10 少年の告解
10 少年の告解
複雑に入り組んだ通りを進んでいく。
住んでいた街だというのに知らない通りが多かった。
同封されていた地図を頼りに、辿り着いたのは小さな教会だ。
周囲に人の気配はなかった。虫の声も鳥のさえずりも聞こえてこない。
まるで、ここだけが世界から切り離されたような沈黙が広がっている。
その静寂に不気味さを感じながら、ルイは礼拝堂に足を踏み入れる。
そこで待ち構えていたのは、白い女神像。
ルイは前髪をかき上げて、女神像を見上げる。
神父やシスターの姿は見えないが、この教会は丁寧な手入れが施されているようだ。
埃のついていない椅子が並んでた。
ルイの目の前には、綺麗に磨かれた女神像。
その表情は微笑んでいるようにも、嘲笑うようにも見えた。
その双眸はルイの心の内を、女神像は見ているようだ。
目を瞑り、手を組むと、ルイは静かに膝をついた。
僕は友人を傷つけてしまいました。
どんなに謝っても許しては貰えませんでした。
会うことも叶いませんでした。
許されないまま、僕は街を離れました。
親の仕事の都合、なんて理由で。
大人の都合に振り回されるのが嫌でした。
だけど、その時は安心してしまいました。
僕は逃げました。
友人を傷つけた事実から…
それは、何度も心の中で繰り返した懺悔の言葉。
……
静かに瞼を開くと、目の前に女性が立っていた。
腰まで伸びた透き通ったエメラルド色の髪。その幻想的な姿に息を飲みこむ。
彼女は本当に実在しているのだろうか。そんなことを、疑ってしまい……つい足元を見ていた。
彼女の足は存在している。当然のことなのに安堵してしまう。
再び見上げると彼女は、その口元に穏やかな笑みを浮かんだ。
どことなく女神像に似ているような気がして、ジッと見つめてしまった。
あ、あの………
立ちなさい。私は女神なんかじゃありません。祈られても困るわ
は、はい
そこで自分が膝をついたままであることに気が付いた。
ルイは慌てて立ち上がる。その姿に女はまた笑みを浮かべた。
そして、彼女が待ち合わせの相手であることを思い出す。
あなたは、魔女……でしたよね
半年ぶりですね。御無沙汰しております
本当に、来たのね
呼び出したのは貴女ですよね
ええ、街外れの教会なんて初めて来たでしょ
はい。貴女からの手紙で初めて存在を知りました。丁寧に地図まで描いていただいたので助かりましたよ。道を尋ねても誰も知らなかったので
ここはね、ウワサの魔法使いが住んでいる幽霊教会なの。他人に尋ねたところで知らない人の方が多いわ。
ウワサ話は、ただのウワサ話。その場所なんて知らないの。ウワサの真相を確認しようなんて考えるのは一部の人間よ
え?
最近、街の子供たちの間では幽霊教会のウワサ話で盛り上がっているようね
そ、そうだったのですか
真相なんてないのかもしれない。だって、これは子供たちが夜遊びしない為の作り話………かもしれないのよ
それに、魔法使いに関するウワサ話は常にトレンドな話題なの。嘘か真かは別として……話のネタとして扱いやすいのね
幽霊教会……どういうウワサか気になるところですが、今日はその話ではありませんね
その通りよ。どうぞ、これが……約束の品物よ
汚れたりすると大変だから布袋に入れておいたわ
ルイは魔女から布袋を受け取る。
手で抱えた瞬間、ズッシリとした重みを感じて慌てて抱えなおす。
大事に抱きかかえる姿に魔女は満足するように微笑んだ。
どうか、落とさないようにお願いします
承知しています。その、ありがとうございました
どうか、それを本当の持ち主のところに届けてあげてください
………わかっています
………よく、逃げないで待ちましたね
………
二度とこの街には戻らないだろうと、思っていました。半年の間に気持ちが変わるだろうと思っていました。
え?
貴方は、ここにいる………この奇跡を私は無駄にしたくない。だから、約束を果たして……あの子のことを引っ張ってあげて
彼女が何を言ったのか聞き取れなかった。
しかし、顔を上げた時には彼女の姿は消えていた。
そこにいたという形跡が全くなくなっている。
ルイの目に映るのは女神像。だけど、何かが違う。
そこには、苔と傷だらけの女神像が微笑んでいる。
(……この教会って、こんなに汚れていたっけ)
ルイの視線は右に左に忙しく動き回る。
ルイはこの場から動いていなかった。目立って瞬きする程度だった。
だけど、ここは先ほどと大きく変化していたらしい。
そこは朽ち果てた教会だった。
所々が崩れていて、天井は埃だらけ、窓は割れていて天井には蜘蛛の巣。
教会跡という廃墟の中にルイは立ち尽くしていた。
先ほどの綺麗な教会は幻影で、こちらが本当の姿なのかもしれない。
(そうか………ここが、幽霊教会……)
そう心の中で呟くと、背筋に冷たい何かが流れるのを感じた。
青空を黒い雲が覆い、急激に空気が冷える。
ルイは寒気を感じて踵を返すと、地図を確認しながら来た道を戻っていった。