27 後悔の追憶3

 開かれた状態の玄関前。

 ルイと叔父のバラトは目を見開いたまま互いを凝視していた。


 
 時が止まったのは一瞬。


 バラトがすぐに沈黙を破る。

バラト

……ルイか

ルイ

叔父さん? どうして……ここに

 現れたのが見知った人間だったことにルイは安堵した。



 見知らぬ何者かだったら……

 という不安が一瞬過ったことを恥ずかしく思いながら叔父を見上げる。

バラト

よかった。お前は無事だったんだな

ルイ

え?

 叔父が何を言っているのか分からない。


 よくよく見ると叔父の顔色が異常に悪い。


 探偵という職業柄、叔父はいつでもポーカーフェイスを貫いていた。


 こんな追い詰めたような表情を見たのは初めてだった。



 いつもと違う叔父の表情に気が付いた瞬間、言いようのない不安が背中に押し寄せる。

バラト

………

 肩越しに見える、家の中が赤かった。

 
 どうして、赤いのだろうか。


 
 何が、赤く染めたのだろうか。



 それだけじゃない、変な臭いが流れてくる。



 その正体を確かめたくて、中に入ろうとしたが叔父の強い力に引き止められた。


 入 っ て は い け な い。




 そう、目が語っている。

バラト

………とにかく、お前はオレの事務所に行っていなさい

ルイ

ねぇ、父さんたちは?

バラト

………

 叔父は口を噤んで、ルイから視線を反らす。

 嫌な予感がする。

 その沈黙は絶望的な何かを語っているような気がした。
 ルイは拳を握り、バラトを見上げた。

ルイ

僕はもう子供じゃない。何があったんだよ

 叔父から見れば、子供かもしれない。


 それでも知る権利はあると思った。


 睨み上げると、バラトは観念したように深くため息をついた。

バラト

…………落ち着いて聞くんだ

 叔父の声が震えている。

 ああ、聞かなきゃ良かった。

バラト

お前の両親は……

 今になって、知ることが怖くなってしまう。


 だけど、ここまで来たら……


 叔父の口からは真実だけが語られる。

バラト

亡くなったよ

ルイ

………え?

 叔父の言葉を頭の中で繰り返す。

 亡くなった、ナクナッタ

 亡くなった、ナクナッタ



 質の悪い冗談だと思ったが、叔父の表情は真剣でからかっている様子は一切ない。

バラト

何でも強盗が入って、鉢合わせになったらしい。兄が、こと切れる前に教えてくれたのはそれだけだ。それで……

ルイ

目で確認しなきゃ……納得できない

 信じたくなかった。


 だから、何も起きていないことを確認したくてルイは叔父の身体を突き飛ばす。


 これは手の込んだ冗談だ。


 家族会議を始める前に、叔父を巻き込んだ盛大な冗談なのだ。


 そう、信じたかった。

バラト

おい、まて

 静止する叔父を振り切って、家の中に入る。


 自分の家なのに、他人の家のように思えた。



 ここが自分の家だなんて、ルイは考えたくなかった。


 この先にいるのは、きっと他人だ。

 赤い何かで廊下がぬかるんでいる。


 転びそうになりながらも、奥に進む。


 手にねっとりとついたのは赤い血。



 これは、他人の血で………だけど、この家を赤く染めていたのは……

 見たのは一瞬だけで、すぐに叔父に連れ戻された。


 一瞬だけでも、わかってしまった。


 あれは……あそこに倒れていたのは両親だった。

ルイ

な、なんだよ……ワケわからないよ

 手で顔を覆う。


 今、チラリと見たものが一瞬だけだったのに鮮明に脳裏に再現される。

バラト

後のことは任せておけ

 叔父がそう言って、ルイを外に連れ出す。


 抵抗する力はなかった。


 ズルズルと引きずられながら、気がつくとルイは外にいた。



 叔父が呼んだらしい警察や自警団の人たちが集まっている。
 

ルイ

(どうしてだよ)

ルイ

(今朝、父さんと喧嘩したままじゃないか………謝っておけばよかった)

 拳を握りしめ立ち尽くすルイの肩を、叔父が軽く叩いた。

ルイ

(どうして僕は………)

 どんなに後悔しても、彼らは帰ってこないのだ。


 家族会議なんて、永遠にできなくなってしまった。


 その事実に、ただ打ちのめされていた。

 それから、数日が過ぎた。




 両親を失ったルイは叔父バラトのアパートに身を寄せていた。



 強盗殺人事件の犯人は現在も逃走中。

 この街は毎日のように事件が溢れている。


 これは数日の間に、未解決事件として処理されてしまった。



 不満はあっても子供であるルイにはどうすることも出来ない。

バラト

ルイ、仕事で引っ越すことになるが良いか?

ルイ

今すぐじゃなければ良いよ。でも、どうして?

 朝食をとりながら、バラトが複雑そうな笑みを浮かべて話を切り出す。

バラト

実はな、別の街で探偵事務所を開かないかと誘われたんだ

ルイ

いい話じゃないか! でも……

 バラトは今まで他の探偵事務所に所属していた。


 個人事務所を開くと言うことは探偵として一定の評価を得たという証拠。


 これは嬉しいニュースだった。



 だけど、ルイの両親が殺害された事件は解決していない。



 バラトはひとりで捜査を続けていた。





 しかし犯人の糸口も見えていない。


 こんな状態で街を離れるつもりなのだろうか。

バラト

兄さんたちを襲った犯人は必ず見つける。だが、今は無理だ。資料を探そうとしても他の事件捜査の邪魔になると追い払われる始末だ

ルイ

ひどいね

バラト

あまりしつこいとこっちが捕まってしまう。今は仕方ない。………それで、引越しは明後日。急な話で悪いが問題あるか?

ルイ

………わかった、問題ないよ。それじゃあ、行ってくるね

 立ち上がり玄関に向かうルイの背中にバラトの声がかかる。

バラト

また森か……

 バラトはルイが森に行く理由を知らない。

ルイ

約束があるから

 ルイは視線だけバラトに向けて微苦笑を浮かべていた。


 詮索しないバラトに感謝しながらルイは外に駆けだしていた。

 引っ越しをするその日まで、森に通い本を探し続けた。

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