第4幕
二人の図書棺
第4幕
二人の図書棺
Prologue
放課後の図書室。
誰にも邪魔されない空間で、ただ二人で語り合う時間が好きだった。
静寂の中でページをめくる音だけがパラパラと聞こえる。
ここは、二人きりの特別で神聖な時間。
この時間を僕は大事にしていた。
おそらくは、彼女も同じ気持ちだっただろう。
……例えばの話だけどさ
彼女は突然、声を潜ませて話し出した。
宝石みたいにキラキラ輝くエメラルド色の髪も、吸い込まれそうなワインレッドの瞳も魅力的だけど、
僕は彼女の控えめな耳心地の良い声が好きだった。
うん、何?
目障りな人を消す方法が知りたい
え?
例えば……の話だよ。嫌な人を私の視界から消したいの、もう二度と見ないようにする方法
君は殺人事件でも起こしたいわけ?
……例えばだけど、そういうことになるね
あどけない笑みを浮かべる彼女に、僕は微苦笑で返す。
こっそり、周囲を見渡した。幸いなことに近くに人の気配はない。
司書や他の生徒がいなくて良かった。
変わり者の少女の口から犯罪予告がされたのだ。
彼女の言葉が本気ではないことはわかっている。
しかし、誰かの耳に入って妙なウワサが流れては大変だ。
僕に聞くよりも、その読み終わった本に詳しく書いてあると思うけどね。物語の犯人の真似をして行動すれば良いんだからさ
あ、なるほど
彼女が読んでいる本は推理小説。
名探偵の孫娘が助手の執事(実は大泥棒の孫)や刑事の息子と、協力して事件を解決していくというものだった。
僕が勧めたシリーズを彼女は熱心に読んでくれている。
それが話題を僕と共有するためだと知った時、なんだか嬉しかった。
確かその巻は……
うん、放火に見せかけた殺人事件だよ
犯人は最後には探偵と警察によって牢屋送りだったな。君が同じ行動を起こせば、結果も同じ。君は捕まってしまうよ
捕まることは怖くないよ
きっぱりと彼女は、こちらが心配になるようなことを言う。
訂正……捕まることもないね。君の力では大人を殺すことは無理だ。不可能だ
なんで?
腕力も体力もない君には無理だな
えー……
残念そうに口を尖らせる。
そんな細い身体では何も出来ないだろう。
同世代の子たちよりも小さな彼女は、強風に煽られただけでも折れてしまいそうなほどに細い。
二人どころか一人も殺せずに、返り討ちにあうのがオチだろうな。それは最悪のバッドエンド
言い返す言葉がないよ
だろ?
僕がそう言ったところで、彼女は諦めてはくれない。
こめかみに指を当てて、『んーー』と呻き声を上げながら考える仕草。
そのあと、ポンと手を叩いて小首を傾げて微笑んだ。
……それじゃあ、戦い方を教えて。戦う力が欲しい
それは、駄目だな
なんで?
僕は探偵になる男だよ。友達が罪人になる手助けはできない
そうだよね。ごめんなさい。変なコト考えていたみたい
そう言って、眉を下げて申し訳なさそうな視線をこちらに向ける。
僕の夢が探偵であることは彼女には告げていた。
この夢を両親にはバカバカしいと反対された。
だけど、彼女は目をキラキラさせながら応援すると言ってくれた。
その言葉が嬉しかった。
いいよ。考えていることが変な事だとわかっていたんだろ? だから僕に相談したんだろ?
……そうだね。相談すれば、必ず止めてくれるから。止めて欲しいから、私は相談したんだね。貴方に話したら少しだけ心が楽になった気がするの
辛くなったら話してよ。聞いてあげることしかできないけど
それで十分だよ。私は自分の心を自分でもどうすれば良いのか、それがわからなくなるときがあるの。
だから聞いてくれてありがとう。引き止めてくれてありがとう
それは、誰かが引き止めなければ行動に移す可能性もあるということ。
彼女は危うい。
落ち着いているように見えるが、心に深い闇を抱えている。
だから、自然に心の闇が零れ落ちて、あんなことを言ったのだろう。
それじゃ、改めて言わせてもらうよ。君の力じゃ無理だから、やめてくれよな。加害者にも被害者にもならないで欲しい。
被害者の君も、加害者の君も見たくないからさ
わかった。私は加害者にも被害者にもならないよ。貴方を悲しませたくはないから。貴方の悲しむ姿は見たくないもの
うん、約束だよ
約束だね
僕が小指を差し出すと、彼女は小さく細い小指を絡めてくる。
僅かで確かな温もりが伝わるのを感じた。
視線と視線が交差して、互いの瞳の中に互いの姿を確認する。
そして、二人同時に頷き合った。
彼女は控えめだけど微笑んでくれた。
僕を信頼しているからこそ見せてくれる、作り物ではない笑顔で。
彼女の信頼に答えるように、僕は微笑み返す。
これは、僕たちがまだ幸せを共有していた頃の記憶。
この時間がなかったことになんてしたくなかった。
僕たちが互いに信頼しあっていた時間は確かに存在している。
僕はこの時間を忘れない。
二人の時間を取り戻すことが出来なくても良い。
だけど、彼女の幸せだけは取り戻してあげたかった。
だから、
僕は、
その為になら、
何でもできる。