16 安らぎの代償2

 エルカは授業のノートをまとめながら、誰にも気づかれないように笑みを浮かべる。

エルカ

(やっと届く………世界迷惑童話集……司書さんにお願いして取り寄せたんだ)

 司書から欲しい本はないかと尋ねられた時、エルカは迷わずそのタイトルを告げた。


 街外れの図書館でなぜかいつも貸し出し中の本だ。


 利用客が少ない図書館だからすぐに返却されるだろうと思ったのに。


 貸し出されたまま、そのまま返されていないのだと図書館の職員に告げられた。



 そのシリーズを学校の図書室にいれてもらえるのだ。



 興奮がおさまらない。




 授業が終わると、エルカは駆け足で図書室に向かった。


 ルイは少し時間を置いてから、図書室に足を向けた。



 今日は運が良かった。女王様の邪魔が入らずに図書室へ行ける。


 利用する生徒が少ない図書室は静寂に包まれている。



 エルカは司書に視線で会釈をすると、入荷されたばかりの本を受け取って、礼を述べてから奥のテーブルに向かう。


 本棚の陰にある、そこがエルカの居場所だった。

ルイ

あ……今日も居たんだね

エルカ

ルイくんも……今日も来たんだね

ルイ

ああ、ゆっくり本を読みたくてね

 待ち合わせをしたわけではない。

 だけど、ルイは必ずここに顔を出す。

 エルカは現れたルイの姿に安堵していた。





 もう、来ないのではないだろうか。

 そんな不安を毎日抱きながら彼が席につくのをエルカは待っていた。




 ルイはエルカの正面に腰を下ろす。

 向き合って座ることに最初の頃は、恥ずかしさでどうにかなりそうだった。


 だけど、今では互いの目と目を合わせて言葉を交わすことに慣れてしまっている。




 この時間は本を読んだり、たまに宿題をしたりもした。


 軽く世間話を楽しむ優雅な放課後。



 互いに家庭のことは話さないようにしていた。

 プライベートの詮索はしないようにしていた。




 ルイが自分の話を始めたのは、彼が読んでいる探偵小説を読んだのがきっかけだった。


 ルイは叔父の影響で探偵小説を好んで読んでいる。

エルカ

え? ルイくんの叔父さんって探偵なの?

ルイ

ああ、だから僕は叔父さんのような探偵になるのが夢なんだ

エルカ

探偵になるって、どうやってなるの?

ルイ

わからないから、こうして探偵小説を読んで勉強しているところ

エルカ

ふぅん……

ルイ

君の夢って、何かある?

エルカ

え? 本に埋もれた生活。床一杯の本に埋まって寝ていたい

ルイ

……何かの事件現場みたいだな

エルカ

そうかな? 大量の本のベッドで眠れるのは幸せだと思うの

ルイ

捜索願が出されて、家の中を調べたら大量の本の中から白骨が発見される……それはやめてくれよな

エルカ

そうならないように努力するよ

 現実で起きそうだったので、エルカは乾いた笑みを浮かべた。


 自宅でベッド代わりに使用しているソファーの半分は本で埋まっているのだ。

ルイ

君は探偵小説は読まないのか?

エルカ

たまに読むけど……お爺様の書庫にはそういう本はないの。ルイくんの好きなシリーズって何かな?

ルイ

え?

エルカ

探偵を目指す少年が選ぶ探偵小説……きっと、面白いと思うから気になるの

ルイ

僕はそんなに詳しくないよ

エルカ

同じ本を読んだ方が感想を言い合えて楽しいよ……それに、あなたの好きなものを好きになりたい

ルイ

じゃあ、僕のも……君が勧めて

エルカ

私はあまり拘らないし、最近は女の子向けの恋愛小説読んだりもするから……勧めるのも恥ずかしい。それでも、良いのなら

ルイ

君に照れ顔させるような本は興味あるかもしれない

エルカ

うぅ、恋愛小説はナイショだよ

ルイ

ハハハ、冗談だよ。僕だって女の子向けの本は恥ずかしいよ。僕のお勧め探偵小説だね? うん、今度持ってくる

 赤面して俯く少女に、ルイは微笑みかける。


 彼女は話題作りのために、ルイの好きなものを好きになろうとしてくれる。


 そんなところが好ましく感じられた。


 そして、ルイも彼女のことをもっと知りたいと思っていた。



 二人の距離は少しずつ近づいていた」。

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