06 過保護兄の後悔2

エルカ

兄さんのお蔭で、私は引篭もり生活を、快適に堪能することが出来ているよ

ナイト

当然だ。俺はお前の望みは叶える兄だからな。でも、俺がお前の引篭もりを許した理由は……俺の都合だったんだ

エルカ

どういうこと?

ナイト

言っただろ? 地下書庫にいた方が守りやすいって。

ナイト

それに、ルイの行動でエルカは傷付いたんだ。地下から外に出たら同じことが起こるのではないかと、恐れていた………だから地下に閉じこもったお前を外に出さなかった。

ナイト

お前が外に出たいと思うようなことを避けたかった。だから、ルイには会わせなかった

エルカ

会いたくないと言ったのは私だよ

 ルイの訪問も、彼が会いたがっていたこともエルカは聞いていた。



 仏頂面のナイトに、エルカは会いたくないと告げている。

ナイト

そのお前の言葉を利用したんだ。

ナイト

二人を引き合わせたら、エルカが外に出てしまうかもしれない。それが怖かった。お前がルイを拒絶するたびに、俺は安心していたんだ

 エルカの気が変わってルイと会いたいと言い出す可能性もあった。


 その可能性に怯えながら、訪れるルイと顔を合わせて、エルカにノートを届けていた。

 そんな醜い心を抱いていた。

エルカ

兄さんは私の望みを叶えただけだよ

ナイト

違う……なぜなら俺は、お前の本当の望みは叶えてない

エルカ

……本当の望み?

 見上げるエルカにナイトは苦笑を向ける。


 ナイトの気持ちはまだ届いていないのだろう。 

ナイト

お前が目を逸らしている本当の望みだ。エルカ、それにルイ……お前たちに起きたことは、終わったんじゃない、止まっているだけだ

 それまで黙って兄妹を見守っていたルイに、ナイトは鋭い視線を向ける。


 エルカに対して伝えたいことは告げた。


 ここからは、エルカとルイの二人に向ける言葉だった。だから、ナイトは二人を交互に見る。
 

ルイ

わかっています。僕はあの日から、ずっと立ち止まっていました。変わろうとしても、変われませんでした。ここに来るのが精一杯です

 ルイは俯いた顔を静かに上げる。拳を握り締めながら、ナイトの双眸を見据えた。


 拳も、唇も、手も足も震えている。


 しかし、ルイが奮い起こした勇気の大きさは、ナイトには伝わっていた。

ナイト

ルイはその一歩が踏み出せただけ立派だよ。このままでは………エルカ、お前は変われない。引篭もりで、俺たちに依存する根暗な妹のままだぞ

エルカ

…………

 エルカは目を震えさせながら兄を見ていた。

 言われて気付いてしまう。


 半年前に、あの教室から飛び出した時。あれから時間が止まったままだということを。

 鮮明に覚えている。空き地で立ち尽くすだけの哀れな自分の姿が。

ナイト

それでも良いかって思ったさ。お前には俺さえいれば十分だって。でもそれじゃダメなんだ。

ナイト

エルカだって、いつかは俺たちから巣立ちたいのだろ?

エルカ

うん……兄離れはしたい

 そう、エルカが言うとナイトは少しだけ寂しそうな顔を浮かべた。

 だけど、すぐに表情を引き締める。

ナイト

だったら、立ち止まるな。何度でも言うが、お前たちの時間は半年前で止まったままだ!!

エルカ

……うん、それは……わかってるよ

 ナイトの鋭い視線から、目を逸らすことができなかった。


 ワインレッドの瞳を震えさせながら、エルカは兄の双眸を見据える。

ナイト

……ルイは勇気を出して、この街に戻ったんだぞ。何もかも忘れて新しい街で、新しい生活も出来たのに、お前の為に来てくれたんだ。

ナイト

エルカ、お前も勇気を出しなよ。お前たちの時間を動かすんだよ。

ナイト

ルイ、お前はあともう少しの勇気を出すんだ

エルカ

………

ルイ

………

 ナイトは、エルカの頭に手を乗せる。

 もう片方の手をルイに乗せた。


 そして二人の頭を同時に、ワシャワシャと少し乱暴に撫でる。

ナイト

そうすれば、二人の時間は確実に動き出すはずだ!!

エルカ

に、兄さん、痛いよ

ナイト

おう、悪かったな……ここからは、何をすべきか自分たちで考えるんだ

 そう言って、ナイトは二人から数歩離れた。



 カチカチと時計の秒針が規則的なリズムを奏でる。


 何となく見上げた時計には秒針も、短針も長針もなかった。



 時間が止まったまま。



 同じ場所で足踏みをしているだけで、前に進もうとしない。

 まるで自分のようだと、エルカは感じていた。



 ナイトの言う通り、エルカはずっと逃げて来た。


 もう、逃げるのはやめにしなければならない。



 この街に帰って来た彼の勇気にも答えなければ。


 エルカは唇を噛みしめて、そしてナイトに視線を向ける。

エルカ

今は、ルイくんと二人だけにして……ここから先は、私たちだけの問題だから……話も聞かないで欲しいから、出来るなら先に戻って欲しい

 エルカはずっと、兄の愛情という安全な場所に逃げていた。


 だから、今はその兄を遠ざけて、逃げることをやめた。

ナイト

そうだな、俺にも……勇気が必要なんだな。エルカを独り立ちさせる勇気が…………

ナイト

くっっ……

 そう言って、ナイトは姿を消した。

 とても不満そうに歯を食いしばり、眉根を寄せたまま。



 勇気の見本も示すことの出来ない過保護な兄の気配は、部屋の中から消えていった。

第4幕-06 過保護兄の後悔2

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