ハル

また、後ろにっ!?

フィンクス

シャイン!
そいつはやばい!
距離を取るんだ!

ハル

ああ……

 前方にいたハルとフィンクスは、後方に向かった魔物を追い掛けようとしていた。

 そして後方で完全に狙い打ちにされたシャインに、距離を取れと言ったのだ。

フィンクス

まさか、
前に出てくるなんてな。

シャイン

後ろに下がったら
絶対に追い付かれる。
それならいっそ前に出て
皆で固まった方が得策じゃん。

 シャインは後退せず、前進することによって魔物の危機から逃れた。しかもすれ違いざまに投げナイフを使い、ダメージを与えている。

フィンクス

そんなに効いてないけど
麻痺ナイフか。
もう元気まんまんで
又、襲ってきそうだな。

シェルナ

でもお陰で態勢は整ったわ。

ロココ

どうしましょう。
少々のダメージじゃ
ビクともしなさそうです。
刻弾撃ちましょうか。

シャイン

あのスピードじゃあ
弱らせないと
当たんないじゃん。

 そう言ってシャインが、太腿に装着しているホルスターから投げナイフを二本を抜いた。

シェルナ

タラトが突撃して
私達はいつでも手の届く位置で
密集隊形をとり迎撃態勢。

 そのシェルナの指示を聞いてか聞かないでか、タラトが魔物に接近する。魔物は麻痺から完全に放たれているようだ。

タラト

ウゥゥゥゥゥゥ
オオオオオオーーー!!

 タラトが魔物と一進一退の攻防を繰り返す。誰も手出しが出来ない勢いで、爆発的なタラトの攻撃は魔物を壁際までぶっ飛ばした。

ハル

やった。
タラトめちゃくちゃ凄いっす。

 迷宮の隅で土煙が上がったのを見てハルが歓喜する。

フィンクス

来た!
ハル、足をやるぞ!

ハル

わかったっす!

 フィンクスが右脚、ハルが左脚に深々と渾身の一撃を繰り出す。そこへ追撃のシャインの投げナイフがそれぞれの脚へ突き刺さる。完全に狙い通りの攻撃に三人の手応えは完璧なものだったが、魔物はロココの前に立つシェルナへ猛然と突き進んでいた。

ロココ

シェルナ危ない!

シェルナ

……

 シェルナは静かだった。
 自身の倍以上もある魔物が、傷付きながらも猛烈な勢いで真っ直ぐに向かってくる。脚部にダメージがありながらも勢いそのままに、更に倒れ込む力をその狂暴な拳に乗せているのだ。

シェルナ

一音圏……

シェルナ

羽鏡(ハネカガミ)。

 魔物はシェルナが静かに一振りすると、そうなるのが当然というように宙に飛ばされた。後方に縦回転し天井に当たらんばかりの高さまで飛ばされている。






 シェルナの相手の力を利用する棒術――十六転圏導というレイマール伝統棒術を、魔物相手の実戦で初めて見たハルは、何か神々しいものを眺めている気分になった。あんな巨人型魔物がまだ宙を舞っている。ハルにとっては追撃を忘れる程の光景だった。






 シェルナは左腕を斜め上に跳ね上げた残心(十六転圏導では残身ではなく残心)のままいる。そしてシェルナの視線の先に飛び込んできたのは、宙を舞う魔物の胸部を拳で貫くタラトだった。

 ~編章~     189、一つの音

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