11 少年と男の約束1

 廃墟を抜け、見慣れた下町を歩いていく。

 この辺りに半年前までルイは住んでいた。

 かつて住んでいたアパートは取り壊されている。


 記憶は曖昧になっている。自分が住んでいた建物がどんな姿だったのか、思い出すことが出来なかった。


 ただ、ここに在ったということだけが思い出すことができた。


 そこを抜けた住宅地の一角にある喫茶店が、次の目的地だった。

 もう一方の手紙の差出人との待ち合わせの場所。




 ここの静寂な空気はルイのお気に入りの場所でもあった。

 考え事をするのにちょうど良いので、以前も何度か訪れている。


 以前から客の姿は少なかった。

 マスターも高齢になっていることもあって、半年の間に潰れていないか心配だった。

 馴染みの常連客を相手に営業を続けている、そんなところだろう。


 この店が残っていたことに、ルイは安堵すしていた。


 記憶に残る場所が残っていただけで安心感が抱けるのだ。


 少しだけ、あの頃の自分に戻ってきたような気持ちになれる。





 ルイはいつも座っていた、奥の席に腰を下ろした。


 頼むのはコーヒーか紅茶のどちらか。どちらを選ぶかはその日の気分に任せる。


 今日はコーヒーを選んだ。頭の中をスッキリさせたかった。

 普段はミルクや砂糖を入れるのだが、今日は苦みのあるブラックコーヒーを喉に流し込むことにした。
 




 …………苦い。渋面を浮かべて、すぐにミルクと砂糖を追加する。

お、もう来ていたのか?

 そう言って、声をかけてきたのは長身の男性。

 二人目の待ち合わせの相手でもある、ナイト・フランであった。

 目つきの悪さが特徴の二十歳の青年。

 初対面の頃は怒っているのかと思った。

 しかし、彼は目つきが悪いことが普通なのだという。


 ナイトは店員を呼び自分のコーヒーを注文すると、ルイの正面に腰を下ろす。




 この街に戻ってきた目的。

 それは、約束を果たす為。


 だからルイは息を飲み、背筋を伸ばして頭を下げる。

ルイ

………お久しぶりです。ナイトさん

ナイト

元気そうだな。まさかお前から手紙が来るとは思わなかったさ

ルイ

すみません……

 ルイからナイトに手紙を出したのは数日前のこと。


 魔女から連絡を受けて、すぐにナイトに手紙を出していた。


 宿屋に届いたのは、その手紙に対する返信。

 会って話がしたいという突然の誘いにも、彼は応じてくれた。

ルイ

もしかして、今は仕事中でしたか?

ナイト

ああ

ルイ

忙しいときに、すみません……お疲れの様子ですが、大丈夫ですか?

 彼が何の仕事をしているのかは不明だった。

 複数の仕事を掛け持ちしているらしい。

 それらの仕事の仲介を教会に任せているため、ナイトの連絡先は教会ということになっている。



 ナイトの顔色は悪かった。そして目つきも悪かった。

 半年前のルイならば、こんな表情で睨まれたら逃げ出していたかもしれない。




 悪いことをしてきた後か、悪いことをする前、という雰囲気が出ているのだから。

 これが疲弊しているだけの表情とは、初対面ではわからないだろう。

ナイト

気にするな。今日から仕事を増やさないといけなくなってな

……だからと言って、そんな顔で少年を睨んでいては……これから彼は殺されるのではないか……と思われても仕方がないぞ

ナイト

マスター……俺、そんな凶悪犯のような顔してますかね

ああ……酷い顔だ。今晩、誰かを殺しかねない

 ナイトのコーヒーを運んできたマスターが苦笑交じりに言う。

 そしてチョコレートの皿を二人の前に置くと、軽くウィンクをしてみせる。

懐かしい客と馴染みの客へのサービスだ。二人とも疲れているようだからな、糖分補給しておけよ

ルイ

あ、ありがとうございます

じゃあ、二人ともごゆっくり

ルイ

相変わらず、マスターはチョコレートが好きなんですね

ナイト

ああ……こういう気遣いは嬉しいよな

ルイ

はい

 二人は苦笑を浮かべながらチョコレートを口にした。


 コーヒーの苦味とチョコレートの甘味は、疲弊した心と体に癒しを与えてくれる。



 正面に座るナイトの強張っていた表情がほぐれる。


 きっと、自分の表情も同じように落ち着きを取り戻しているだろうと、ルイは感じていた。

第3幕-11 少年と男の約束1

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