第4幕

二人の図書棺

Prologue

 放課後の図書室。


 誰にも邪魔されない空間で、ただ二人で語り合う時間が好きだった。



 静寂の中でページをめくる音だけがパラパラと聞こえる。


 ここは、二人きりの特別で神聖な時間。



 この時間を僕は大事にしていた。


 おそらくは、彼女も同じ気持ちだっただろう。
 

エルカ

……例えばの話だけどさ

 彼女は突然、声を潜ませて話し出した。



 宝石みたいにキラキラ輝くエメラルド色の髪も、吸い込まれそうなワインレッドの瞳も魅力的だけど、



 僕は彼女の控えめな耳心地の良い声が好きだった。

ルイ

うん、何?

エルカ

目障りな人を消す方法が知りたい

ルイ

え?

エルカ

例えば……の話だよ。嫌な人を私の視界から消したいの、もう二度と見ないようにする方法

ルイ

君は殺人事件でも起こしたいわけ?

エルカ

……例えばだけど、そういうことになるね

 あどけない笑みを浮かべる彼女に、僕は微苦笑で返す。

 こっそり、周囲を見渡した。幸いなことに近くに人の気配はない。



 司書や他の生徒がいなくて良かった。


 
 変わり者の少女の口から犯罪予告がされたのだ。


 彼女の言葉が本気ではないことはわかっている。

 しかし、誰かの耳に入って妙なウワサが流れては大変だ。

ルイ

僕に聞くよりも、その読み終わった本に詳しく書いてあると思うけどね。物語の犯人の真似をして行動すれば良いんだからさ

エルカ

あ、なるほど

 彼女が読んでいる本は推理小説。

 名探偵の孫娘が助手の執事(実は大泥棒の孫)や刑事の息子と、協力して事件を解決していくというものだった。


 僕が勧めたシリーズを彼女は熱心に読んでくれている。


 それが話題を僕と共有するためだと知った時、なんだか嬉しかった。

ルイ

確かその巻は……

エルカ

うん、放火に見せかけた殺人事件だよ

ルイ

犯人は最後には探偵と警察によって牢屋送りだったな。君が同じ行動を起こせば、結果も同じ。君は捕まってしまうよ

エルカ

捕まることは怖くないよ

 きっぱりと彼女は、こちらが心配になるようなことを言う。

ルイ

訂正……捕まることもないね。君の力では大人を殺すことは無理だ。不可能だ

エルカ

なんで?

ルイ

腕力も体力もない君には無理だな

エルカ

えー……

 残念そうに口を尖らせる。

 そんな細い身体では何も出来ないだろう。

 同世代の子たちよりも小さな彼女は、強風に煽られただけでも折れてしまいそうなほどに細い。

ルイ

二人どころか一人も殺せずに、返り討ちにあうのがオチだろうな。それは最悪のバッドエンド

エルカ

言い返す言葉がないよ

ルイ

だろ?

 僕がそう言ったところで、彼女は諦めてはくれない。


 こめかみに指を当てて、『んーー』と呻き声を上げながら考える仕草。


 そのあと、ポンと手を叩いて小首を傾げて微笑んだ。

エルカ

……それじゃあ、戦い方を教えて。戦う力が欲しい

ルイ

それは、駄目だな

エルカ

なんで?

ルイ

僕は探偵になる男だよ。友達が罪人になる手助けはできない

エルカ

そうだよね。ごめんなさい。変なコト考えていたみたい

 そう言って、眉を下げて申し訳なさそうな視線をこちらに向ける。


 僕の夢が探偵であることは彼女には告げていた。


 この夢を両親にはバカバカしいと反対された。

 だけど、彼女は目をキラキラさせながら応援すると言ってくれた。


 その言葉が嬉しかった。

ルイ

いいよ。考えていることが変な事だとわかっていたんだろ? だから僕に相談したんだろ?

エルカ

……そうだね。相談すれば、必ず止めてくれるから。止めて欲しいから、私は相談したんだね。貴方に話したら少しだけ心が楽になった気がするの

ルイ

辛くなったら話してよ。聞いてあげることしかできないけど

エルカ

それで十分だよ。私は自分の心を自分でもどうすれば良いのか、それがわからなくなるときがあるの。

エルカ

だから聞いてくれてありがとう。引き止めてくれてありがとう

 それは、誰かが引き止めなければ行動に移す可能性もあるということ。


 彼女は危うい。


 落ち着いているように見えるが、心に深い闇を抱えている。


 だから、自然に心の闇が零れ落ちて、あんなことを言ったのだろう。 

ルイ

それじゃ、改めて言わせてもらうよ。君の力じゃ無理だから、やめてくれよな。加害者にも被害者にもならないで欲しい。

ルイ

被害者の君も、加害者の君も見たくないからさ

エルカ

わかった。私は加害者にも被害者にもならないよ。貴方を悲しませたくはないから。貴方の悲しむ姿は見たくないもの

ルイ

うん、約束だよ

エルカ

約束だね

 僕が小指を差し出すと、彼女は小さく細い小指を絡めてくる。



 僅かで確かな温もりが伝わるのを感じた。


 視線と視線が交差して、互いの瞳の中に互いの姿を確認する。


 そして、二人同時に頷き合った。

 彼女は控えめだけど微笑んでくれた。


 僕を信頼しているからこそ見せてくれる、作り物ではない笑顔で。



 彼女の信頼に答えるように、僕は微笑み返す。

 これは、僕たちがまだ幸せを共有していた頃の記憶。


 この時間がなかったことになんてしたくなかった。


 僕たちが互いに信頼しあっていた時間は確かに存在している。


 僕はこの時間を忘れない。



 二人の時間を取り戻すことが出来なくても良い。

 だけど、彼女の幸せだけは取り戻してあげたかった。

 だから、


 僕は、



 その為になら、



 何でもできる。

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