24 想いのカケラ2

 ルイは、膝をついて項垂れる。



 ルイはエルカのヒーローになるために、彼女を傷つける行為を見逃していた。


 傷ついた彼女を自分が助ける、そういうシナリオを実行するために。



 その結果、ヒーローの手で彼女の心に深い傷を負わせてしまった。


 ルイはヒーローなんかになれなかった。

ルイ

傷付いた君を救う自分のことばかり考えていて、

ルイ

傷付いた君がどうなるかを考えていなかったんだよ

 エルカは、そんなルイの前にしゃがみ込む。


 視線を合わせて、少しだけ苦笑を浮かべた。

エルカ

……ルイくんは自分勝手だね

ルイ

そうだよ、僕は自分勝手な卑怯者で……

エルカ

顏を……上げて……私も、言いたいことあるから

ルイ

え?

 言われて顔を上げたルイの前で、エルカは微笑を向ける。


 それは、儚げな笑みだった。

エルカ

今回の私の家で起きた事件の真相を教えてあげる

ルイ

事件って……

 発見された二人の遺体。

 行方不明の娘。

 エルカが用意するはずだったものは、この二つだけだった。


 ソルの暴走、ソルの父親の乱入で全て狂ってしまった。だが、エルカの本当の計画は別にあった。

エルカ

私ね、私が罪を犯せば母が、コレットが見てくれるかも……って思っていたの

ルイ

え?

エルカ

私が父さんたちの殺害の容疑者として指名手配されれば、私を娘として意識してくれるかもって

ルイ

……

エルカ

私は、娘として認めて欲しかった。見て欲しかった、愛して欲しかった……これは内緒だけどね

 青白い表情に暗い笑みを添えて、人差し指を立てながらエルカは苦笑する。


 そんなエルカの歪んだ計画は全て失敗に終わってしまった。



 自分の手で殺したかった父親は他の誰かに致命傷を受けていた。


 歪んだ少女の犯罪計画をルイはぼんやりと聞いていた。

ルイ

………

エルカ

結局、私は何もできなかったんだ

 目的は両親の視線を自分に向けること。

 その為に騒ぎを起こしたかった。ただ、それだけのこと。

エルカ

私はどうなっても良かった。失敗して、殺されていたとしても……私を見てくれればそれで良かった、一瞬でも良かった

エルカ

……ごめんね、あの時の約束……守ってなかったよ

ルイ

あの時の……

エルカ

貴方の為に加害者にも被害者にもならないって……その両方になろうとしていた

ルイ

そんなことをしなくても、君の母親はエルカを見ていた。あの本を君に渡したんだからさ。君を守るお守りをちゃんと持たせてくれていた

エルカ

……うん、思い知らされたよ。だから、ね………

 エルカは改めてルイの顔を見る。視線と視線が絡み合った。



 恥ずかしい、けど……今は、視線を反らしてはいけない。




 これを伝えなければならない。


 エルカはルイの手を両手で握り締める。

エルカ

私も……なんだよ

ルイ

え?

エルカ

私はコレットが見ていてくれることに気付いていなかったの。ルイくんと同じだよ

エルカ

……私はね、ルイくんが思うより、ずっとルイくんを見ているんだよ

ルイ

……え?

 
 握られた手に微かに力が込められる。


 そして、エルカは眉間に皺を寄せながら少しだけ口先を尖らせた。



 彼女の不満が、視線を通してルイに伝わってくる。

エルカ

むぅ……私がこんなに見ているのに……まだ、気付いて貰えないんだね

ルイ

えっと……エルカ?

エルカ

学校で私が友達って呼べる人はルイくんだけだったよ。こうして、まともに話せるのってルイくんだけだし。

エルカ

ルイくんは私にとっての特別な友達だったんだよ

ルイ

…………特別な友達?

エルカ

そうだよ。私にとってのルイくんは最初から……特別なの

 ふいにルイを見つめる、ワインレッドの双眸が消えた。


 
 その代わりにルイの胸に小さな額が押し付けられている。



 確かな温もりと、微かな震えが伝わってきた。


 ルイは壊れ物を扱うように、彼女の髪に触れた。

ルイ

………ご、ごめん、気付かなくて

エルカ

私、そういうの、わかりにくいから。素直になれないって言うのかな……

ルイ

素直になれないのは、僕も同じだよ

エルカ

私ね、ルイくんを疑うことが辛かった。ルイくんを疑う、そんな自分が嫌だった。

エルカ

だから私は……不登校になったのかもしれない。疑うことも、信じることも、どちらも放棄して

ルイ

………

エルカ

私が不登校になっても、ルイくんは私の為に動いてくれた。本当はそれが、嬉しかったんだよ

ルイ

約束したから……本を探すって。

ルイ

ほら、エルカ……物語はまだ終わっていないんだよ

エルカ

………え

ルイ

まだ、氷はあるんだよ

 ルイの手を借りて立ち上がったエルカに、本の蟲が笑みを向ける。



 本の蟲の視線の先には、氷の柱が浮かんでいた。


 それは、黒く禍々しい光を放っている。

本の蟲

エルカ、立ち止まっている暇はないのだ

エルカ

まだ……続くの? 私はこれで満足しているのに

本の蟲

ここは図書棺の本なのだ……最後まで見せられるのは当然なのだ

 まだ物語は終わっていない。

 この物語はまだ続きがあった。

 ルイとエルカが満足しようとも、この本は最後まで見せてくる。

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