24 過保護とナイフと引篭もり
24 過保護とナイフと引篭もり
氷から放たれる青白い光は、その輝きをゆっくりと広げていた。
眩しさに目を細めながら、光の向こう側の映像を見つめる。
最初に映るのは、引き篭もりを決意した少女の姿。
エルカはナイトの部屋を訪れていた。
彼の部屋は殺風景で生活感の欠片もない。
彼にとっての部屋というものは寝る為の場所。
だから寝床さえあれば十分なのだろう。
それにしてもベッドと小さなクローゼットしかないのは寂しいし、落ち着かない。
エルカにとって本のない部屋というのは苦痛を伴う場所だった。
私、もう学校には行かないから
エルカは、それだけを告げる為に訪れていた。
そうか……好きなようにすればいいよ
返された兄の言葉はシンプルだった。
エルカが学校へ通うことは祖父グランの望みだった。
それを兄も知っていたはず。
呆気なく許して貰えたことに、疑念を抱きながらエルカは兄を見る。
どうして……なのかは聞かないのね?
噂で聞いている
………そう、なんだ
でも、いいのか? 学校に行かないってことは、この家にずっといるってことだ。それについては、大丈夫なのか?
それは、あの両親と顔を合わせる可能性が高くなるということ。
父親は娘に無関心だが、義母は明らかな嫌悪感をぶつけてくるだろう。
再婚相手の娘というだけで、前妻の面影があるからという理由で嫌悪されていた。
大丈夫、私……ずっと地下にいるから……私が出なければ、会わなければ問題はないよ
わかった……とりあえずコレを渡しておくよ
彼が取り出したのは銀色のナイフ。
怪しげな光を放つそれをエルカは受け取った。
……ナイフ?
俺が居ない間に何かあったら……それを使え。お前の爺さんからの預かりものだ
ちょっと、待って……これって、人を傷つける道具だよね?
エルカが刃物に触れるのは初めてだった。
手にした瞬間、何か大きな力を手にしてしまったような気がして、エルカは悪寒を感じる。
……違う、自分を護る道具だよ。俺が護れないときは、こいつで自分を護るんだ
……うん、ありがとう
エルカはナイフを見下ろした。
鈍く光る刃に眉根を寄せる。
こんな小さな刃でも人間を傷つけることが出来るのだ。
(こんな物騒なものを……どうして、私に……)
兄の意図を考える。エルカが、これを握ることがあるのだろうか。
もしも、そんな機会があるとすれば……
(私は誰を………)
考えれば、ドロドロとした感情が溢れ出る。
その感情に蓋をした。
見上げると、無表情の兄と目が合った。
これを手渡す意図は少しも見えてこない。
……ねぇ、兄さん……探して欲しい本があるの?
どんな本?
何でも良いから、ミステリー小説
お前がミステリー小説なんて珍しいな
このナイフの使い方を調べるのに参考にしたいの。使い方が分からなければ、使えないでしょ
確かにそうだな
お爺様の部屋にあるミステリー小説は全部読んでしまったよ。でも情報は多ければ多い方が良いと思うの
………了解……何でも良いと言った以上は文句言うなよ
もちろん……じゃあ、部屋に戻るから
おう
ナイトはエルカの頼みを聞いてくれる。
だから、何かしらの本を用意してくれるだろう。
余計な詮索をされる前に、エルカはナイトの部屋の扉を開いて廊下に出る。
突然、周囲が薄暗くなった。
生暖かい空気が漂う。
別世界のような、不気味な空気。
静まり返った廊下を音を立てないように歩き進んだ。
足早に、慎重に歩いていた。
扉の前に辿り着いて安堵する。
静かに地下の扉を開くとゆっくりと地下に下りていった。
地下書庫には、生活する最低限のものが揃っている。
だから、そこから出る必要は殆どなかった。
大好きな本に囲まれる時間は、エルカにとって至福の時間でもあった。
半分が本で埋まったソファーに横になる。
ふと伸ばした手で一冊の本を取っていた。
読みかけの本。
面白いからと勧められた本だった。
これは、ナイトに頼んで買ってきてもらったもの。
読み終わったら感想を言い合うつもりだった。
それを見て眉根を寄せる。
この本を読んでも、もうその感想を聞いてくれる相手はいない。
それなら、読む必要はない。エルカはそれを机の奥にしまい込んだ。
そして、エルカの引篭もり生活は始まった。