05 過保護兄の後悔1
05 過保護兄の後悔1
いったい、何だったんだ……
呆れたようなナイトの声に振り返る。
ウツロの消えた空間を鋭い目で睨むナイト。
今までエルカは、ナイトの余裕めいた表情ばかり見ていた。
上から物を見ているようなそんな表情ばかり。
しかし、今、目の前にいる彼は違う。
エルカやソルの前では絶対に見せない、こんなやり込まれたような表情は貴重だ。
だから、微苦笑を向ける。
本を届けに来てくれただけだよ。とにかく、これを兄さんが読めないことは分かったよ。その点は安心だね
それは、少し傷つくのだが
兄さんは私のプライバシーに踏み込み過ぎなんだもの。油断も隙もあったもんじゃないよ
エルカはジッと本を見つめる。
この本を開いて、真実を見た時、自分たちはどうなってしまうのだろうか。
その先に、どんな真実が待っているのかはわからない。
今度こそ絶望してしまうのではないだろうか。
お前のプライバシーに踏み込むのが俺の役割なんだ
何、それ……迷惑すぎる
お前の望みを叶えるのも、俺の役割だ
………
ナイトはエルカの頭に手を乗せる。
今の彼女の中には、不安や希望や絶望、さまざまな感情が渦巻いている。
落ち着かない心を静めるように、ナイトは妹の頭を撫でる。
――ル イ の 前 で そ う さ れ る こ と を 、 彼 女 は 嫌 が る。
それを知った上で、何度も撫でていた。
案の定、エルカは不機嫌な視線をナイトに向けた。撫でていた手からスルリと抜け出す。
この本はエルカとルイの互いの気持ちは代弁してくれる。
しかし、ナイトの言葉は今、ナイトの言葉でしか告げられない。
だから、ナイトは伝える。
これが、本当に最後になるかもしれない。
それを理解した上で、彼女たちに自分の心を明かす。
真実を知った上で、引篭もりたいというのなら……俺はもう止めない。お前が知った真実も追及しないよ
……………
ただ、お前と一緒にここで過ごしてやるよ
………結局、兄さんは私と一緒にいるつもりなのね
エルカは深くため息を吐いてから、半眼で兄を見上げる。
ナイトはその意志だけは曲げるつもりがなかった。
それは、敬愛するグランとの約束でありナイトが自分に課せた義務だから。
言っただろ? 俺が生きる目的はお前なんだって
そうだったね……………その、重すぎる愛情はどうすれば軽く出来るのかな?
俺の愛情を軽くしたければ、この状況を変えれば良い。俺はお前が心配だから重すぎる愛情を向けてしまうんだからさ。
俺の心配の要素を減らせるのなら、少しは軽くしてやるよ。少しだけどな
…………
ナイトにとっては当たり前のことも、エルカにとっては重すぎる愛情らしい。
不満そうな表情の妹をナイトは真正面で見つめる。
その真摯な眼差しから、いつもと違うことを察したのだろう。
エルカは真っ直ぐ見返した。
返された視線に、ナイトは頷いて言葉を続けた。
伝えきれていない、言葉を彼女に伝えるために。
俺は、ずっと後悔していたんだ。お前たち二人に話し合う機会を与えなかったことを。俺の思い込みで、尋ねてくるルイを追い返していた
二人の決別の理由はわからなかった。
ナイトが知っていることは、二人がケンカをして、エルカが泣いたということだけ。
それだけで、ルイが妹に害を与える存在だと判断していた。
それまでの二人のことを知らないまま、ルイを近づけてはいけないと断言した。
悪いのは僕です。ナイトさんの判断は間違ってはいない
それはどうだろうな……本当なら、事情を聞いて外に出ることを手助けすべきだった……エルカの将来を思えば、そうすることが正しい。
でも、俺は引き篭もることを認めてしまった。その結果としてエルカを束縛する形になってしまった
………束縛………されていたのかな
エルカは勝手に引篭もっていただけ。
ナイトはそれを認めただけだった。
俺はグランさんから、お前を護ることを命じられた。だからさ、引き篭もってくれていた方が護りやすいと思っていたんだ。
学校に行って、知らない場所で傷つかれるくらいなら……家から一歩も出ない方が都合が良いって
グランの地下書庫にいるだけで最低限の生活ができる。
食事を届ければ心配することはほとんどなかった。
地下書庫の扉の鍵はエルカとナイトが持っていた。
ナイトが開かなければ内側からしか扉を開くことができない。
地下書庫の扉は魔法の扉。扉の先は魔法の空間に繋がっていた。
第三者が扉を開いたとしても、地下書庫に辿り着くことはできない。
地下書庫は絶対の安全を約束された密室空間。
ここにいる限り、危険からは免れることができた。
地下書庫は、唯一無二の安全地帯だった。