02 望まぬ再会
02 望まぬ再会
…………っ
こんな再会は望んではいなかった。
自分たちは再会してはいけないのだ。
エルカは深呼吸をして、彼を見る。
二度と会ってはいけない人がそこにいる。
見間違いではないだろう。
決別してからの半年間。あの日以来の再開になる。
記憶にある彼よりも少しだけ背が伸びたような気がする。
そんなことを考えながら、エルカは彼を見つめていた。
身長が伸びた以外、ルイ・バランはあの頃と何も変わっていなかった。
ここは……いったい
魔法の空間だと思ってくれ
目を瞬かせるルイにナイトの声が説明する。
この場にいるのは、エルカとルイの二人だけではなかった。
だからエルカは兄の姿を視線で探していた。
兄さん!! どういうこと?
エルカの側にいつでも現れる兄は、少し離れた場所で不敵な笑みを浮かべた。
兄は笑うだけで、エルカの質問には答えるつもりはないらしい。
彼がここにいるって事は……まさか彼はもう……
そもそも、この図書棺に普通の人間は足を踏み入れることは出来ない。
その名の通り棺なのだから。
生と死に限りなく近い絶壁に立つ魂……それらが辿り着く場所。
グランの加護があるナイトは別としても、エルカとソルは火事に巻き込まれ死の淵に立たされていた。
だから、ここにいる。
そうなると、彼は……
そこまで考えてエルカは青ざめる。
心配するな、死んではいない。ルイのことは、俺が仮死状態にさせた。だからここに来れるんだ
仮死状態にさせた……ですって?
きっぱりと言う兄を睨みつけるが、その表情は変わらない。
飄々とした笑顔を向けるだけ。
何を言っているのだろう。
グルグル回る思考を抑えて、エルカは目を瞬かせる。
俺が一発殴って、仮死状態になる薬を飲ませた
薬ってどういうこと?
ある人から貰ったんだよ。入手ルートについてはノーコメントだ
それって、殴る必要はあったのかな? 仮死状態にするだけなら薬を飲ませるだけで良いじゃない
俺の気持ちがそうしろと言っていた。事情はあるだろうが、お前を泣かせたのはこいつだからな。保護者として殴らなきゃ気が済まなかった
だからって……
大丈夫だよ
静かに口を開いたのは、殴られて薬を飲まされた当人だった。
目の前にいる彼は無傷だが、現実世界の彼は酷い怪我をしているはず。
相手はナイトだ。この兄は手加減をすることが苦手なのだから。
ルイは喧嘩なんてしたことがないような男の子。
暴力なんて大嫌いな人。
そんな人が、この兄の拳を受けたのかと思うとゾッとする。
きっと、酷く痛い思いをしただろう。
大丈夫なわけないよ。兄さんのバカ力で殴られたんだよ
………殴られる覚悟はしていたんだ。想像していたものより痛みがあったけど
それは、思いっきり殴ったから当然だ。ここは棺。俺みたいな例外を除けば健康的な人間の魂は入ることが出来ない
………まさか、ソルのことも殴ったの?
ソルのことは……コレットさんの魔法で【死の淵】から無理やり起こして、その後【死の淵】に戻したんだ
何だかややこしい……それに、コレットも何を考えているのよ。そんな危険なことをするなんて
そうなのか?
その魔法が失敗して、結果……ソルが死んでしまったら……禁忌を犯した罰が下されるのよ
禁忌。
それは、魔法使いの掟。
魔法使いは魔法で人間を殺すことも生かすことも禁じられていた。
人間の寿命をいたずらに弄ぶことを固く禁じられている。
何を考えているかなんて、わかるだろ? あの人はエルカの母親なのだから
そうだとしても……それでソルが死んでしまえば……魔法で人間を殺害したってことになるんだよ
その罰がどんなものかはエルカは知らない。
祖父から聞いた話では、酷く苦しみながら命が尽きるのだとか。
あの人の場合、失敗なんてしないだろ
ナイトは呆れ顔でそう言った。
エルカの母コレットは才能ある魔法使いだったらしい。
祖父からの評価も高かった彼女が魔法を失敗するなんてことはないだろう。
失敗する可能性があるのなら、最初から魔法は使わない。
危ない橋を渡るほど愚かではないはずだ。
でも、ソルが私の申し出を受けて死を選べば……結果として彼女は罰を受けるのよ
ソルが申し出を受けるってことは、お前も死を選んでいる時だ。そうなったら、あの人だって……生きることを諦めるのではないかな?
家族が誰もいない世界で生きるのは辛いだろうし
彼女は、そんなに弱い人なの?
人の強さなんて、第三者の目ではわからないものさ。最後まで弱さを隠し通す人だっているんだし。コレットさんは弱さを隠していたんだと思うよ。
余裕めいた笑いを浮かべながら内心必死だったはずだから。きっと、エルカには弱い自分は見せないだろうけどな
私はあの人のこと、あまりよく覚えていないから、兄さんの言っていることがわからない
母親であるコレットについて、エルカはほとんど知らなかった。
物心つくころには、エルカにとって保護者はナイトとグランの二人だった。
だから、彼女が母親である感覚が掴めずにいる。
だから、今回の事件を利用した。
彼女が母親としてエルカを見てくれるか知りたかった。見て欲しかった。
今回の事件のお蔭で……私を見て貰えたんだね
それは、違う……今回の事件がなくても、コレットさんはエルカを見ていた。見ていたから、大事だから……連れ戻そうとしている
そんなの、コレット本人の口から聞かないと信じられないよ………
……信じるかどうかは、エルカが決めるんだ
エルカは兄の言葉を俯いて聞いていた。
彼が話していること。それは、彼の憶測だろう。
だから、全てを鵜呑みにはできない。
この話は、保留にしておいて。私も混乱しているから
でもね……でも、これはどういうことなのか説明して欲しい
エルカの視線はルイに向けられた。
ジッと、彼の瞳を睨みつける。
………っ
ルイくんは何を考えているの!?
え?
殴られた? 仮死状態? 何なの? もしかするとそのまま死んでしまうかもしれないのに、何やってるの?
……大丈夫だよ。それでも構わないから
勢いに任せてまくし立てるエルカに、淡々とした口調でルイは応える。
落ち着いた表情を見せる彼の姿に、エルカは息を飲みこんだ。
………なん、で? どうして、そんな無謀なことができるの?
その問いは弱々しく、彼女の口から零れ落ちた。
何の為に、そんなことをするのだろうか。
エルカにはそれが理解できなかった。
それは、君と話をするためだから
………………
ここに来ないと君と話せないって言われたから、こうして来たんだよ
……私たちの間に話す事なんてないよ
僕にはあるんだ。エルカと話さないといけないことが
わ、私にはない………っ
逃げるようにエルカが背を向けると、今度は目の前にナイトが立ち塞がる。
上目遣いに見上げれば、冷めた視線を向けられた。
………
………あぅ
こういう視線は苦手だった。後ずさろうとするエルカだが、足を動かすことができなかった。
背中側にはルイがいるのだ。彼から逃れたいのに、下がるわけにはいかない。
彼は目だけでエルカを黙らせる。
宣言通りに、ナイトはエルカが嫌がることをしていた。
言ったよな。俺はお前を傷つけるって
それが、ルイくんだって言うの?
ああ
ルイくんを連れて来ることが、どうして私を傷つけることになるのかな? 私は彼と決別してるんだよ。
もう、何とも思ってないんだよ。もう、知らない、どうでもいいんだよ
お前さ……いい加減、逃げるのはやめにするんだ
………に、逃げてなんかいないよ
そう言って視線を泳がせるエルカはわかっていた。
言われなくても理解していた。
エルカがルイと自分自身から逃げているということを。