29 約束を果たすとき
29 約束を果たすとき
エルカはルイを見上げる。
ルイの視線が眩しかった。
この目に見つめられたら、絶対に目を反らせないような気がした。
彼のこの視線が欲しくて、エルカはいつも、こっそり彼を見ていたのだ。
先ほどまで泣いていた彼の双眸は少しだけ赤い。
エルカが彼の瞳に気を取られていると、一冊の本が手にのせられる。
こ、これ……
懐かしい感触に目を落とす。
いつもエルカの心を癒してくれたお守りの本。
女王様たちによって森に投げ捨てられてしまったはずの宝物。
失くした本だよ……見つけたんだ
どこで、見つけたの?
川に浮かんでいるのを見つけたんだ
……か、川に?
濡れてボロ雑巾みたいになっていたから最初は何だろうって思った。だけど、よく見たら君に見せて貰った表紙と同じ装丁だったから。
もしかすると………って思ったんだ。でも状態が酷すぎる……修復は無理だって思ったんだ
じゃあ、どうしてこの本は前と同じなの?
その時………僕の前に魔女が現れたんだ
………魔女?
ゾクリとしたものが背筋に流れる。
川で本を拾い上げたルイは茫然と立ち尽くしていた。
やっとの思いで見つけたのに、これでは返しても悲しませるだけだ。
その時、女の声が聞こえた。
初めから、そこにいたかのように彼女は音もなく現れた。
私は魔女よ……その本を修復してあげるわ
魔女はニコリと笑いながら、ルイの手に握られた本を指さす。
どうして、これが本だって思うんだ? どう見ても雑巾みたいなのに
あら? どう見ても本よ
修復……出来るのか?
目の前に差し出された希望にルイは目を輝かせる。
本を修復して返す。
それが、叶うのなら……と身を乗り出す。
もちろん。でも半年かかるから、半年後に会いに来て欲しいの
あなたは、一体……
通りすがりの魔女よ
……そう言われて、それで……半年後……つまり数日前に手紙が届いたんだ。そして、この街に僕は返ってきた
ルイくん、修復の為に何かを差し出したりした?
え?
だって、魔女なんだよ。代償に何かを取られたのでしょ
何もいらないって言われているよ
え?
エルカは目を丸くしてルイを見上げる。
この街に住む魔法使いは己の存在を隠して生きている。魔法の存在も受け入れられていない。
そんな街で自らを魔女と名乗るということ。
それは自殺行為に等しい。相手には何かしらの意図があるはずだとエルカは思っていた。
大昔は心臓を差し出す代わりに力を借りるということもあったらしい。
海の底に住んでいたお姫様は声を代償に人間の足を得たような気がする。
……この本を持ち主に返してくれって……それで十分だって
たったそれだけの代償だなんて有り得ない。
だけどエルカには一人だけ心当たりがあったことを思い出す。
この本の前の持ち主の姿が脳裏に浮かんだ。
その魔女って…………私の母親だった?
……多分ね。直接名乗られたわけじゃないけど。病院にもいたし、ナイトさんたちの様子を見たらそんな気がする
そうだったんだね
エルカは本を抱きしめる。
久しぶりの温もりを全身で感じていた。
……本当に大切なんだな
うん、ありがとう