Epilogue
Epilogue
強さには自信があった。
戦場で生き抜くために手に入れた強さ。
それは、今はひとりの女の子を守り抜くための強さとなっている。
一時は忌々しいと思えたこの力が、今は誇らしくも思える。
だから、今も鍛練は怠らない。
もっと強くならなければならない。
強さには限界があるというのなら、その限界を超えればよい。
俺が夜な夜な鍛練をしていることは、誰も知らないはずだった。
だが、グランさんには気付かれていた。
彼の視野の広さには感服してしまう。
ナイトよ、お主に特別な力を授けよう
夜中に呼び出された俺は、グランさんの私室を訪れている。
そこは、あらゆる本と魔法道具に囲まれた空間。
彼を形成する全てが保管されている場所。
俺がここに足を踏み入れることは稀なこと。
初めてこの屋敷を訪れた時の恐怖感が思い起こされるのだ。
この人に恐怖を抱く理由なんてないのに。
この恐怖感は、エルカやソルは全く感じていないらしい。
二人が怖くないものを、俺が怖がっていたら恥ずかしい。
そう思って俺は、この恐怖心を誰にも語っていない。
おそらく、グランさんには悟られているのだろうが。
何でもお見通しという、あの余裕の表情。
俺もあんな大人になりたいと思った。
グランさん、俺は十分強いつもりだよ
見栄っ張りな俺は自分の力を過信していた。
グランさんにも認められていると思っていた。
今更、グランさんが俺に与えるものはないはず。
しかし、グランさんは首を横に振る。
ナイト、強さばかりが力ではない
そうなのか? 強ければ何でもできるはずだ
お前に与えたい能力は、『エルカのいる場所に必ず行ける能力』だ。あの子は少々危ういところがあるからな。
目を離すと自分から望んで危険な場所に足を踏み込みかねない
そんなこと、俺が阻止してやるよ
あの子が拒絶する可能性も十分有りえる。お主に邪魔されないように、危険に突っ込むことも……な
じゃあ、どうすれば良いんだ?
その時に、この能力は……必ず必要になるだろう
必ず……
グランさんのその言葉には、重みと共に真剣さが込められていた。
だから、俺も真剣な目でグランさんの話に耳を傾けていた。
この能力は、いずれ必要になるものなのだろう。
そして、その時にはグランさんは、既にいないのかもしれない。
もしかすると、これはグランさんがいなくなった後の保険のようなもの。
その能力について詳しく教えてくれ
ああ、お主が望めばエルカのいる場所に行ける。例え、そこが魔法によって閉ざされた空間であってもな
そいつは便利だな。だけど、いつでも……ってわけじゃないんだろ?
その通りだ。『確実にあの子の為になる場合』のみ発動される
そこは心配ないよ。俺はあの子の為になることしかするつもりはない
ただし、注意点がある
注意点?
エルカの為であっても、あの子の望まぬ行動であれば、嫌われる可能性も高いということ
そうか、嫌われるのは嫌だな。でも、あの子の身が危険だったら、俺は迷わずこの力を使わせてもらう。嫌われたって構わない。
その時は、グランさんも連帯責任だぞ。この力がグランさんから与えられたものだって言ってやるから
ひとりだけ嫌われるのは不公平だ。
こんな能力を与えるのだから、グランさんも一緒に嫌われて欲しいと願った。
その時も、彼女の側にグランさんがいて欲しいと願った。
どうか自分が死んでからの話を進めないで欲しい……と、俺は目で彼に訴える。
ははは、その時は甘んじて嫌われてやるよ。さて、この能力にはいくつかの魔法も仕込んでおこうか
俺の気持ちはグランさんに届いたのかもしれない。
だから、グランさんは苦笑で返してくる。
魔法を仕込むというのは?
もしも、そこが魔法空間であれば魔法が必要になるだろう。そのときに私がいない場合を想定して、念のためだな
そんなことは、言わないで欲しい。貴方がいない未来なんて、俺たちは考えたくない
ナイトよ……所詮は魔法使いも人間なのだ。老いには勝てない……もちろん、そんなに簡単に死ぬつもりはない
ああ……あの子たちだけじゃない、俺だってグランさんの教えは必要なんだ
ハハハ……ナイトもずいぶんと人間らしくなったな
エルカのお蔭です。あの子を見ていると飽きません
それは、良かった。さて、この能力についての詳細と、付属する魔法について説明をする
グランさんは人差し指を、俺の額に押し当てた。
聞いたことのない言葉が彼の口から紡がれていく。
痛みはない。
だけど、頭の中に膨大な何かが流れ込むのを感じていた。
………うぐ
激しい倦怠感が身体を襲う。
自分の中に何かが芽吹くのを、俺は感じていた。
知識をナイトの頭の中に流し込んだ。終わったよ……身体の方はどうだね?
ダルい……それに、何かが流れ込んだことは分かったけど、それが何かはわからない。知識なんて何も増えてないぞ……失敗したのか?
失敗はしていない。今は思い出せなくて良いのだよ。知識を与えて、魔法を仕込んだだけなのだから
?
必要なときに、その魔法は発動されるだろう。ナイトは魔法使いではないのだから、ほとんど無意識になるだろうけどな
何だよ、それ……
知識も魔法も、お前の身体の中に全て染み付いている。この魔法の発動も同じ……エルカの為になることしか起こらない
この日、俺は加護を与えられた。
それによって、俺はエルカのいる場所ならどこにでも行ける力を与えられた。
この力の使いどころには悩んだものだ。
一歩間違えればエルカに嫌われてしまうのだから。
この力を使う必要がないこと……それが一番良いのだろう。
俺は俺の出来る範囲で彼女を見守っている。
もしかすると、グランさんは、エルカが図書棺に引篭もる未来を予知していたのだろうか。
俺はグランさんの加護のお蔭で、図書棺に乗り込むことができた。
そして、エルカとルイを引き合わせるための魔法も発動された。
グランさんは、魔法は無意識で発動されると言っていた。
しかし、魔女との交流のお蔭で、ある程度は俺の意思で扱うことができた。
もしかすると、グランさんは分かっていたのかもしれない。
俺がコレットさんを頼り、繋がりを持つことも。
グランさんの死後、この異質な能力の相談相手がコレットさんしか浮かばなかった。だから、俺は彼女を訪ねたのだ。
………それも、グランさんの思惑通りなのだろう。
コレットさんが、この件に関われば母子関係も修復されるだろうから。
幼い頃に別れたエルカとコレットさんの関係も、彼には気がかりだったのだ。
あの人には、これからも勝てそうにない。
グランさんの仕込んでいた魔法を利用して、俺はルイを図書棺に呼び寄せた。
彼は、エルカがグランさんに語った、かけがえのない友人。
あんなに楽しそうに他人を語る姿を、俺たちは見たことがなかった。
そして、彼とのケンカをきっかけに地下書庫に引篭もってしまった。
それだけ強い思いを抱く相手だ。
だからこそ、彼はエルカの弱点。
その彼を、図書棺に連れてきた。
これは、
エルカの為に必要なこと。
そして、
エルカの嫌がること。
これが、俺のエルカに対する嫌がらせだ。
この結果、俺は憎まれるだろうし、嫌われるだろう。
それでも、構わない。
彼女を孤独な世界から解放できるのなら。
― 第3幕 男たちの話 完 ―