13 少年は事件を知る

 宿泊先の部屋の中、硬いベッドにルイは仰向けに寝転がる。


 明日、彼女との約束を果たそう。


 彼女は頑固だから簡単にはいかないだろう。


 ナイトの助力に期待して、そして何より自分を信じなければ果たせない約束だ。


 魔女がいなければ、壊れた本を修繕することは出来なかった。

 ナイトがいなければ、きっと彼女と会うことは出来ないだろう。

 それは、ルイだけでは出来ないこと。

 しかし、その先はルイが自分でやらなくてはいけない。


 自分に悔いが残らないように。

 そう心に誓って眠りについた。

 朝が来た。

 緊張で眠れなかったルイは、寝ぼけ眼で食堂を訪れる。


 食堂では宿泊客が朝食を食べながら談笑していた。

……あんなところで、火事なんてな

 そんな物騒な会話を聞きながら朝食のサンドウィッチを頬張る。


 ルイの頭の中は今日のことで頭がいっぱいだった。

 身なりは整えた方が良いだろうか、

 出掛ける前に身体は洗った方が良いだろうか、

 寝ぐせは大丈夫だろうか。

 色々考えていた。



 しかし、その数分後。


 身なりなんて気にせずに、血相を変えて飛び出すこととなる。


 ルイは無意識にそこに辿り着いていた。


 野次馬に紛れてそれを見上げる。焼け焦げた屋敷がそこにあった


 半年前、何度か足を運んだ場所で、今日も尋ねる予定だった。


 原型を留めていない玄関を見据える。二度とルイがあの扉を開くことはないのだ。


 そう思うと胸が苦しくなるのを感じた。

……ルイ

 ふいに、誰かに名前を呼ばれた。

 ルイが周囲を見渡すと野次馬がドッとざわめくのを感じた。


 何故だろう。


 無数の視線が自分に向けられていた。

……

 違う、視線の先は背後に向けられている。

 振り返ると……

ナイト

話したいことがあるから、こっちに

 昨日よりも顔色が悪い、そして無表情のままナイトが立っている。

ルイ

え?

ナイト

ここじゃ話せないから、はやく

 強引に腕を引かれて路地裏に入る。

 しばらく歩いてから、足を止めると彼は神妙な面持ちで話し始めた。

ナイト

新聞で知っているだろうが…………昨夜、うちが火事になった。被害者は父親と母親の二名だ

ルイ

彼女は?

ナイト

……無事だよ

 彼女が無事ならば、それで良い。

 だけど、どうして彼は思いつめたような表情を浮かべているのだろうか。


 彼女が無事なら、彼は側にいるべきだ。

 それなのに溺愛する妹を置いて、どうしてここにいるのだろうか。

ルイ

……それで、犯人は?

ナイト

わからない

ルイ

え?

ナイト

現場にあったナイフはあの子のものだ

ルイ

待ってください! 彼女には無理です

ナイト

分かっているさ。義弟も同じくらいに無理なんだ。あの二人には動機はあっても実行に移すまでの度胸がない。度胸があるのは……俺ぐらいだな

ルイ

………追い詰められた人間は何をしでかすかわかりませんよ

ナイト

それでも無理なんだよ。残念ながら動機も度胸もある俺にはアリバイもある。昨夜は仕事をしていた。残念ながら勤務先に俺がいたことを証言できる人間がいる。

ナイト

火事があったことを知ったのだって、勤務先に近所の人が駆け込んできたからで……俺が駆け付けたときには、あの二人は救助された後だったさ……

ルイ

じゃあ誰が犯人……被害者に恨みを持つ三人がいる。しかし、その三人には犯行が不可能。彼女のナイフが現場にあったけれど、女の子の力では無理。

ルイ

会ったことはありませんが、もう一人のお兄さんでも無理。度胸と力のあって確実に実行できるナイトさんにはアリバイがある、見えない第三者がいる、違う……被害者が犯人…………っ

 ルイがそう言うとナイトは呆れ顔を浮かべる。


 ナイトの視線に気づくと、微苦笑を浮かべた。

 どうやら、考えていることを声に出していたらしい。

ナイト

あのな、お前に話したのは、犯人捜しをしてほしいってわけじゃないからな。

ナイト

いくら、お前の叔父が探偵だからって探偵の真似事はしないでほしい

ルイ

僕は探偵じゃありませんよ。考えてみただけです……

ナイト

推理しているように聞こえたが……まぁいい。頼むから余計なことはしないでくれ……あの子が悲しむから

ルイ

どうして話してくれたのですか? 

ルイ

自分で言うのもおかしいですが、僕はこういう謎とかに弱いのですよ。つい、思考を巡らせたくなるので

ナイト

だから念のためだよ。詮索されて危ないことに頭を突っ込まれても迷惑だ。この件について、お前は考えなくて良い。

ナイト

あの子が目覚めたら仲直りしてくれよ。それだけに集中すれば良いんだ。それを、お前に伝えたかったんだよ

 投げやりのような口ぶりだが、もしかすると彼はルイの身も案じているのかもしれない。

ルイ

……はい

ナイト

お前たち二人の喧嘩は、お前たちだけの問題だ。今のこの状況は俺たち家族の問題。

ナイト

お前は自分がこの街に帰って来た目的だけを考えるんだ。余計なことは考えるな!

ナイト

 宿泊先で大人しくしてろよ。何かあれば連絡するから

ルイ

……わかりました

 ルイは不満気な視線をナイトに向けた。


 この件に関しては首を突っ込むな、犯人を探すな、そう言っている。


 これ以上、踏み込めば……もっと良くないことが起きるのだろう。

第3幕-13 少年は事件を知る

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