19 壊れたキズナ1
19 壊れたキズナ1
その日は、月に一度ある生徒参加の清掃日だった。
普段は業者が行っている清掃作業だが、月に一度だけは生徒の手で行われている。
貴族も平民も例外なく仕事を与えられていた。
しかし、実際は平民が貴族の仕事を押し付けられている。
平民は貴族に逆らえない。
この空気を身体に覚えさせる為に行われる、月に一度の清掃時間。
平民たちには拷問のような時間だった。
ルイは自分の仕事以外にも、女王様の取り巻きたちに仕事を押し付けられていた。
不機嫌そうに鼻を鳴らしている。
不貞腐れた横顔に苦笑を向けてから、エルカは彼と別れた。
図書室に通っていたエルカは教室ではなく、図書室の清掃が担当区分だった。
いそいそと、図書室に向かおうとしたところで、女子生徒に呼び止められる。
彼女は女王様の取り巻きの一人だ。名前は知らない。
威圧的なその視線にたじろぎながら、エルカは無表情な視線を彼女に向ける。
ゴミ捨て頼めるかしら?
……はい
これは、いつものことだった。
中庭にある焼却炉まで行かなければならないゴミ捨て当番は嫌われる仕事。
だから、エルカはしょっちゅう押し付けられていた。
ごめんね、右足が痛くて痛くて仕方がないの
……はい
今日のゴミ捨て当番である彼女はクスクスと笑う。
そしてそのゴミ袋を放り投げてきた。ドスっという重い音が足元に響く。
それじゃあ、頼んだわよ
片手で放り投げるほどの腕力がある彼女は、『痛い』と言っていた右足で、軽やかなステップを踏みながら走り去っていった。
その背中を一瞥してから、エルカの視線はゴミ袋に向けられる。
ゴミ袋の中からは異臭がした。鼻が曲がるような臭いに目を細める。
これはペンキの臭いだった。教室内では使わないものだ。
おそらく、嫌がらせの為だけに、この中に入れたのだろう。
ただ、それだけの為に。
エルカはゴミ袋を持ち上げようとして、諦めた。
思っていたより重かったのだ。
先ほど、あの女はこちらに軽々と投げてきた気がする。
諦めてゴミ袋を引きずるようにして中庭に向かった。すれ違う生徒たちが、異臭に鼻を抑える。
迷惑そうな視線をエルカに向けるが、すぐに目を反らした。
関わってはいけない相手だと気が付いたのだろう。
少しばかり時間がかかったが、ゴミ袋を焼却炉まで運ぶことが出来た。
ここまで運べば用務員がどうにかしてくれる。
お疲れ様。お嬢ちゃんのクラスで最後だな
遅れてすみません
いや、気にするな。あとは、こっちでやるから………うう、この臭いは?
ペンキ……誰かが袋の中にこぼしたみたいなのです。このまま捨てても大丈夫ですか?
うむ……少しばかり問題がある。こちらで確認するから、置いて行って良いよ
ありがとうございます
用務員にゴミ袋を預けたエルカは、頭を下げて教室に駆け戻った。
ゴミ捨てから戻ったエルカは図書室に向かう準備を再開させる。
自分の席について、机の中から本を取り出そうとして、
その手を止めた。
あ、あれ?
そこに、あるはずのものが……
本が……ない
失くした?
それとも、
盗まれた?
エルカは、ゆっくりと、顔を上げて、
……え
その濁った瞳はルイを見据えていた。
…………ルイくん、本がないの
ルイは茫然と立ち尽くしていた。
背筋に冷たいものが流れるのを感じた。
本が失くなったというエルカのルイを見る目。
それは、疑いの眼差しだった気がする。
どうして、そんな目で見るのだろうと考えたルイは、あの女王様と取り巻きたちが言っていた言葉を思い出す。
エルカの私物に触れると穢れるのよ
あんな本に触れるわけがないわ
そんなことを口にしていた。
あのとき、
それを聞いていた、エルカは微苦笑を浮かべながらルイに告げていた。
触れたくないと言っているから、私は安心して持ち歩けるの
誰も触れないから盗まれることはないと、
彼女は、そう思っていた。
ルイ以外の誰かが本に触れたことはなかった。
《《ルイだけ》》が、抵抗なく本に触れていた。
だから、エルカはルイに疑いの視線を向けたのかもしれない。
ルイは息を飲みながらエルカを見る。
彼女はルイを見ていない。
視線を彷徨わせながら、どこか遠くを見ていた。