30 魔女の母娘
30 魔女の母娘
周囲が靄に包まれる。
一瞬だけ視界が真っ黒に染まったかと思うと、先ほどまで居た部屋の中にいた。
恐怖はなかった
もう、大丈夫かしら
声をかけてきたのは幼い声。
エルカ以外には彼女しかいない。
先ほどまで一緒にいたルイの姿はなかった。
それを確認してエルカは不機嫌そうな表情を浮かべる。
…………へぇ、知らなかった。私の母親って幼女だったんだ
この姿の方が話しやすいかと思ったのだけど
図書棺で迎えてくれた少女コレットは無邪気な笑顔を浮かべる。
その表情にエルカは眉間に皺を寄せた。
彼女が母親だと気が付いてしまうと、その姿は気味が悪い。
話しにくいよ……
そう、じゃあ……待ってね
少女は両手をパンっと叩いた。
淡い光が彼女を包み込む。
久しぶりね、エルカ
微笑んだのは若い女性だった。
幼い頃に別れた時と同じ姿で立っている。
………
エルカが母親と最後に会ったのは、ソルが家に来るより前になる。
あの時から、彼女の姿は変わっていなかった。
驚くかもしれないけれど、私ってかれこれ十年以上前から、この姿なのよ
エルカは言われなくても分かっていた。
祖父から見せられたエルカを生む前の写真と何も変わっていない。
十年ぶりの再会だ。
どう接すれば良いのかエルカには分からなかった。
あの頃だって、母と子として接していなかった。
彼女は限りなく他人に近い血縁者。
そして、今は唯一の血縁者。
言いたいことはたくさんある
……そうでしょうね
でも……今はいいや
………そう
だけど、これだけは言葉で伝えなければと思った。
エルカは少しだけ目を反らしてコレットに告げる。
本のこと、ありがとう。ずっと言わないといけなかったことだよね。これは、この先もずっと宝物だから
これは、母と娘を繋ぐ唯一の宝物。
その本を見せて、エルカは笑みを浮かべた。
その本は、私の母から受け継いでいたの。その時に、私が母親になったらその子供に与えなさいって言われて
そうだったんだね……お爺様は何も言っていなかった
これは、女同士の秘密の話よ。だからエルカも同じように頼むわね
コレットは人差し指を立てて微笑む。
うん
これからは持ち歩かなくても平気でしょ
………うん、これは大事に閉まっておく
私はそばにいることは出来ないわ。きっと、色々と言ってしまうから
今更、そばにいられても困るよ
エルカの側にはすでに口うるさい兄が二人もいる。
きっと、コレットとは今の距離が丁度なのかもしれない。
でもね、これだけは言わないとね。心から好きな人と手を繋ぎなさい
え?
目を瞬かせて首を傾げる娘を見て、コレットは乾いた笑みを浮かべた。
好きな人を愛しなさい。ただし、魔法使いはダメよ。純粋な人間の男の子とね。
ちゃんと貴女を好きでいてくれる、暴力的じゃなくて、束縛系でもなくて、馬鹿じゃなくて、真面目で誠実な……
…………よ、余計なお世話だよ
これ以上何を言い出すのか分からなかったので、エルカは手で制した。
それじゃあ、先に戻るから……ちゃんと来るのよ。私は傍にいないけど、貴方には過保護で心配性な家族がいるのだから
それが問題なんだよね
そう言わないの! その過保護なのも先に連れて行くから
……やっぱり近くに居たんだね……ナイトには……今までの見られていたの?
そこは全力で阻止してるわ
よかった……
フフフ、だから安心して《《二人で》》帰ってきなさい
コレットはニコニコと笑いながら手を振って、姿を消す。
最後に何言い出すの………
エルカは目を閉じて、深呼吸をする。
大丈夫、自分は落ち着いている。
それを確認したところで視界が暗転した。