22 壊れたキズナ4

 ルイが飛び出した後の教室は、重い空気が漂っていた。



 誰も言葉を発していない。


 エルカは何も見ていなかった。



 誰も彼女に声をかけられずにいた。


 そこで時が止まったかのように、生徒たちは、誰もが動けなかった。


 手を差し伸べたくても、いつ女王様たちが来るかわからないのだから。



 ルイが教室に戻ると、エルカ以外の生徒たちが同時に振り返った。



 注目を浴びたルイは視線を反らしながら中に入る。


 そして、その背後から女王様と取り巻きたちが教室に入る。わざとらしい笑い声を上げながら現れた。

あら? どうしたのかしら?

 白々しい笑顔を浮かべて、女王様がエルカに尋ねる。


 声をかけてきたのが女王様だと気が付いたエルカは暗い表情で俯いた。

 何かを言わなければいけないのに、声を出すことが出来ない。

エルカ

……………

エルカの本がなくなったんだよ

 答えられないエルカの代わりに答えたのは、かつてのルイの親友レイヴンだった。

 レイヴンはルイを一瞥する。


 ルイは彼と視線を合わせることが出来なかった。

あら……それは大変ね。誰かが盗んだのかしら?

………

………

………

 答える者は誰もいなかった。


 その沈黙に頷いた女王様はルイを指さす。

掃除の時間、この教室に居たのはルイ・バランだけ。だから犯人はルイ・バラン。あなたよ!

 女王様の言葉の後、無数の視線がルイに向けられた。


 嫌悪、憎悪、嘲笑、様々な感情がこもった視線。



 ここにルイの味方なんていないのだと、突き刺すような空気が物語る。

そうでしょ!! 皆さんもそう思うわよね

 女王様は周囲に同意を求める。


 その目に肯定を強要する力が込められていたのだろうか、生徒たちは機械のような動きで頷いた。

ルイ

え……? ま、まてよ……

 『違う、そいつが犯人だ』、

 そう言いたいのに言葉が出てこない。





 ルイがそう言ったところで、誰も信じないのだから。


 それでも、何かを言わなければいけないと思った。


 他の誰にも信じて貰えなくても、彼女だけは……




 そう思っていたルイの言葉は

エルカ

ルイくんが盗んだの?

 エルカの声に遮られた。

ルイ

あ……う……

 彼女にそう言われると何も言えなくなってしまう。


 彼女ならばルイの言葉に耳を傾けてくれるかもしれない。


 そう期待していたが無理だった。






 違う、盗ったのは自分ではない。


 そう言い切れるけれど証拠がなかった。



 犯行を目撃したが、何も出来なかった。


 何も出来なかった、そんな後ろめたい気持ちがルイから言葉を奪う。

それとも、あんたの自作自演?

エルカ

……え?

 女王様は今度はエルカを見て笑みを浮かべた。

あんたの被害妄想じゃないの?

エルカ

……っ

 目を見開き、茫然とするエルカに視線が集まる。

時間の無駄になるから、そういうの止めてもらえる?

エルカ

ち、ちがう……本当になくなって……

なくなった証拠もないでしょ? 本なんて持っていなかったんじゃないの? あんたが騒いでいるだけでしょ? 

目立ちたいの? 同情されたいの? そういうの迷惑なのよ。平民ごときが私の貴重な時間を無駄にしないでくださる?

 女王様に圧倒されるエルカは狼狽えるように声を震えさせる。



 彼女が追い詰められていく姿を見たくなかった。


 だから、ルイは前に進み出る。


 彼女は何も悪いことをしていない。


 視線に晒される理由なんて、どこにもないのだから。

ルイ

………僕だよ、僕が犯人だ

 この言葉で、全ての視線がルイに向けられる。

 今の自分に出来ることは、これしかなかった。

 女王様とエルカの間に立って、ジッとエルカの目を見た。


 彼女の濁った目にはルイの姿が映っている。


 その姿が醜い魔物の姿に見えた。

エルカ

……ど、どうして……

ルイ

えっと……大事にしたいた本を失くしたら……どんな顔をするんだろうって、思ったんだ……知的好奇心ってやつかな

 本当は違う。



 だけど、それが正しいのだとルイは自分に言い聞かせた。



 彼女の色んな表情を見たかったのは本当のことだから。

エルカ

……本当に、ルイくんが……とったの?

ルイ

………ああ、僕がやった

 惨めな悪役は項垂れた。



 周囲の目なんてもう見えていない。

 見えるのは、目の前の彼女だけだ。




 エルカの目が絶望的な色に染まる。


 今日まで、積み重ねてきた時間が壊れてしまった。


 一人の女の子の為に友情を捨てたことが間違いだったのだろうか。




 はやく、この場から離れたかった。

 だけど、彼女の目がそれを許さない。

それで、本はどこにあるのかしら?

 女王様は楽し気に笑いながらルイに問いかける。

 ルイは目を泳がせながら、言葉を紡ぐ。

ルイ

え………ちょっと手違いがあったんだ。それで、あ……えっと……

ルイ

そ、そうだ……窓から落ちて、学校の隣の森に………

エルカ

森に……

 校舎の隣、窓を開いた先には鬱蒼とした森が広がっていた。

 危険な場所だからと立入禁止になっている。


 安全の為に教室の窓は締め切ったままになっていた。


 それを開けられるのは、女王様ぐらい。

ルイ・バラン。悪い子ね、たまたま私が空気を入れ替えるために窓を開けたのを見ていたのね。

その隙にそんなことをしたのね。危ないわ、私が犯人になるところだったわ

ルイ

………ゴメン………ごめんなさい

エルカ

……っ……酷いよ、大事なものだって言ったのに、酷いよ

ルイ

…………だから、待ってい……

 頭を下げるルイから、エルカの視線が外れる。

 彼女は勢いよくルイの横を通り過ぎた。

エルカ

貴方の言葉が信じられない。もう知らないよ

ルイ

…………っ

 
 次の瞬間、エルカは教室から飛び出していた。

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