17 安らぎの代償3

 ルイが教室に入ると、冷たく重い空気が流れた。


 その空気に苦笑を零しながら、自分の席に向かう。



 周囲がルイを避け始めていた。


 挨拶をしても返ってこない。声をかけても無視される。


 彼らと自分の間に大きな壁があるように思えて、妙な疎外感を抱く。

お前、大丈夫なのか?

ルイ

大丈夫って?

 ふと親友が声をかけてくる。


 今までは気安く話していた親友は、周囲を気にしながら、目尻を下げて話を切り出す。

放課後、あの子と一緒にいるんだろ

 隠れて会っていたわけではない。


 だから、すぐに周囲が知ることになるのは予想していた。



 親友の咎めるような視線に、ルイは睨んで返す。

ルイ

だから? あの子が何かをしたっていうのか

いや、それは……そうだな

ルイ

僕があの子といるのは、一緒にいたいから。ただ、それだけだよ

そっか……あのさ……

ルイ

レイ、わかってるよ。もう僕に声をかけなくても良いよ

……ルイ……

 親友は苦し気に俯いた。



 おそらく、もう誰もルイに話しかけてこないだろう。


 教室内では、そんな空気が出来上がりつつあった。

ルイ

お前の家族の仕事、大変なんだろ?

ああ、お前と親しくすれば父さんをクビにするって言われた。俺は養子だからさ、あまり迷惑かけられないんだ

ルイ

……そうか

 あの女王様は自分の好きなようにクラスを支配する。


 自分に逆らう者を許さない。



 ルイは女王様に逆らった。

 女王様が苛めていた少女をルイが助けた。

 その行為を女王様は良く思わなかったのだ。

お前のところには?

ルイ

来たけど、無視したよ

 その結果、ルイも苛めや嫌がらせの対象となったのだろう。

 まずは、こうして周囲から孤立させる。

 ルイが男だからだろう、直接手を出してくることはない。

ルイ、お前は……本当に大丈夫なのか?

ルイ

……心配してくれて、ありがとう。あと巻き込んだみたいでごめん

 謝罪を口にしてルイは親友を見上げた。


 女王様はルイだけではなく、その親友も脅してきた。


 ルイは自分の正義感でエルカを救おうとした。


 その結果、親友の家庭に迷惑をかけたことには申し訳なく感じている。







 それでもルイは、親友ではなく彼女を選ぶ。

 それを彼は分かっているから、微苦笑をルイに向けた。

ああ……じゃあな………それと、ありがとう

ルイ

え?

 親友は悲し気な笑みを浮かべた気がする。


 ルイと彼は、翌日から挨拶を交わすこともなくなった。

ルイ

(誰も、話しかけてこない………か)

 朝、いつもの登校時間。


 談笑しながら通り過ぎる生徒の背中について、教室に入る。


 挨拶を交わし合う生徒たちが横を通過する。




 ルイは誰とも挨拶を交わさない。

 誰もルイと目を合わせない。

 まるで、空気のようにルイを扱いはじめる。




 一人になると、やることがなかった。


 休み時間が短いと感じていた。

 友人と少し言葉を交わすだけで終わってしまう刹那の時間だった。


 一人になって、他愛のない世間話がなくなっただけで、こんなにも時間が長く感じるのだ。

ルイ

(どうせ、避けられているのなら……)

 ルイの視線は教室の片隅に向けられる。


 気配を消して読書に没頭する少女を見やった。

 真剣な眼差しは開かれたページに向けられている。

ルイ

……エルカ

 ゆっくりと音を立てないように近付いて、声をかける。


 その瞬間、教室がザワついた。


 世間話をしていた生徒たちの声がピタリと止まる。



 そして、ヒソヒソと小声で話し始めた。

 奇妙なものを見るような目で遠巻きに二人を見る。

 そのような視線を複数感じる。

 その視線に振り返るようなことはしない。





 ルイは目の前の少女にだけ視線を向けた。


 声をかけられたエルカは最初は驚いたものの、すぐに本に目を落として冷めた声で応じた。

エルカ

………なに?

 その冷たさにルイは壁を感じた。


 《《話しかけるな》》と言われたような気がして眉を潜めた。



 エルカは女子たちから嫌がらせを受けている。


 嫌がらせの原因、ひとつは魔法使いと呼ばれた男の孫だから。


 彼女の祖父は、貴族との間で色々とトラブルがあったそうだ。


 だから、貴族たちはエルカの祖父を嫌悪していた。

 その子供たちはその孫を嫌悪する。



 平民たちは貴族の機嫌を損ねてはいけないので、貴族が嫌悪するものを共に嫌悪する。


 平民のルイが、貴族が嫌悪するエルカに親し気な笑みを向ける。


 それは、あってはならないことだった。

 エルカがルイを嫌って、冷たい態度を取っているわけではない。



 それは、ルイも理解していた。

 ただ、他者の目がある場所ではなるべく近付かないようにしていた。



 ルイは周囲の反応なんて気にせず言葉を続けていた。



 もしも、彼女に危害を加えるような存在が現われたなら、その時はルイが守ってあげれば良い。


 自分も周囲から孤立したのだから、これからは堂々と守ることができる。


 そんなことを、思いながら彼女の顔を覗き込む。

ルイ

今、話しかけても平気?

エルカ

……

ルイ

話し相手いないから、聞いて欲しいんだけど

エルカ

……

ルイ

僕のことは気にしないで良いから、話を聞いて

 ひたすら無視をしていたエルカだが、周囲の視線に気が付いて顔を上げる。



 生徒たちが自分たちを見ていたので、慌てて顔を手で覆う。


 そして、注目の的になってしまった原因であるルイを一瞥した。

エルカ

何を考えているの?

 冷たく小声でそう告げると、ルイは苦笑した。


 エルカがすぐに答えなかったのはルイの為でもあった。

 エルカと言葉を交わすことでルイが孤立することを彼女は気にしている。


 既にルイは孤立しているのだから彼女のその心配は無用だった。

ルイ

もう、お互い一人同士なんだ。問題ないよ。君が答えなくても、僕は話し続けるよ

 エルカもルイの状況を察してはいたのだ。


 しかし、ここで自分と言葉を交わしては、彼はクラスメイトとの関係を修復できない。



 しかし、ルイは話しかけることをやめない。


 エルカは長くため息を吐いてから、観念したように口を開く。

エルカ

……………丁度読み終わったところだから……何の話かな?


 眉根を寄せながら緊張した面持ちで顔を上げたエルカに、ルイはあふれんばかりの笑みを向けた。

第4幕-17 安らぎの代償3

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