15 安らぎの代償1



 氷の向こうでは、幸せな映像が流れていた。



 それが、音を立てて砕け散る。

エルカ

これは?

 氷は懐かしい光景を映したまま、粉々に砕け散る。



 まるで過去が砕けてしまったようで怖くなる。


 パラパラと散る欠片が、闇に飲まれて消えていく。





 息を飲みこんで、顔を強張らせたエルカの横で本の蟲が甘い声で囁いた。

本の蟲

怖がることではないのだ……物語が進行されただけなのだ

エルカ

そ、そうなの……?

 顔を上げるエルカに本の蟲は穏やかな視線を向ける。

本の蟲

これらは、お前たちが氷漬けにした記憶の氷……忘れていた、隠していた、閉ざしていた記憶の氷なのだ。

本の蟲

この氷が割れたことで、氷に閉じ込められていた過去はお前たちの記憶に戻る。忘れていた記憶が蘇るのだ……思い出せるだろ?この甘美な出会いの記憶を…

エルカ

………

本の蟲

……っっ

 本の蟲がうずくまる。


 顔を赤くしたエルカは、本の蟲の額をデコピンしていた。


 自分たちの出会いを振り返るだけで、恥ずかしさが込み上がってくる。


 エルカは頬を赤らめたまま、上目遣いにルイを見上げた。

エルカ

私ね……ルイくんが初めてだったの。多分……ちゃんと友達が出来たのも初めてで……

ルイ

………

エルカ

その……だから、嬉しかった。ルイくんに声を掛けられたこの日、私の世界が広がったんだよ

 最初は彼を警戒していた。


 この人を信じて良いのだろうかと不安だった。
 


 味方だと気が付いた瞬間。彼との間にあった壁が消え去った。


 エルカと彼を遮る壁が消えると、視界が一気に広がった。



 ずっと暗い闇の中で一人で本を読んでいた。

 そこに、眩い光が差し込んだ。

 エルカにとってのルイは、光だった。

ルイ

僕もエルカが初めてだったんだ。色んな表情を見たいと思った相手もエルカが初めて。

ルイ

誰かを助けたいと思ったのが初めてだった。女の子に対して、そんなことを思ったのも初めての事だったよ

 ルイは早口に言う。

 ほんのりと顔が赤いのは、エルカが上目遣いで自分を見つめているからだ。


 それに、過去の自分がとても恥ずかしいから早口になってしまう。



 自分ではそのつもりはなかったのに、客観的に見れば気取ったような態度を見せているように見えた。

本の蟲

そうして、お前たちは友達になったのだ

エルカ

うん、そうだよ

本の蟲

ほらほら、次の氷が向こうにあるのだ

 本の蟲が指さすその先に、氷が浮かび上がる。


 そして、休息もそこそこに物語の続きが姿を現した。

 自分の机でルイは教本を眺めていた。


 近づいてくる気配を感じ、視線を上げると親友が両手を合わせて頭を下げる。


 これは、いつものことなのでルイは大袈裟なため息をこぼす。

ルイ、昨日の宿題見せてくれよ

ルイ

レイ……また忘れたのかよ

 親友のレイヴンが宿題を忘れることは日常茶飯事。


 そして、ルイのノートを写すこともいつものことだった。

悪いな、ありがとう

ルイ

まだ、見せてやるとは言っていない

そう言なって

ルイ

おい、勝手に……

 ノートを取り上げる親友を睨みながら、横目で窓辺に視線を向ける。


 いつものように、エルカは本を開いていた。


 心なしか、目が輝いているのは、今日は取り寄せた本が届く日だからだろう。

見すぎだぞ、ルイ

ルイ

はぁ?

 ふいに伸ばされた手が頬をつねる。

 視線を向けると、意味深な笑みを浮かべた親友と目があった。

彼女のこと……そんな目で見て不審者扱いされないように気を付けることだな

ルイ

な、何を言って……

まぁ、不審者扱いされるぐらい見ていたい気持ちは分かるけどな……俺たちにとっては高嶺の花だし……

ルイ

そ、そんなんじゃ

じゃあ、俺は見ているけどな。可愛いし、目の保養になる

ルイ

やめろって、男たちにジロジロ見られていると、彼女も怖がるだろ?

お前もやっていただろ?

ルイ

そ、そんな卑猥な目では見ていないぞ

 親友は気が付いているのかもしれない。

 探るような視線にルイは息を飲み込んだ。


 エルカとルイが親密な関係になりつつあることに、彼は気がついている。

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