06 過保護兄の後悔2
06 過保護兄の後悔2
兄さんのお蔭で、私は引篭もり生活を、快適に堪能することが出来ているよ
当然だ。俺はお前の望みは叶える兄だからな。でも、俺がお前の引篭もりを許した理由は……俺の都合だったんだ
どういうこと?
言っただろ? 地下書庫にいた方が守りやすいって。
それに、ルイの行動でエルカは傷付いたんだ。地下から外に出たら同じことが起こるのではないかと、恐れていた………だから地下に閉じこもったお前を外に出さなかった。
お前が外に出たいと思うようなことを避けたかった。だから、ルイには会わせなかった
会いたくないと言ったのは私だよ
ルイの訪問も、彼が会いたがっていたこともエルカは聞いていた。
仏頂面のナイトに、エルカは会いたくないと告げている。
そのお前の言葉を利用したんだ。
二人を引き合わせたら、エルカが外に出てしまうかもしれない。それが怖かった。お前がルイを拒絶するたびに、俺は安心していたんだ
エルカの気が変わってルイと会いたいと言い出す可能性もあった。
その可能性に怯えながら、訪れるルイと顔を合わせて、エルカにノートを届けていた。
そんな醜い心を抱いていた。
兄さんは私の望みを叶えただけだよ
違う……なぜなら俺は、お前の本当の望みは叶えてない
……本当の望み?
見上げるエルカにナイトは苦笑を向ける。
ナイトの気持ちはまだ届いていないのだろう。
お前が目を逸らしている本当の望みだ。エルカ、それにルイ……お前たちに起きたことは、終わったんじゃない、止まっているだけだ
それまで黙って兄妹を見守っていたルイに、ナイトは鋭い視線を向ける。
エルカに対して伝えたいことは告げた。
ここからは、エルカとルイの二人に向ける言葉だった。だから、ナイトは二人を交互に見る。
わかっています。僕はあの日から、ずっと立ち止まっていました。変わろうとしても、変われませんでした。ここに来るのが精一杯です
ルイは俯いた顔を静かに上げる。拳を握り締めながら、ナイトの双眸を見据えた。
拳も、唇も、手も足も震えている。
しかし、ルイが奮い起こした勇気の大きさは、ナイトには伝わっていた。
ルイはその一歩が踏み出せただけ立派だよ。このままでは………エルカ、お前は変われない。引篭もりで、俺たちに依存する根暗な妹のままだぞ
…………
エルカは目を震えさせながら兄を見ていた。
言われて気付いてしまう。
半年前に、あの教室から飛び出した時。あれから時間が止まったままだということを。
鮮明に覚えている。空き地で立ち尽くすだけの哀れな自分の姿が。
それでも良いかって思ったさ。お前には俺さえいれば十分だって。でもそれじゃダメなんだ。
エルカだって、いつかは俺たちから巣立ちたいのだろ?
うん……兄離れはしたい
そう、エルカが言うとナイトは少しだけ寂しそうな顔を浮かべた。
だけど、すぐに表情を引き締める。
だったら、立ち止まるな。何度でも言うが、お前たちの時間は半年前で止まったままだ!!
……うん、それは……わかってるよ
ナイトの鋭い視線から、目を逸らすことができなかった。
ワインレッドの瞳を震えさせながら、エルカは兄の双眸を見据える。
……ルイは勇気を出して、この街に戻ったんだぞ。何もかも忘れて新しい街で、新しい生活も出来たのに、お前の為に来てくれたんだ。
エルカ、お前も勇気を出しなよ。お前たちの時間を動かすんだよ。
ルイ、お前はあともう少しの勇気を出すんだ
………
………
ナイトは、エルカの頭に手を乗せる。
もう片方の手をルイに乗せた。
そして二人の頭を同時に、ワシャワシャと少し乱暴に撫でる。
そうすれば、二人の時間は確実に動き出すはずだ!!
に、兄さん、痛いよ
おう、悪かったな……ここからは、何をすべきか自分たちで考えるんだ
そう言って、ナイトは二人から数歩離れた。
カチカチと時計の秒針が規則的なリズムを奏でる。
何となく見上げた時計には秒針も、短針も長針もなかった。
時間が止まったまま。
同じ場所で足踏みをしているだけで、前に進もうとしない。
まるで自分のようだと、エルカは感じていた。
ナイトの言う通り、エルカはずっと逃げて来た。
もう、逃げるのはやめにしなければならない。
この街に帰って来た彼の勇気にも答えなければ。
エルカは唇を噛みしめて、そしてナイトに視線を向ける。
今は、ルイくんと二人だけにして……ここから先は、私たちだけの問題だから……話も聞かないで欲しいから、出来るなら先に戻って欲しい
エルカはずっと、兄の愛情という安全な場所に逃げていた。
だから、今はその兄を遠ざけて、逃げることをやめた。
そうだな、俺にも……勇気が必要なんだな。エルカを独り立ちさせる勇気が…………
くっっ……
そう言って、ナイトは姿を消した。
とても不満そうに歯を食いしばり、眉根を寄せたまま。
勇気の見本も示すことの出来ない過保護な兄の気配は、部屋の中から消えていった。