術理概論 その2

アルマド

ようやく追いつきましたよ……

フォッグ

おー、おいでなすったな。

アルマド

カフェの支払いをしてもらうまでは逃しませんから……

フォッグ

え? カフェ? なんの話だよ?

アルマド

この人何言ってるんですか。

フォッグ

あ、ああ。さっきの店のことかよ。いや、あれはあんたのおごりでいいじゃねーか。そんな小さいことにこだわるなって。

アルマド

なんでこっちが分からず屋みたいになってるんですか!

アルマド

許しませんからね。自分の分を支払う気になるまで、せいぜい痛めつけてあげましょうか。

フォッグ

ひぇ~~~

フォッグ

まっ、いいぜ。いいぜ。結果オーライだ。

フォッグ

やる気になってくれる方が、こっちも助かるってもんだ。

フォッグ

じゃっ、戦闘ルールだ。

フォッグ

無用ルールでやってもいいけど、破壊術理系の術士二人が考えなしにぶつかったら、二人ともお陀仏だ。そこで――

そのあたりに落ちていた棒きれで、地面に四角い線を引いていく。

フォッグ

これが戦場だ。ここからはじき出されたり、自分から出たりしたら、アウト。負けだ。

アルマド

なるほど、シンプルです。何か他に、禁じ手などは?

フォッグ

今んとこなし……かな。自由に使っていいぜ。

フォッグ

あっもちろん勝負は術で、な。一応俺、剣技が使えるんだけど、そういう肉弾戦はなしで。

アルマド

それは助かります。わたしには術しかないですからね。

フォッグ

それじゃ、おっぱじめるとするか――

アルマド

…………

アルマド

さて……普通に考えれば、このルールはわたしのほうが有利。

アルマド

前の戦いから察する限り、彼はわたしより更に大規模な術で、細かい調整の効きにくいタイプのようですからね。

アルマド

しかし、自分から提案してきたからには何か策があるのかも。油断は禁物です。

アルマド

まずは小手調べ――

アルマド

ラオ・レン!

アルマド

それに加えてセイレーン系の遅延詠唱!

小規模火炎魔術! 突如生成された火球が、フォッグを襲う……!

フォッグ

うおっと来た来た!

アクロバティックな回避行動。

さすがは単独行動の多い一匹狼。術士にしては、なかなかの身体能力。

フォッグ

それじゃこっちも行くぜ!

フォッグ

土の意は生命のゆりかごたらんこと。今その意志を借りよう――

フォッグ

解!

隆起する生きた大地の怒り。無慈悲な脈動に、ひれ伏すアルマド。

アルマド

くっ すさまじい衝撃! ですがこんな近距離で放てば、あちらも無事では済まないはず……!

フォッグ

うぐ……うぐ……

ぶっ倒れている……!

アルマド

なんでですか!!

アルマド

ハッ……いけません。思わずツッコミキャラのような真似を。

アルマド

愚かですねフォッグさん。こうなることは、自明の理。理を操る術理使いにしては、あまりにもおそまつと言わざるを得ませんね?

フォッグ

ぐへー、ぐへー、ほっとけ……何事も実践派なんだよ俺は……

フォッグ

そして、すでに発動はすんでいるぜ? 避けられるかな!?

突如、無詠唱で発動する風水術!

アルマド

ぐぐぐぐぐ……! これは以前にも見た遅延発動の類!

またしても横たわる二人!

アルマド

ゲホゲホ、いやもう何なんですか……

アルマド

捨て身過ぎでしょう……自分ごと術に巻き込むなんて、そんな乱暴な戦い方がありますか……

フォッグ

げへへ、ぐへっゴホッ……そいつはどうも。細かい威力調節なんてできない人間なんでね……

フォッグ

俺の風水術は、場の“念”に働きかける……あんたの言う精霊とは違って、場に一つのものだ。唱えるか、唱えないか、だけ。そもそも威力の大小って概念がない。

フォッグ

でも、どうだ? 最初の一発よりこっちのほうが耐えられただろ?

アルマド

……?

フォッグ

連装は、術の連発ができる代わりに一発の威力が下がる。まあ、どっちかってっと撹乱用だな……

フォッグ

ここまでは俺のレパートリーなんだけど……

フォッグ

あんたとの議論でやってみたいことができた! 行くぜ! 舌を切らないように気をつけな!

フォッグ

土の境地は永き時を生きる忍耐と、絶え間ない変化を受け入れる多様性。今その境地に至ろう――

フォッグ

解!

アルマド

くっっまたしても!

身を固めるアルマド。

襲いかかる土塊。的確に、アルマドのみを包み込む……!

アルマド

ぐあっ はっ

フォッグは、無傷……!

アルマド

なぜ……先程までより、遥かに精度が上がってるじゃないですか……

フォッグ

見たか! これが俺の技術!

フォッグ

考え方を少し変えたんだ。地面はこの線の範囲だけ。そう意識することで効果範囲を限定する。

フォッグ

初めての挑戦しては上出来だぜ!

アルマド

それで最初にあんな線を……

強敵! 侮れぬ相手に、アルマドは完敗してしまった……!

フォッグ

さて、あとは転がるあんたを場外へ放り出せば俺の勝ちだ。

無防備なアルマドに近づくフォッグ。いけない、やられてしまう……!

フォッグ

カチ?

その音は、フォッグがある地点に足を踏み入れた瞬間に鳴ったようだった。刹那――!

フォッグ

ぎょあーーーーー!?

吹き飛んで行く、フォッグ!

アルマド

座標指定。あなたがわたしに近づけば発動する仕組みです。

はじめに唱えた遅延魔術は、このときのためだったのだ……!

アルマド

奥の手は最後に使いませんとね。

フォッグ

ぐえええ、ぐええ

程離れた場所で、地に転がりカエルのようなうめき声を上げる風水士。

アルマド

線から追い出されてしまいましたね。わたしの勝ちでいいですね?

アルマド

それじゃ、きちんとカフェのお支払分をいただきますよ。

無抵抗のフォッグから財布をあさり、いくらか抜き取る。

アルマド

素直に払っていれば、痛い目を見ずにすんだのに。高い授業料になりましたね。フフ……

フォッグ

へへっへっ……おもしれーもん見せてもらったし、安いもんさ。

フォッグ

覚えていやがれ! 次は負けねーぞ!

アルマド

……気絶してしまいました。

アルマド

やれやれ、豪胆と言うか何と言うか……その根性は買いますよ。

同じ術士といえど、実に様々な使い手がおり。様々な戦い方があるのだ。勉強になったのはお互い様。アルマドはしばし瞑目し――

アルマド

ちょっと待ってください。

アルマド

この人どうすればいいんですか。まさか放って置くわけにはいきませんよ。

アルマド

誰も周りにいませんけど。

アルマド

まさかわたしに運んで行けって言うんじゃないでしょうね!

アルマド

勘弁してください。わたしは肉体派じゃないんですよ!

ああ、あわれ! どこまでもお人好しのアルマドに放置などできるわけもなく!

重たい荷物を運ぶ苦痛と恨みの呻き声が、街道にこだましたそうな。

術理概論 終わり

pagetop