境地は永き時を生きる忍耐と、絶え間ない変化を受け入れる多様性。今その境地に至ろう――
解!
くっっまたしても!
身を固めるアルマド。
襲いかかる土塊。的確に、アルマドのみを包み込む……!
ぐあっ はっ
フォッグは、無傷……!
なぜ……先程までより、遥かに精度が上がってるじゃないですか……
見たか! これが俺の技術!
考え方を少し変えたんだ。地面はこの線の範囲だけ。そう意識することで効果範囲を限定する。
初めての挑戦しては上出来だぜ!
それで最初にあんな線を……
強敵! 侮れぬ相手に、アルマドは完敗してしまった……!
さて、あとは転がるあんたを場外へ放り出せば俺の勝ちだ。
無防備なアルマドに近づくフォッグ。いけない、やられてしまう……!
カチ?
その音は、フォッグがある地点に足を踏み入れた瞬間に鳴ったようだった。刹那――!
ぎょあーーーーー!?
吹き飛んで行く、フォッグ!
座標指定。あなたがわたしに近づけば発動する仕組みです。
はじめに唱えた遅延魔術は、このときのためだったのだ……!
奥の手は最後に使いませんとね。
ぐえええ、ぐええ
程離れた場所で、地に転がりカエルのようなうめき声を上げる風水士。
線から追い出されてしまいましたね。わたしの勝ちでいいですね?
それじゃ、きちんとカフェのお支払分をいただきますよ。
無抵抗のフォッグから財布をあさり、いくらか抜き取る。
素直に払っていれば、痛い目を見ずにすんだのに。高い授業料になりましたね。フフ……
へへっへっ……おもしれーもん見せてもらったし、安いもんさ。
覚えていやがれ! 次は負けねーぞ!
……気絶してしまいました。
やれやれ、豪胆と言うか何と言うか……その根性は買いますよ。
同じ術士といえど、実に様々な使い手がおり。様々な戦い方があるのだ。勉強になったのはお互い様。アルマドはしばし瞑目し――
ちょっと待ってください。
この人どうすればいいんですか。まさか放って置くわけにはいきませんよ。
誰も周りにいませんけど。
まさかわたしに運んで行けって言うんじゃないでしょうね!
勘弁してください。わたしは肉体派じゃないんですよ!
ああ、あわれ! どこまでもお人好しのアルマドに放置などできるわけもなく!
重たい荷物を運ぶ苦痛と恨みの呻き声が、街道にこだましたそうな。
術理概論 終わり