25 後悔の追憶1

 目の前の映像が暗転する。

ルイ

………


 
 広い敷地にひっそりと佇む大きな建物の前に、ルイは立ち尽くしていた。


 ここが『幽霊屋敷』と噂されていたことを、彼は思い出す。




 長い間手入れがされていないだろう雑草だらけの庭、

 苔だらけの壁に今にも壊れそうな窓を見れば、

 確かにそこは幽霊が住んでいると誤解されそうな屋敷だった。









 控えめにノックをすると、向こう側からギギギという耳障りな音を立てて扉が開かれる。


 背中に汗を流し、息を飲みこみながら、完全に扉が開くのを待っていた。

 現れたのは幽霊ではなかった。

ナイト



 黒髪の長身の男が立っていた。

 彼はルイを半眼で見下ろしている。

 睨んでいるのか、元からそういう目付きなのかは分からない。

 ただ、その視線の鋭さに圧倒された。


 無意識に身体が震える。






『私には、暴れ馬のような兄と、過保護な兄がいるの』



 彼女から聞いていたことを思い出す。




『二人とも愛想は良くない』


 とも言っていた。

 そして、




 暴れ馬な兄は言葉と同時に拳が出てくる。

 過保護な兄は言葉の後に拳が出るのだとか。




 力は過保護な兄の方が、暴れ馬な兄の五倍ぐらいは強いらしい。




 以前、聞いていた情報を思い出しながら男を見上げる。



 睨むだけで相手を殺せるのではないだろうか、そんな気がした。




 そう思うと自然に背筋に緊張が走る。


 彼は、どちらの兄なのだろうか。

 心臓の鼓動が鳴りやまない。

 ルイが生唾を飲み込むと、男が口を開いた。

ナイト

何の御用で?

 予想通りの感情のこもらない低い声。


 ルイは慌てて顔を上げる。


 約束もなく押し掛けたのは自分なのだ。黙っているわけにもいかない。

ルイ

あ、あの、授業のノートなので……これを届けに

 声を震えさせながら、伝えなければならないことを口にする。



 差し出したノートに男は視線を向けなかった。彼の視線は、ルイを睨むだけ。

ナイト

ああ、あいつの学校の?

ルイ

はい。名乗るのが遅れました。ルイ・バランと申します

ナイト

そう、お前か……俺のことをは知っているだろうけど、あいつの兄で保護者のナイトだよ

ルイ

………はい。あの………

ナイト

だから、話す事は何もない

ルイ

え?

 乱暴に扉を閉められた。


 門前払いは予想はしていたこと。

 自分は取り返しのつかないことをしてしまったのだから。


 ルイはしばらく立ち尽くして頭を深く下げてから立ち去った。




 翌日も、同じ時間にルイは屋敷の扉を叩く。


 扉を開いたナイトは鬱陶しいものを見るようにルイを見下ろしていた。

ナイト

お前、また……

 その視線にルイは怯まなかった。

ルイ

休んでいると勉強が出来ないと思って、これを

ナイト

お前、自分が何をやったのか分かっているのか?

 ナイトの威圧的な視線にルイの足が無意識に一歩下がる。


 だけど、そこで踏み留まった。


 ここで、逃げてはいけないのだ。

 心の中で自分の背中を押してルイは顔を上げる。

ルイ

分かっています。だから、これはせめてもの……

ナイト

お前の行動が理解できない。まぁ、話は聞きたくないが、これは受け取るよ

ルイ

ありがとうございます

 ナイトが仕方なくというようにノートを受け取ると、ルイは嬉しそうに頷く。


 その表情にナイトが目を丸くしたが、ルイは気が付かない様子で深く頭を下げて去っていった。

 その後もルイは何度も訪ねてきて、そのたびにナイトは応じていた。

ルイ

これ、授業のノートです

ナイト

授業……ね。お前らの学校の教師って授業が適当って聞いていたけど? 

ナイト

それにしては綺麗にまとめられている気がするな。まぁ……そういうことにしてやるよ

 ナイトには全て見透かされているような気がした。


 だから、ルイは微苦笑で応じる。



 これは、授業のノートのわけがない。


 あの事件の翌日からルイも学校に通っていなかったのだから。

 授業なんて受けていないのに、授業のノートだなんておかしな話だ。

ルイ

はい

ナイト

あいつが受け取るかは知らないけど、渡しておくよ

ルイ

ありがとうございます!


 

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