23 想いのカケラ1

 

 エルカが手を伸ばすと、記憶の氷が音を立てて砕け散る。




 閉ざしていた、



 忘れていた、



 考えることを放棄した、





 愚かだった自分の姿が砕かれていく。



 粉々に砕け散った破片はキラキラとした光を放つ。






 それは漆黒の世界に灯された、優しい光の粒子。

 光の粒子には触れることが出来なかった。

エルカ

……

ルイ

……


 その光を挟んで、二人は視線を合わせた。



 エルカは目を大きく見開いて、ぎこちない笑みを浮かべる。





 ルイは少し困ったような表情を浮かべていた。


 二人の視線が絡まる。


 迷いのない真っ直ぐな視線と視線が、固く結びついた。

エルカ

やっと、分かったよ

ルイ

やっと、伝えられた

 二人の口から言葉が同時に零れる。


 エルカは知りたいことを知ることが出来た。

 ルイは言えなかったことを伝えることが出来た。




 胸の奥にある黒い霧が晴れていくのを二人は感じていた。


 エルカはワインレッドの瞳を震えさせながら、口元に笑みを浮かべる。

エルカ

盗んだのは、ルイくんじゃなかったんだね?

ルイ

……ああ、僕じゃない

 エルカは再度、事実を確認する。

 ルイははっきりと断言した。



 それは、半年前のエルカの胸のしこりだった。


 あの日、あの本を本当にルイが盗んだのか、それを知りたかった。


 知りたかったこと、欲しかった言葉が目の前に差し出された。

本の蟲

……良かったね、エルカ

エルカ

……うん

 本の蟲に頭を撫でられながら、エルカは嬉しそうに目を細める。



 過去の映像は気分の良いものではなかった。



 エルカが二度と見たくなかった彼女たちの嫌な顔、声、存在。あれを見るだけで吐き気を感じた。




 目を反らそうとしても無駄なこと。


 目に貼りついているかのように、その不愉快な姿が目に映る。



 ルイも終始、苦虫を噛み潰したような表情を浮かべていた。

本の蟲

それにしても、薄気味の悪い物語なのだ。我が死んでずいぶん経つが、人間の怖さを見せられた気分だよ

 本を盗んだのも、捨てたのも女王様とその取り巻きたちだった。



 彼女たちが犯人だ。

 ルイは犯人ではなかった。



 その真実が、権力と圧力で簡単に隠蔽され、書き換えられてしまう。


 あの事件はルイが犯人であるとして幕を下ろした。


 あの後、エルカは学校を辞めて、ルイは転校している。



 事件の関係者がいなくなったことで、この話は誰もしていないだろう。


 しかし、生徒たちの記憶には残されている。


 
 ルイが犯人である偽りの事実が。



 それを、修正することはできない。


 生徒たち一人一人のもとを訪れて、これが真相だと告げない限りは無理な話。



 だけど、エルカもルイも真相を修正するつもりはなかった。


 自分たちさえ真相を理解していれば、それで良いのだから。




 あとは、彼に聞けなかったことを聞けば良い。


 エルカは小さく呼吸をしてから、ルイに歩み寄る。


 そして、少しだけ視線を上げながら、心なしか頬を赤らめた。

エルカ

恥ずかしいこと、聞くけど……良いかな?

ルイ

エルカ…?

エルカ

私ね……ルイくんは、私が嫌いだから盗んだのかと思っていたの。嫌いだから私に酷いことをしているんだって

ルイ

嫌いだなんて思ったことは一度もないよ

エルカ

……本当に? 私、根暗だし、一緒にいてもつまらないし……こんな女の子、嫌じゃないの?

ルイ

僕の目の前には、根暗な女の子なんていないよ。ここにいるのは、本が好きな女の子だ。一緒にいても飽きないよ

エルカ

……な、なんだ………私の思い込みだったんだね……凄く恥ずかしいよ

ルイ

君にそう思わせてしまったのは、僕の責任だよ

エルカ

ごめんなさい。私、ずっとルイくんのこと疑っていた。あなたを疑うことで逃げていた。

エルカ

本当に、ごめんなさい!!

 エルカは両足を揃えて深々と頭を下げる。


 自分が疑ったことでルイを追い込んでいたのだ。


 疑わなければ、彼を信じていればルイが苦しむ必要はなかったのに。

ルイ

君が謝るな……頭を下げるのは僕の方だよ

エルカ

……もうひとつ教えて。何で、あの時、否定してくれなかったの? やっぱり、あの子たちがいたから?

ルイ

それは……僕にも責任があるからだよ

エルカ

………責任?

 少し間を置いた後、ルイは頬を赤く染めながら顔を上げる。


 視線を横にずらして、口を開いた。

ルイ

僕は、あの時……君ともっと仲良くなりたかったんだよ

エルカ

え?

 エルカは目を瞬かせる。

ルイ

もっと特別な友達になりたかった……

エルカ

……

 ジッと見つめるその瞳に嘘偽りはない。

 特別な友達という単語の意味がどういうものかエルカは考えなかった。



 友達のいなかったエルカにとって、ルイという友人が出来たことは特別だった。




 エルカ以外にも友人がいたルイにとっては、別の意味があるのかもしれない。

ルイ

僕は、あの女たちがエルカの本を盗むのを見ていた。見ているだけで止めなかった。これって最低だろ?

エルカ

それは、あの子たちに逆らえないからでしょ?

ルイ

違う、あいつらなんて怖くなかった。本当に醜い理由だよ………失くした本を僕が見つけてあげれば、もっと信頼してくれるんじゃないか……

ルイ

僕を見てくれるんじゃないか……って思ったんだよ

エルカ

…………

ルイ

失くしたものをスマートに見つけだす。そんな僕に君が夢中になってくれることを期待したんだ。君が憧れるような存在になりたかった。

ルイ

僕は君の為のヒーローになろうとして、間違ったことをしてしまったんだ

pagetop