05 過保護兄の後悔1

ナイト

いったい、何だったんだ……

 呆れたようなナイトの声に振り返る。

ウツロの消えた空間を鋭い目で睨むナイト。



 今までエルカは、ナイトの余裕めいた表情ばかり見ていた。

 上から物を見ているようなそんな表情ばかり。




 しかし、今、目の前にいる彼は違う。


 エルカやソルの前では絶対に見せない、こんなやり込まれたような表情は貴重だ。


 だから、微苦笑を向ける。

エルカ

本を届けに来てくれただけだよ。とにかく、これを兄さんが読めないことは分かったよ。その点は安心だね

ナイト

それは、少し傷つくのだが

エルカ

兄さんは私のプライバシーに踏み込み過ぎなんだもの。油断も隙もあったもんじゃないよ

 エルカはジッと本を見つめる。


 この本を開いて、真実を見た時、自分たちはどうなってしまうのだろうか。



 その先に、どんな真実が待っているのかはわからない。


 今度こそ絶望してしまうのではないだろうか。

ナイト

お前のプライバシーに踏み込むのが俺の役割なんだ

エルカ

何、それ……迷惑すぎる

ナイト

お前の望みを叶えるのも、俺の役割だ

エルカ

………

 ナイトはエルカの頭に手を乗せる。


 今の彼女の中には、不安や希望や絶望、さまざまな感情が渦巻いている。


 落ち着かない心を静めるように、ナイトは妹の頭を撫でる。

――ル イ の 前 で そ う さ れ る こ と を 、 彼 女 は 嫌 が る。

 それを知った上で、何度も撫でていた。


 案の定、エルカは不機嫌な視線をナイトに向けた。撫でていた手からスルリと抜け出す。



 この本はエルカとルイの互いの気持ちは代弁してくれる。

 しかし、ナイトの言葉は今、ナイトの言葉でしか告げられない。



 だから、ナイトは伝える。


 これが、本当に最後になるかもしれない。


 それを理解した上で、彼女たちに自分の心を明かす。

ナイト

真実を知った上で、引篭もりたいというのなら……俺はもう止めない。お前が知った真実も追及しないよ

エルカ

……………

ナイト

ただ、お前と一緒にここで過ごしてやるよ

エルカ

………結局、兄さんは私と一緒にいるつもりなのね

 エルカは深くため息を吐いてから、半眼で兄を見上げる。


 ナイトはその意志だけは曲げるつもりがなかった。


 それは、敬愛するグランとの約束でありナイトが自分に課せた義務だから。

ナイト

言っただろ? 俺が生きる目的はお前なんだって

エルカ

そうだったね……………その、重すぎる愛情はどうすれば軽く出来るのかな?

ナイト

俺の愛情を軽くしたければ、この状況を変えれば良い。俺はお前が心配だから重すぎる愛情を向けてしまうんだからさ。

ナイト

俺の心配の要素を減らせるのなら、少しは軽くしてやるよ。少しだけどな

エルカ

…………

 ナイトにとっては当たり前のことも、エルカにとっては重すぎる愛情らしい。



 不満そうな表情の妹をナイトは真正面で見つめる。



 その真摯な眼差しから、いつもと違うことを察したのだろう。

 エルカは真っ直ぐ見返した。

 返された視線に、ナイトは頷いて言葉を続けた。


 伝えきれていない、言葉を彼女に伝えるために。

ナイト

俺は、ずっと後悔していたんだ。お前たち二人に話し合う機会を与えなかったことを。俺の思い込みで、尋ねてくるルイを追い返していた

 二人の決別の理由はわからなかった。


 ナイトが知っていることは、二人がケンカをして、エルカが泣いたということだけ。

 それだけで、ルイが妹に害を与える存在だと判断していた。



 それまでの二人のことを知らないまま、ルイを近づけてはいけないと断言した。

ルイ

悪いのは僕です。ナイトさんの判断は間違ってはいない

ナイト

それはどうだろうな……本当なら、事情を聞いて外に出ることを手助けすべきだった……エルカの将来を思えば、そうすることが正しい。

ナイト

でも、俺は引き篭もることを認めてしまった。その結果としてエルカを束縛する形になってしまった

エルカ

………束縛………されていたのかな

 エルカは勝手に引篭もっていただけ。


 ナイトはそれを認めただけだった。

ナイト

俺はグランさんから、お前を護ることを命じられた。だからさ、引き篭もってくれていた方が護りやすいと思っていたんだ。

ナイト

学校に行って、知らない場所で傷つかれるくらいなら……家から一歩も出ない方が都合が良いって

 グランの地下書庫にいるだけで最低限の生活ができる。


 食事を届ければ心配することはほとんどなかった。



 地下書庫の扉の鍵はエルカとナイトが持っていた。


 ナイトが開かなければ内側からしか扉を開くことができない。



 地下書庫の扉は魔法の扉。扉の先は魔法の空間に繋がっていた。


 第三者が扉を開いたとしても、地下書庫に辿り着くことはできない。



 地下書庫は絶対の安全を約束された密室空間。

 ここにいる限り、危険からは免れることができた。



 地下書庫は、唯一無二の安全地帯だった。

第4幕-05 過保護兄の後悔1

facebook twitter
pagetop