07 ふたりの一歩
07 ふたりの一歩
宣言通りにナイトは姿を消した。
本当に姿を消しているのかを確認はできない。
彼の言葉を信じるなら、ここからはエルカとルイ、二人きりの時間となる。
………
軽く深呼吸してから、エルカはルイを見上げた。
彼はあの頃と変わっていない。
二人きりのとき、彼はエルカの言葉を待っていてくれる。
上手く言葉にできない性格を知っているから、気長に待っていてくれる。
それはルイも同じだった。
二人は気持ちを言葉にすることが苦手だった。
だから、幾らでも互いのことを待つことが出来た。
あの日だけは、それが出来なかった。
二人だけじゃなかったから………そんなのは言い訳にすぎない。
時計の音がカチカチと鳴り響く。
この部屋にある時計は、音が鳴るだけで、まだ時は刻まないようだ。
…………この本を開けば、あの日のルイくんのことも分かるみたい。貴方が何を思って、何をしたのかが
そうらしいね
良いの? それを私が知っても
ああ
ルイは強い瞳で頷いている。
どうやら、エルカの方が怖気づいているらしい。
過去を知られることが怖いのは、エルカだけなのかもしれない。
……他にもね、あの頃の色んな思い出を見ることになると思うの。あの出来事には直接関係しないようなことも……
そ、そうなのか? それは恥ずかしいかも
少し照れたように笑う。
確かに、関係ないようなところを見られるのは恥ずかしい。
あの日の真実を見られるよりも少しだけ恥ずかしいと感じる。
でもね、思い出を見るのは私とルイくんだけ。この思い出は私とルイくん以外には見せるつもりないから。
いくら兄さんでも絶対に見せない。私がそう強く思っているから、兄さんも見れないはず
じゃあ、安心……かな
私に知られることは良いの?
それは仕方ないよ。エルカは?
……うん、仕方ないよね
こうして、話をしているとあの頃に戻ったような感覚に陥る。
静かにゆっくりと時間が流れていく。
お互いに相手を急かさなかった。
エルカにとってルイの隣は安心できる場所だった。
彼が変わらずに優しいから、エルカはどう接すれば良いのか分からない。
これから過去を見るのだ。
幸せだった時間から、苦しい時間に至るまでの過去を。
本を持つ手が微かに震えた。これを開くとどうなるのだろうか。
エルカはジッと本の表紙を見つめていた。
その不安に気付いたのか、ルイが穏やかな笑みを浮かべる。
………本を開くとどうなるのかは分からないんだよね。エルカが開きたくないのなら、開かなくても良いよ。僕は君に従うから
それは嫌。そんなことをすれば、私はまた……逃げるだけになってしまうから
君がそう言うのなら、君の気持ちが決まるまで待っているよ
………ルイくん、座って。本を読むんだから、ソファーに座ろう
………わかった
エルカはルイをソファーに促す。
並んで座ると、緊張感が増した。すぐ隣に彼の気配があるというだけで、胸の奥が熱くなる。
その緊張を悟られないように、図書棺の本について説明をする。
何を言っているのか分からないだろうけど………ここにある本はね……本の内容が映像として流れて私たちに見せてくるの。
その映像からは目を反らせない。目を反らしても、反らした先に映像が流れる。目を閉じたままでも映像が目に映る……そういう本なの
………
でも、この本は……それだけじゃないと思うの……どうなるのかは、私にも分からない。
でも………私とルイくんは一緒にいるから。私もルイくんも一人じゃないよ
わかった
……じゃあ、開くよ……一緒に開いてもらえる?
あ、ああ
二人で一緒に本を開く為に、先ほどよりも密着する形になった。
その瞬間、二人同時に息を飲む。
……不思議だね、あの頃はこれくらい平気だったのに
そう? 僕は昔も今も緊張しているよ
そ、そうだったの?
エルカはルイの隣にいることで癒されていた。
その間、彼はこんなにも緊張していたのだという。
チラリと見た横顔が真っ赤だったのでエルカは目をそらしてしまった。
どうしてなのかは分からない。
これ以上、彼を見ることが出来なかった。これ以上は胸が熱くなって苦しくなってしまう。
僕が緊張していた理由も、きっと、この本が教えてくれるんだろうな……少し恥ずかしいな
やめようか?
やめないよ。君が嫌ならやめても良いけど
……ずるいな、そういうの。決定権を私に押し付けてる
だって、君が嫌がることは……もうやりたくないから
私は本を開くことも、真実を知ることも……怖くないと言えば嘘になるけど、向き合いたいと思っているの
うん
じゃあ、開くよ
エルカの知らなかった彼の心は、まだたくさんありそうだ。
密着することでルイの震えが伝わってくる。
同時に、エルカの震えも彼に伝わっているのだろう。
互いの緊張の鼓動を聞きながら、そのページが捲られる。