ファノンのまるで、星が降るような口づけでお互いに眠りへついた。

ファノン・エクレール

もう、離さない…!!

 そう俺に囁いて。今は隣で眠っている。安らかな寝顔。心底、安心している寝顔。

エリオット・アルテミス

このまま、彼女を起こすのはもったいないなあ…

 俺を拉致強姦をした女。ファノン・エクレール。
 いつの間にか、エクレール家の女性による、このフェニキア王国の女王の座を巡る権力争いの争点に俺はなり、巻き込まれてしまった。
 だが、この宮殿で暮らしているうちに、ファノンの孤独を知って、その傷に惹かれてしまった。
 彼女の孤独を埋めてあげたい。心の内側から聴こえた自分の声に素直に従ってみた。そして、今隣でその彼女が眠っている。
 自分が信じられない。俺を散々凌辱し、痛めつけられたのに、それでもなお彼女を選んだことに。
 

エリオット・アルテミス

ファノン?朝だぞ?

ファノン・エクレール

エリオット

 そのまま彼女の首筋に舌を這わせてしまう。珍しく彼女の方が慌てた。

ファノン・エクレール

このままじゃ、朝食が冷めてしまうわ!

エリオット・アルテミス

このまま、ワンプレイした方が食欲が湧くと思うぞ

ファノン・エクレール

あん…はあっ…エリオット

 今度はそのまま花びらを賞味する。甘くて、麻薬みたいに美味しい君の快楽の蜜。微かに甘い。思わず囁いてしまった。

エリオット・アルテミス

甘い…

ファノン・エクレール

甘い?

エリオット・アルテミス

うん。甘くて美味しい

ファノン・エクレール

いつからそう思っていたの?

エリオット・アルテミス

最初から。初めて行為をされた日からずっと

ファノン・エクレール

”女神の皇子”のあなたの体液も甘いのかしら?

エリオット・アルテミス

知らないな。そんなこと

エリオット・アルテミス

”女神の皇子”の言い伝えなんて、どうでもいいさ

 彼女を自分の腰の上にまたがせて、彼女の顔を見上げて、柄にもないことを俺は初めて言った。

エリオット・アルテミス

こうして…唇を貪って、身体中を舐めて…一日中でもずっとつながっていたい。君と

ファノン・エクレール

あ…ん

 彼女も腰を自ら振って、俺の首に腕を絡めて、目の前にローズピンクの髪が踊っているのが見えた。ふくらみが見えるように肩から袖を下ろして、俺はその薄紅色の乳首を舐め、吸い、転がす。
 そのまま、ベッドに横になって、まだ早朝だというのに、激しい快楽の儀式をしてしまう。

ファノン・エクレール

エリオット…っ!

エリオット・アルテミス

ファノン…っ!

ファノン・エクレール

あっ!あはあっ!イク…!!イッちゃう!

エリオット・アルテミス

イキなよ。俺も一緒にイクから

ファノン・エクレール

ああーーーっ!!

 そのまま荒い息をお互いに絡めながら、二人してお互いに絶頂の余韻に浸ってしまった。甘い吐息と快楽が穏やかに融けていく。

ファノン・エクレール

また、シャワーを浴びないといけないわね

エリオット・アルテミス

本当だな。こんなに気持ちいいと、自分がまともな理性を保てるか俺も自信がない

 お互いに纏っている服を乱して、ベッドに倒れている。

ファノン・エクレール

ねえ?

エリオット・アルテミス

何だい?

ファノン・エクレール

今更だけど、あなたの研究、続きをしていいわよ。この宮殿で実は使っていない部屋があるの。そこをあなたに研究室にしていいから。早い所、私も仕事に行かなければいけないし

エリオット・アルテミス

そりゃあ、嬉しいね

ファノン・エクレール

後でアネットに申しつけておくわ

エリオット・アルテミス

頼むよ

 そうして、最後に深い口づけを交わす。舌を濃厚に絡ませてもう一戦したくなってしまった。だけど今夜の為にとっておくか。

ファノン・エクレール

行ってくるね

エリオット・アルテミス

気をつけて

 まるで、一組の夫婦みたいに挨拶を交わして、そうして、俺は遺伝子学の研究の再開をした。
 俺に与えられた個室は、この”背徳の宮殿”の割と奥にある、図書館が近くにある部屋。窓は東向きにあり、そこにはかつて王立大学で研究をしていた部屋とそんなには変わらない。部屋の調度品が豪華できちんと部屋は掃除されている。
 そこで、俺は今までしていた”研究”を再開した。
 俺の研究は、実は実家であるアルテミス家に関することだった。

 アルテミス家。俺の家系は実は先祖の代から父・ラファエルまで実は近親者による”結婚”がされていた一族だ。
 兄と妹。もしくば、姉と弟との間でされていた近親婚。つまり、近親相姦による血族結婚であった。
 ミカエルもガブリエルもラファエルも近親相姦で生まれた傑作だった。
 どういう意味で”傑作”かと説明すると、本来、父と母が全く同じの遺伝子を持つ配列・・・ホモ接合型は劣性遺伝子の組み合わせで、致死率が高い病気や重い障害を生まれつき持って生まれてしまう確率が高い。
 だから、地球では、どこの国でも、どこの文化でも、近親者同士の結婚は禁止されている。
 実際それを繰り返されたら、人間はいずれ滅んでしまうからだ。
 しかし、我々の世界、異世界ヘスティアではまだそういう近親婚によるリスクは研究段階であり、当然のことながら、近親婚は普通にされている文化だった。
 ようやく遺伝子学も研究が進んできており、そういう近親婚が実はリスクの高いものと認知されつつある。
 だが、俺の一族、アルテミス家はその土地の習俗として近親婚が当然のように繰り返されてきた。
 だが、ミカエルもガブリエルもラファエルも全く健康そのもの。いわゆる”完全な健康と長寿”が既に約束されていたの如く、劣性遺伝子の発現もなく存在していたというのだ。
 誘拐される前に読んだ、”劣性遺伝子の発現と近親婚について”の論文には、こう書かれていた。

とある特定の遺伝子を持つ者の血が入ると、その劣性遺伝子の発現を抑えて、更に完全な健康と長寿を約束する遺伝子が、そのジャンクヤードの中に存在するのでは?

 という仮説で締めくくられていたのだ。
 俺はそこで、自分達の一族がそうであったので、研究の対象として自分の一族を調べ出したのが、はじまりだった。

 俺の一族は代々、”女神の皇子”の二つ名が与えられる一族。特に長男は必ず”女神の皇子”となり、そして代々のエクレール家の薬草医学で支えた神官の家系だ。
 ”女神の皇子”の血が入ると、その子は健康と長寿を約束されるというのは”迷信”と思っていたが、実は研究を進めると”迷信”の一言では容易に片づけられないことがわかってきた。
 実際、ミカエルもガブリエルもラファエルも、”完全な健康”を持っていた。
 疫病などが流行っても、アルテミス家に至っては、その疫病にも一切感染もしていない。実際に疫病で苦しんでいる人々を薬草医学で治療を施せば、その疫病の病原菌に感染しそうなものだが、その記録は残っていないのだ。

 本当に不思議な位に、”完全な健康”に恵まれていた。
 それは、実は俺自身にも言えてしまう。
 ファノンに凌辱を受け、鋭利なナイフで傷を負ってしまっても、元々持っている癒しの魔法で傷を塞ぐことが出来るのだが、手ひどい凌辱を受けて直後はさすがに魔法による治療はやはり無理があった。
 だが、翌日か翌々日には傷口は塞がって、鮮血が流れることもないのだ。
 さすがに何度も何度も同じ場所を斬られてしまうとそういうわけにはいかないが。
 そう言えば、ファノン・エクレールの父親も”女神の皇子”の遠縁にあたる男性と聞いた。
 俺が知っている人物だろうか?
 そこで、かなりの蔵書量を誇るこの”背徳の宮殿”の図書館に足を向けてみた。
 こういう場所なら、恐らくエクレール家の一族についての本も一冊くらいはあるのではないかな。
 そう思って、何気なく本棚に並べられる本を見ていくと、そこにあった。

エクレール家の代々の女王の記録

 これなら、もしかしたらたどれるかも知れない。
 何故、ファノンの親の世代が切り離されているのか?何故、あの”女神の神殿”でアネットもファノンも沈んだ表情を浮かべていたのか。
 そして、”自分の親の世代はいろいろ不幸が多かった”ということを理解出来れば、納得も出来るかも知れない。
 早速、研究室に持ち帰って、読んでみることにしよう。

 この本は、昔ながらの言語で書かれている古い文献だった。
 だが、この言語は俺なら読むことが出来る。何故なら、この言語は俺達・アルテミス家が使用している言語だからだ。
 だが、この城の人間には読むことが困難であったのだろう。もう一つの見慣れた言語で注釈がところどころに書かれている。誰かがこれを読んでいたのだろうな。もしくば、解明しようと試みたのだろうか?
 筆跡はすべて同じ。つまりは同一人物だということがわかる。この筆跡だけでは女性か男性かまではわからない。とりあえず、この城にいる誰かがこれを読んで解読を試みたのだろう。
 インクは古そうなものは大体十年くらい前のから、新しいのは数日前のまで。軽く触れるとインクが滲んだ。まだ乾き切っていないんだ。
 とりあえずは読み進めてみる。この本は確かに初代エクレール家の女王から先代の女王までの記録が書かれているようだ。
 活動記録ではなく、これはいわゆる血の記録。今に至るまでエクレール家の女王が誰と結婚をして、誰を産んだのかを残した記録だ。
 古い記録にも興味はあるが、俺が確かめたいのは、俺の父・ラファエル辺りからの記録だ。つまりファノンから見ると父親の世代。
 やはり最後の方にその記録が書いてあった。
 読み進めていくと、そこにはこの名前があった。
 サリエル・アルテミス。

エリオット・アルテミス

サリエル・アルテミス?

 サリエル・アルテミス…確か、俺の父・ラファエルの弟だ。確か、三歳下の弟。つまり俺の叔父だ。
 父・ラファエルには確かに弟がいた。しかし、その弟であるサリエル・アルテミスは、父がまだ結婚をする前に行方不明になったと言われていた。
 そして、ラファエルは血族結婚はしないで、本当に愛する女性と結婚をして、俺をこの世に産み落としてくれたのだ。
 遠縁どころではない。ファノンの父は俺の叔父だ。
 まさか、行方不明になったと思ったら、エクレール家の女王の婿になっていたとは。しかも娘としてあのファノンを残していた。だが、この記録には続きがある。
 …まさか。アネットもサリエル・アルテミスの娘だった。母親の名前も同じだ。
 つまり、ファノンとアネットは実の姉妹。
 従姉妹ではなかったのか。
 だんだんと、この間、スカーレットが話してくれた歪んだエクレール家が見えてきたような気がする。
 そんな時だった。

アネット・エクレール

エリオット様。アネットです

エリオット・アルテミス

どうしたんだ?

アネット・エクレール

ファノン様が、あなたを連れて行かないといけないところがあるから、身支度を整えて来てくれ…と

エリオット・アルテミス

わかったよ

 その頃、エリオット・アルテミスの母方の祖母にあたる人物…アリア・アルテミスがいるとある大きな屋敷では、彼女と同じ位の年齢の老齢の女性が集まり共に生活を送っている。
 

また、負けたわよ!

ちょっと、アルテミスさん、ポーカー、強すぎ!

アリア

あんた達、あたしのことをボケ扱いする割にはポーカーもブラックジャックも弱いね~

……?ア、アルテミスさん!後ろ、後ろ!

アリア

エ…エリオット!

エリオット・アルテミス

アリアお祖母さん

アリア

無事だったかい?どこも怪我はしていないだろうね?

エリオット・アルテミス

大丈夫だよ

 そこでアリアはファノン・エクレールの姿を見て、この屋敷に導かれた時のことを思いだした。
 人気のいない所で、アリアは感慨深く、話し始める。

アリア

初めは、エリオットが女王家のエクレール家の女性に見初められ、急に婿入りすることになったからって、ここに連れてこられたのさ。エリオットに会わせて欲しいと何度頼んでも、”今は準備中です”とそればかり言われて。周りに騒いでも認知症扱いされて。アネットさんが悪い人間には見えなかったけど、あんたが大きな事態に巻き込まれたことはわかったよ。ファノン・エクレールだっけ?説明してもらえる?一体、どうしてこんなことになったのかを

 そこで彼女は急に跪いて、そしてこれまでのことを詫びた。あの気高いファノンとは思えないほどに。

ファノン・エクレール

すべては我々一族の相続問題です。あなたとエリオットさんを巻き込んで人生を変えてしまったことを謝罪させてください。申し訳ございませんでした。この償いは一生をかけて…

エリオット・アルテミス

ファノン…

ファノン・エクレール

大丈夫だから

 お互いの手を優しく握り合う二人を見て、アリアは少し驚きの顔を浮かべている。

アリア

一体、何だかさっぱりわからないよ。…あんた、前に一度ここへ来ただろう?その目は見覚えがあるよ。遠くから…暗い思い詰めた目であたしを見つめていた。冷酷な目に見えたけど、あたしには何か命懸けの瞳をしているように見えた。昔は男でもそういう目をしていた奴がいたけど、今はもうさっぱり見られないものだ。エリオットはこの方と結婚するのかい?

エリオット・アルテミス

…ああ

アリア

そう。何だかわかる気がするね。あんたなら、この女性と共になることを選ぶことが

エリオット・アルテミス

アリアお祖母さん

ファノン・エクレール

あの?もし許していただけるのならば、このまま共に宮殿へご案内を…

アリア

なんだ。ここにはもう居られないのかい?

エリオット・アルテミス

どうしたんだ?アリアお祖母さんともあろう方が

アリア

アネットさんからお前の話を色々聞いたよ。得意の薬草医学で人さまの役に立ったと。どんな時でも親身に患者のことに相談を受けていたと。状況に流されないで自分の頭で考えられる聡明な人物だと

アリア

あんなに子供の頃は泣き虫で甘ったれだった奴が、いつの間にか、一人のアルテミス家の人間になっていたなんて。これでようやく、天国のラファエルとハニエルに申し訳が立つ

エリオット・アルテミス

アリア…

アリア

孫の重荷でいることがずっと苦しかった。年寄りってもんはそういうもんだよ。ここにはもう仲間がいるし、たまに会いに来てくれたならそれで十分さ。結婚式には行くよ

エリオット・アルテミス

何か恥ずかしいなあ

アリア

お前もその年齢だしね。ようやく腹を決めた感じかね

エリオット・アルテミス

よしてくれよ

 アリアはファノン・エクレールと孫・エリオットを見送り、ずっと馬車が見えなくなるまで手を振っていたという。
 その帰りの馬車でファノンは彼に呟いた。エリオット・アルテミスの祖母・アリアについて。

ファノン・エクレール

さすが、あなたの祖母ね

エリオット・アルテミス

ん?

ファノン・エクレール

潔く、強い人。経験に裏打ちされたあの洞察力も、とても太刀打ちできないわ

エリオット・アルテミス

少し天邪鬼が入っているけどな。でも、そう評価してくれるのは嬉しい

ファノン・エクレール

人質を返しただけよ。私がしたのは

エリオット・アルテミス

なら、たった一人の身内の人間を褒めてくれて感謝する

 彼はその紫水晶の瞳を閉じて、軽く礼をした。相変わらず窓の外を見る癖が出てしまうのか、そっぽを向いて、でもエリオットの手を彼女は握り締めていた。

エリオット・アルテミス

まるで…厳しい冬の氷が溶けていくように、少しずつ彼女の心の氷が溶けていくのがわかる。まるで、山奥にある激しく、とても澄んだ水が流れる清流みたいな女性だな…

 そうして”背徳の宮殿”に戻ると、女性メイド達は揃って、皆、結婚式のイベントで盛り上がる。彼はその光景に呆れるばかりだ。

メイド2

さあ、ファノン様!どれでも、お好みのを選んでください!

ファノン・エクレール

と、言われても…ねえ?

メイド3

披露宴は当然、ドレスでしょ!!

メイド4

エリオット様はめちゃくちゃカッコイイ、タキシードで決まりよね~!

エリオット・アルテミス

おいおい……君たち

 そこにアネットが二人の為にお茶を淹れて部屋に入ってきた。そして、こう説明する。

アネット・エクレール

女性メイドの皆さんは、結婚式の準備で盛り上がっていますが、その前に結構することがあるんですよ?

エリオット・アルテミス

親族会議で、ファノンを指名…ってやつ?

アネット・エクレール

それが済んだら、すぐに神寝の儀式。新しい女王が決まると”女神の皇子”と森の奥の祠に三日三晩籠る神事です

エリオット・アルテミス

三日三晩?!

アネット・エクレール

ええ。次代の女王を依代として、女神アルテミスが降り、その”女神の皇子”と交わるというものです。軽いハネムーンのつもりでいてくれたら

エリオット・アルテミス

あのさ。それって女王と”女神の皇子”が結婚しない時もやっていたということか?

アネット・エクレール

はい。むしろ、女王と”女神の皇子”の結婚は禁じられていました。どちらも一族の長ですから、二人が結婚してしまうと片方が片方の一族に吸収されてしまうのです。昔はお互いに別々の伴侶を持つのが一般的でした。今回は先代の遺言通りにしているだけで、本来ならイレギュラーなことなんですよ

エリオット・アルテミス

そのはずだ。ヘスティアだって、一夫多妻も場所もあるし、逆に一妻多夫という場所すらある

アネット・エクレール

そうですね。でも、エクレール家の女性は自然と身体が”女神の皇子”を求めてしまいます。必然的に”女神の皇子”の子を宿すエクレール家の女性が多かったのです。腹違いの兄妹がまた次の女王と”女神の皇子”となり神寝の神事をしていった。そう考えると私達はもう数百年の時代をまたがって近親婚をしていたとも考えられるのですね。とても血が近いパートナーであり、親戚でもあるのです。下手すると”血族”とも表現できる位に

 そのただ聞きかじっただけとは思えない、アネットのその知識の深さに彼は、自分が今している研究に似ていると感じた。

エリオット・アルテミス

似ている。このエクレール家とアルテミス家は。両方とも、いわば血族結婚でその血を繋いできたと言える。そう言えば、フェニキア王国は一人の妻に対して一人の夫という決まりがあったな。だが、隣国では一夫多妻とも言われている。だが、別に俺は妻は一人で十分だけどな

 そこに廊下をバタバタと駆けてくる人物たちがいた。スカーレットとアズラエル、アリエルの三名である。

スカーレット・エクレール

いたいた!エリオット!この度は、正式にご結婚、おめでとうございます

アズラエル

俺は言わないからな

スカーレット・エクレール

みっともないわよ。アズラエル。私だって、初めての失恋で傷ついているんだから…

エリオット・アルテミス

本当にすまないな。スカーレット

スカーレット・エクレール

いいんですよ。すごく残念でもあるけど。引き際は心得ていますわ。これからは従姉妹の旦那様として大事にさせていただきます

アリエル・エクレール

でも、ファノンに飽きたら、言ってね。いつでも、相手するから!

スカーレット・エクレール

私もよ!

アズラエル

こらこら!お前らはな~!

 顔を真っ赤にして怒るアズラエルは、エリオット・アルテミスに向かって、言い放った。

アズラエル

いいか!?ファノンお姉さまを泣かせるようなことをしたら、ただじゃ済まさないからな!判ったな!!

エリオット・アルテミス

わかっている

 二人の男性はそこで青い瞳と紫水晶の瞳をまるで剣を合わすようにして火花を散らせた。
 アズラエルは彼の真剣な瞳を見つめて、こう呟いた。

アズラエル

上等だ

アズラエル

俺は先に帰らせてもらうとするよ

 藍色の上下のスーツを纏う金髪青年は静かに廊下を歩いていった。

 そうして平和な宮殿の夜が来た。昼間、スカーレット・エクレールは二人の結婚祝いに、エウロペへの新婚旅行をプレゼントをするとエリオット・アルテミスに言い残した様子だ。
 それを伝えると、ファノンが不機嫌そうに吐き捨てた。

ファノン・エクレール

あの人の企画の新婚旅行なんて行けないわよ

エリオット・アルテミス

彼女は一応、遺伝子学の権威の女性だよ?

ファノン・エクレール

だから、怖いの。スカーレットは従姉妹の中では一番年上で、頭もいいし、よく切れる人物。その上、昔から優秀な人間で、他の親族からも信頼が厚いわ。何でも手に入る立場なのに、遺伝子学の研究をしているの

エリオット・アルテミス

権力に興味がないからというのが理由ではないのかな

 ファノンの心の奥で、あの不敵な台詞が響いている。

 

スカーレット・エクレール

私は”女神の皇子”には残念ながら興味があるの

 恐怖で心が塗りたくられる。彼を手放せないファノンは、こう一言呟いた。

ファノン・エクレール

スカーレットと二人きりになってはダメよ

エリオット・アルテミス

…わかっている

 彼は身震いがするファノンをきつく抱きしめ、眠りに入った。

 あの女は、そつがなく、控えめに、誰にも気づかれないで、自分が欲しい者を手に入れていく。

 その夜。
 別室では、アネットがスカーレットに品が良いお茶を淹れて、飲んでもらっていた。

スカーレット・エクレール

美味しいわ。久しぶりとは思えない腕前よ?

アネット・エクレール

スカーレット様に言われないと、淹れられませんけど

スカーレット・エクレール

あなた、いつまで、この宮殿でファノンの侍女をしているつもりなの?ファノンはあなたの使い方を全く心得ていないわ

アネット・エクレール

私はこの”侍女”という役割に充実感を感じます。それに”女神の皇子”にお仕えするのも夢でした。このまま、この夫婦の補佐をしていきたいと思います

スカーレット・エクレール

マゾヒスティックね。自分が惚れた男が、他の女を抱くのを、傍で見ているなんて。それで自分の欲望を解放するの?

アネット・エクレール

スカーレット様は何かを勘違いしていらっしゃるのではないですか?

 アネットが穏やかに少し自分の手首を隠すようにして弁解じみたことを話した。

アネット・エクレール

あのお二人が本物の夫婦になられて安心しているんです。スカーレット様にはご心配を…

 そこで、スカーレットの真紅の瞳に映ったのは、彼女が自分の手首を斬り刻んでいた傷痕だった。

スカーレット・エクレール

ちょっと!!これは何?!リストカットの傷じゃない!自分をこんなに傷つけてまで、あの男と居たいの!?こんなことをしてまで彼の傍にいたいと言うの!?いい加減、私の前で建前は止めなさい!

 今度は、アネットの平手打ちがスカーレットに飛んできた。

アネット・エクレール

もう、私に構わないでください!

スカーレット・エクレール

アネット

アネット・エクレール

あれから、私がどんな想いをして生きてきたかなんて、あなたにわかる訳ありませんよ!

 そこで、アネットの青い瞳から涙の雫が流れた。
 そして、これまで抱いてきた気持ちを吐露する。

アネット・エクレール

あの方を最初から自分の男性にしようだなんて思ったことはありません。お守りさせていただくだけで…私に生きる希望を、意味を与えてくださるのならいいんです。それなら、私ももう少しだけ生きることが出来るんです

 彼女はうつむいて、下を向いて、頭を抱えて、苦悩する。

アネット・エクレール

だから、私を暴かないでください。あなたのような方にわかるわけが…

スカーレット・エクレール

わかるわ

アネット・エクレール

嘘よ!

スカーレット・エクレール

いいえ。わかる

スカーレット・エクレール

ファノンには見えないことがあなたと私には見えていることも。あなたの欲望、あなたの狂気、あなたの祈りも、知っているわ

 アネットの後ろに回って、スカーレットはその細い腕を首に絡めた。

スカーレット・エクレール

可哀相に。エクレール家の闇を引き継ぐ者ね。あなたも、私も

 アネットは涙だらけの顔で今も泣いていた。

 翌朝。久しぶりに外に出たエリオット・アルテミス。”女神の森”の澄んだ空気を肺いっぱいに吸いこんで、背伸びをしている時だった。
 不意に、ボールが転がってきた。どこからだろうか?近くで子供たちが遊んでいるのを見た彼は、”あの子たちの物かな?”と思い、歩きだしたその時、風のような素早さで背後に現れる一陣の風によって何かを無理矢理吸わされてその場で気絶をした。

 そしてエリオット・アルテミスは、また誘拐されてしまったのであった。

3-1 研究の続きへ

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