12 思い出のハジマリ2

 両手に荷物を抱えながら、エルカは廊下の端を歩いていた。


 目立たないように、誰にも気づかれないように、エルカは集中して音を立てないように歩いていた。



 しかし、持って生まれた容姿までは消せるものではなかった。



 透き通るようなエメラルド色の髪は、いやがおうにも目立ってしまう。


 緩く撒かれたツインテールがフワリと揺れる。


 貴族の女子たちからは不気味な髪の色だと笑われていた。

 だから、エルカもこの髪の色を好んではいなかった。 


 しかし、本人の知らない所では別の感想を持たれている。



 階段の踊り場で男子生徒たちが小声で談笑している。

なぁ、うちのクラスの女子で誰が可愛いと思う?

そりゃあ、エルカだろ? 小さくて儚くて守ってあげてくなる系っていうの?

わかるわかる

ルイ、お前はどう思う? あの子のこと

ルイ

え?

何だよ、女の事でも考えていたのか……お前はどう思う? エルカちゃんのこと

 親友から声をかけられて、ルイは驚いて顔を上げた。


 慌ててしまったのは、つい先ほどまで彼らの会話の中心にある少女のことを考えていたからだ。



 エルカ本人は知らないが、男子生徒からの評価はかなり高い。



 彼らは女王様たちの目を盗んでは、彼女を目で追っていた。

ルイ

そんなのは愚問だな……

 顔を上げたルイの視線が止まる。話題の主が、廊下を歩いていたからだ。

 彼女は小さな体で、大量の本を運んでいる。

あーあ、今日もあいつらの嫌がらせかな

 傍目から見てフラフラとした彼女の動きは危なっかしいと思う。


 誰もが思っていることなのに、誰も助けようとしない。

かわいそうだけどな………まぁ、俺らは関わらない方が良いよな

女子を怒らせたくないし

あの子なら、自分でどうにか出来るだろうしな

…………じゃあな、ルイ

ルイ

…………あ、ああ

 ゾロゾロと帰っていく友人たちの背中をルイは睨んでいた。



 同情の言葉を口にしながら、彼らは行動しようともしない。

ルイ

(助けたら、今度は自分が嫌がらせのターゲットになることを恐れているのか?)

 廊下で少女を見ている生徒たちは、そう思っているから助けない。


 女王様からの嫌がらせは悪質だ。本人への嫌がらせならともかく、家族に向けられることが多々ある。



 女王様の靴に泥をかけてしまった男子生徒は、親が突然解雇され、失踪した。


 機嫌を損ねたら人生を棒に振ってしまう。




 ルイは視線を彼女から離せなかった。



 いつも、無表情でニコリともしない彼女。

 だけど、彼らの言うように、クラスの女子の中では一番可愛いだろう。



 彼女は教室の片隅で本を読んでいた。


 だから本以外には興味がないのかもしれない。



ルイ

(僕も以前は彼らと同じだった、同情はしても手を差し伸べなかった………)

 開かれた手を見下ろす。

 自分がターゲットになるのが怖かった。


 学校で苛められているなんてことになったら、両親が困るだろうって思って……。

ルイ

(でも、今は違う)

 いつの頃からか、ルイの視線は彼女の姿を見ていた。


 最初は興味本位でだった。


 あの無表情から、他にどんな表情を浮かべるのか気になっただけ。


 それは、ただの探求心。



 本に向けられている表情は相変わらずの無表情。


 いや、違っていた。


 微かに眉間に皺を寄せたり、目を見張ったり、よく見なければ、分からないような感情を浮かべているのだ。

エルカ

 
 そして、本を読んでいるときの微笑みを見てしまった。

エルカ
ルイ

………



 微かに見せた笑みが、『良い』と感じた。


 良い表情だった。

 綺麗だ、可愛いというのではなく、ただ『良い』笑みだと思った。



 
 それは、一瞬だけのものだった。


 その微かな笑みに心臓が跳ね上がった。


 それが恋愛感情なのかは分からない。


 ルイは異性を好きになったことがないのだから。



 次第に、もっとその表情が見たいと思うようになった。



 彼女を笑わせたい。


 その笑顔が自分に向けられたら、最高に幸せのような気がする。

 自然に足が動いていた。

 この足は止められなかった。

ルイ

(嫌がらせなんて、恐れちゃダメだ)

 今、助けてあげられるのは自分だけだ。

 そんな自惚れた思いが背中を押した。



 彼女の『良い』笑顔を見るための、第一歩なのだと自分に言い聞かせて。


 ルイはその手を差し出していた。

第4幕 12 思い出のハジマリ2

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