マギアフィラフト
~編章~

 ――地下迷宮四階層。

 ハルの背筋を強張らせ、目を見張る光景が広がった。



 迷宮の中の魔気は五感の裏側を刺激し続けているが、それも気にならない衝撃。右側の魔物五体、左側の魔物四体、正面の魔物二体の合計十一体。それらが真っ二つに割かれ、ほぼ同時に床へ転がった。

ハル

ぁふぇへぁ!?

 目を剥いたハルの声色は、贔屓目に言うと動物的で、馬や鹿みたいだった。

ランディ

こりゃあ想像以上だ。
アンタやるな。

シャセツ

雑魚ばかりだろ。
こんな階層……

 愛刀・九頭桐丸(クズキリマル)を背中の鞘に納めるシャセツは、純粋に感心しているランディに、冷めた意見を端的に返した。

シャイン

まぁでもこんな感じじゃ
アデルが指示を出す前に
全部終わっちゃうわよね。

 パーティ編成を、アデルとシェルナをリーダーにしての組み直し。それは今日からの三日間、リュウとユフィが新人冒険者の引率をしなければならなくなった機会に試しているのだ。

 今迄はほぼ同じメンバーで編成していた。しかしお互いの相性を試したり、リーダーがどうしても動けない時の副リーダー的な役割を二人が出来た方が良いという狙いだ。

アデル

一戦目なんて
指示を出す前に
終ってましたもの。
私もビックリしました。

ロココ

確かにそうですね。
僕も刻弾撃つ機会は
なさそうですね。

 少し弛緩した空気がメンバーの中に流れている。

 前衛は、ハル シャセツ ランディ。後衛はシャイン アデル ロココの編成。ハル達から見れば、ジュピターとユフィが抜け、シャセツとシャインを迎え入れた編成だ。

 いつもと違う慣れない編成なので、安全策を取って、四階層以上に足を踏み入れないようにと、リュウとユフィに重々釘を打たれていた。



 だが、余りにも魔物との戦力差がありすぎる現状。一瞬で片が付く戦闘なんて無意味、そんな考えが頭を過るのは自然と言えるものだった。

シャセツ

やはり無意味だ。
時間の無駄。
下へ潜るぞ。

アデル

その気持ちは分かりますが
ユフィさんにそれだけは駄目と
指示されています。

ランディ

確かにすげー怖い顔して
忠告してたもんな。

ロココ

やっぱりそれだけいつも
慎重に気を遣ってるんですよ。

ハル

この調子じゃ
何にも問題さそうっすけどね。

シャセツ

珍しく意見が……
いや、いい。

ハル

珍しく意見が一緒って
言いたかったんすか?
そうっすね。一緒っす♪

シャセツ

フン。

アデル

駄目ですよハル!
今回三日間の目的は
深く探索するものでは
ないんです。

 アデルだって理解していた。現在七階層まで探索しているメンバー達で、四階層の魔物を相手にするのだ。どうしても楽勝ムードで手持無沙汰になる。だが、決して油断してはならない事も理解していたから、ユフィの指示を厳守しているのだ。

シャセツ

俺は一人でも行くぞ。

ランディ

おいおいマジかアイツ。

アデル

あっ!?
シャセツさん勝手な行動は……

シャイン

ふ~、
ほんと勝手な奴ね。
まっ、いつも通りだけど。

 五階層の階段の方角へ単独で歩いていくシャセツの背中を見ながら、普段同じパーティのシャインが呟いた。

ロココ

取り敢えず追い掛けて
一緒に行くか止めるかしないと
まずくないですか?

アデル

あ、はい。
そうするしかないですね。

シャイン

結局いつものパターンじゃん。

アデル

リュウさんの大変さが
今、少しだけ分かりました。

 シャセツの戦闘力は並外れて高いが、協調性に欠け好戦的な性格が、指揮するものにとっては非常に厄介になる。アデルは人それぞれの動かし方は一律でないと感じた。

シャイン

で、どうすんの?
あのじゃじゃ馬を
どう説得すんのよ?

アデル

絶対に止めてみせます。

 ここぞという時に、一番芯がしっかりしているのがアデルである。無理にでも下層に行こうとするシャセツをどう説得するのか。ランディとロココは顔を見合わせ、頼もしそうな目で笑った。

シャイン

アンタ達が思うほど
アイツは楽じゃないわよ。

ロココ

わっ!?

 シャインは少し先を歩くロココの肩に飛びつき仲良くじゃれ始めた。ロココは飛び上がるように驚いたが、表情はにこやかだった。

ハル

シャ~セツ~♪
一人で行かないで
一緒に行くっすよ。

シャセツ

勝手にしろ。
俺は一人でも降りる。

アデル

シャセツさん!
一人で行く事は
絶対駄目です!

シャセツ

それじゃあお前達も
一緒に降りるのか?

アデル

ユフィさんの指示では
絶対に五階層以上には
行かないようとの事でした。

シャセツ

話にならん。
お前は命令されたら
何でも言う通りにするのか。

アデル

そうです。
私もそれを考えました。

シャセツ

アデル

現状を考えましたら
確かにこの階層では
何かを試すにも限度があります。

ランディ

そりゃごもっともだ。

アデル

そして今のリーダーは私。
皆さんの戦力や目的、
全て考えた上で六階層。
その階層での探索が
ベストだと感じました。

シャイン

おろ!?
いいの?
後で怒られるかもよ。

ハル

絶対駄目って
言われてたっすよね。
大丈夫っすか?

ランディ

…………

ロココ

…………

 ハルとシャインの危惧への返答を、全員が視線をアデルに揃えて待った。アデルは落ち着いた雰囲気でゆっくりと語る。

アデル

ただし六階層と言っても
階段から近い範囲での探索、
流石にここは譲れません。
これは私がリーダーとして
現状を考えた上で
出した答えです。
シャセツさん、
よろしいですか?

シャセツ

…………

ハル

うわっ!
またっす!
また視界が真っ白に
なったっす!
うひょひょー♪

 ハルの呪いの効果――たまに視力に変化が現れる、的な効果だ。周りにはハルが一人ではしゃいでいるようにしか見えないが、どうやらハルの視界は全く見えていないようだ。

シャセツ

ふ~、
こんな足手纏いが居たら
しょうがあるまい。
行くぞ。

 視界の利かないハルの耳に、シャセツの声が聞こえる。どうやら話は纏まったようだ。

「はい、ありがとうございます」

 アデルの端切れの良い返事が続いて聞こえた。一時はどうなることかと思った面々だが、上手く話を抑えたアデルに少し感心しているようだった。



 そしてハルの視界が元に戻る。そんな中、シャインが一言洩らしたのを誰もが聞こえないふりをした。

シャイン

誰も足手纏いじゃないって
否定しないのね、
ぷくくw

 ~編章~     186、命令の先へ

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