21 壊れたキズナ3
21 壊れたキズナ3
ルイは空き教室の扉を乱暴に開けていた。
その向こうには、女王様とその取り巻きたちが集まっている。
最初に教壇を椅子代わりに座る女王様の姿を見た。
何が楽しいのか、取り巻きたちがゲラゲラと笑い声を上げている。
扉を開いたと同時に、下品な笑い声がパタリと止んだ。
現れた部外者《ルイ》を、彼女たちの黒目が凝視する。まるでゴミを見るような嫌悪感を向けられた。
なによ、あんた
返せよ!!
自分に向けられる冷たい視線に一瞬だけ、ひるんでしまった。
ルイはそれをどうにか踏み留める。
そして、拳をにぎりしめ、震える足を一歩ずつ前に踏み込んだ。
女王様とその取り巻きは、見下すような視線をずっと向けている。
あら、何の話かしら
しらばっくれるな!! あの子の本……返せよ
はぁ?
エルカが持っていた本だよ
だから、何の話かしら。平民無勢が熱くなって見苦しいったら
とぼける女王様の正面に立つと、ルイは更に声を強くする。
掃除の時間だよ。エルカがゴミ捨てに行っている時に本を盗んでいただろ? 僕は見ていたんだぞ!!
その言葉に、女子生徒たちはニンマリと笑った。
全員が同じ表情を浮かべる。
その一体感に不気味さを抱きながら、ルイは女王様から視線を離さなかった。
あー、あれね……捨てたわ
……え……
ルイの口から呆けたような声が零れる。
彼女が何を言っているのか理解できない。
女王様は笑顔で楽しそうに続ける。
だって汚い本だから、捨てたわよ。窓からポイってね
親切ね
そうね、捨てられないみたいだから代わりに捨ててあげたの
やさしぃ
ケラケラと笑う声が耳に障る。
どうして、笑っていられるのかルイには理解が出来なかった。
だから拳を握りしめ、それを机に叩きつける。
ドンっという音に、女たちの笑い声が止まる。
視線を動かすと、彼女たちの表情に変化はなかった。
ルイを嘲笑するような笑みを浮かべるだけ。気味の悪い、同じような笑顔が並んでいる。
初めて言葉を交わした時にエルカが言っていた。
クラスメイトが同じ顔に見えるというのは、こういうことなのだろうか。
自分に向けられる感情が同じだから、同じ顔だと認識してしまうのだろうか。
捨てた……だって?
殴りかかりたい衝動を抑え込む。
今の言葉が聞き間違いではないのか、それを確認をする。
それに、ここで暴力を振るうことは良くない。
ルイ・バランは探偵になるのだ。
だから、こんなところで暴力沙汰を起こしてはいけない。
震える拳を握り締め、彼女たちを睨みつけることしか出来なかった。
何、ムキになっているの? 気持ち悪いわ
気持ち悪いのはお前らだろ。あの子にとって、あれは大事なものなのに
そうよね、あの子、ずいぶん大事にしていたものね
きっと、ショックを受けてどうにかなるかもしれないわね
そう思っていて……どうして捨てたんだ? 嫌がらせにも程があるだろ!?
何で相手に気を使って嫌がらせをする必要があるのよ
あの子がどうなろうと、私たちには関係ないじゃない。それに………
女王様は、卑しい笑みをルイに向ける。
ヘビのような視線が彼女たちから向けられた。
スーッと背筋に冷たい汗が流れる。
……疑われるのは……私たちではないわ、間違いなく貴方よ。ルイ・バラン!
………っ
その言葉にルイは言い返すことが出来なかった。
先ほど、エルカはルイを疑ったのだ。
否定することができない。
私たち、あの子の本は気持ち悪いから触らないもの
アンタだけが、普通に触っていたからね。他の子も見ていたわよ
休み時間に交わした何気ない会話の中で、ルイは彼女の本に触れていた。
それを他のクラスメイトも見ていたが、ルイは気にも留めなかった。
まさか、こんなことになるとは考えてもいなかった。
あの日の何気ない行動、何気ない会話。
それが、この事件を引き起こした。
そして、ルイが疑われる理由になってしまった。
掃除の時間、教室にいたのはここにいる女子生徒たち。
そして、花瓶の水を取り替えていたルイ。
ルイは横目で彼女たちのその犯行を見ていた。
笑いながら彼女の机に近づくと、手袋をはめて机の中から本を引っ張り出した。
まるで、汚いものを触るかのように。
この時、阻止すれば良かった。
でも、出来なかった。
あの場にいたのは……ルイと彼女たち。
ルイは教師に命じられて花瓶の水を取り替えていた。
ルイが教師に頼まれている姿は、他のクラスメイトからも目撃されているし、水を入れている姿も見られているはずだ。
何より、教師からの証言が得られる。
だけど、彼女たちが教室にいた、という証拠はない。
例え目撃していたとしても女王様に逆らえないクラスメイトたちだ。
教室にいた、なんて彼女たちが不利になる証言は出来ないだろう。
彼女たちが【ルイが盗んだ】と証言すれば、それが真実。
親が権力者というだけで彼女たちの言葉は正義だった。
ルイの言葉なんて、真実であっても嘘になる。
(こいつらは屑だ)
拳をギュウっと握りしめたまま、ルイは何も言えなかった。
自分だって屑なのだから。
握った拳をそのままにして、空き教室を出て行った。
背中で、彼女たちの笑い声が聞こえる。
嗤えば良い。
嗤われて当然なのだから。