ーーーやっと一日が終わった。

 トオルは今すぐにでも手ぶらで帰りたい欲望をなんとか抑えつつ、鞄を取りに教室へと向かう。

トオル

ごほっ


 風邪を引いてしまった。

 多分、(いや絶対に)原因は今、目の前にいるこの男、生物教師笹塚なのだ。

トオル

まじでつらい


 頭がズキズキと痛む。よく今日一日を過ごせたと、自分を誉めてやりたい。

笹塚先生

つらそうだな


 生物教師はへらへらとした態度である。

 俗に、風邪は人にうつすと治るといわれるが、まさにその通りになってしまった。トオルに風邪をうつした笹塚先生は血色もよくなり、すっかり元気を取り戻したようだ。

笹塚先生

はぁ、すがすがしいな

トオル

(このヤロウ・・・)

笹塚先生

さっ、やるぞ

トオル

(生き生きとしやがって)


 許し難いトオルであった。

わが庵は 都のたつみ しかぞ住む
世をうぢ山と 人はいふなり

わがいおは みやこのたつみ しかぞすむ
よをうぢやまと ひとはいうなり

笹塚先生

いやー、最高に清々しいな

トオル

はい?


 さすがのトオルもしゃくにさわった。風邪をおしてまで居残りをしている生徒に向かってなんて言い草だろう。教師といえども小言のひとつも言ってやらなくては気が済まない。

トオル

いやみですか?

笹塚先生

いや、これが意味だ

トオル

え? そうなの?

 反対に笹塚先生にかわされてしまった。
 でも、とトオルは思った。

トオル

(この歌、清々しいのか?)

 そのことを問うと、笹塚先生は説明を始めた。

笹塚先生

つまりな、

 「本人はたのしいと思っていても、他人から見たときには必ずしもそうは見えないだろうというのもわかっているよ・・・だが俺は今、すっごく楽しいのだ!!って感じかな、と」

トオル

あー。我が道をいくってヤツですか

笹塚先生

まー。そういう見方もあるかもな


ーーー自分の生き方を貫く、トオルにはそれが、なぜか笹塚先生とダブって見えたのだった。

笹塚メモ
・六歌仙の一人
・謎の人

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