09 少年への誘い

ルイ

しばらくお世話になります

バランさんには以前お世話になったから、気にすることはないさ

 ルイが訪れたのは叔父の知人が経営しているという宿屋。

 初対面であったが、気の良い人らしく笑顔で接してくれた。

 叔父の仕事は探偵。


 どうやら、この宿屋で起きたトラブルを解決した過去があるそうだ。

ルイ

ありがとうございます

 この街に着いてから、ずっと張り詰めた空気を感じていた。

 だから、主人の笑顔に久しぶりの安らぎを感じ微笑みを返す。

………まぁ、大通りのと比べたら物足りないだろうが、ゆっくりしてくれよな

 早朝ということもあってか、他の宿泊客の姿はほとんどなかった。


 主人の沈んだ表情から察するに、経営は芳しくないのだろうと推測できる。


 すぐ近くの大通り大きな宿屋が出来ていた。半年前にはなかったと思う。



 お洒落な外観と広い室内が人気らしく、宿泊者たちはあちらに殺到しているそうだ。疲れた表情の主人に、ルイは微笑む。

ルイ

叔父から、ここの宿屋は食事が美味しいと聞いています。夕食楽しみにしていますね

おう、期待してくれ。そうそう、君に手紙が来ているよ

ルイ

手紙?

おう、これだよ

ルイ

ありがとうございます

 手紙を受け取ってから、ルイは宿泊する部屋へと移動した。


 室内にはベッドがひとつと、テーブルとクローゼットというシンプルな内装。


 寝泊まるだけならば、十分な環境だった。

 お洒落だとか広いとか、そんな贅沢をルイは考えない。清潔であればそれで良いのだ。

 ルイは荷物を床に置いて、ベッドの上に二通の手紙を並べる。



 片方は薔薇の花がデザインされた封筒。

 その派手な姿は嫌でも目を引いてしまう。そこには、繊細な文字で宛名が書かれていた。


 差出人は書かれていないが、ある程度の予想は出来たので静かに封を開く。




【街外れの教会で約束の品をお渡ししますので、お越しください】



 その文面を目でなぞり、唇をギュッと結ぶ。


 ルイは表情を引き締めてから、窓の外を見据えた。昼前の爽やかな青空が広がっている。

ルイ

……まずは、教会か

 無意識に手紙を握る手が震えていた。ガタガタと足も震えている。


 ルイがこの街に来たのには理由があった。

 この手紙にある、『約束の品』を受け取ることも、そのひとつ。


 そして、『約束の品』を仲違いした友人に届ける。


 その目的を果たすまで、逃げるわけにはいけない。だから、手の震えを抑えて、震える足を動かさなければならない。

ルイ

……行かなければ

 目を閉ざして深呼吸を繰り返してから、呼吸を整える。

 次に瞼を開く時には、落ち着きを取り戻していた。


 二通の手紙を鞄に入れて、ルイは来た時と同じ格好で部屋を出る。


 もう一通の手紙を読むのは、最初の目的を終えてからで良いだろう。


 宿の主人に外出することを伝えてから、背筋を伸ばして街に飛び出した。



 主人は律儀に玄関先でルイを見送ってくれた。

 街に出てしまえば、地味な彼はすぐに風景に溶け込んでしまう。



 だから、宿の主人には彼がどこに行ったのかは知る由もなかったのだ。


 ・・・・・・・
 あるはずのない、街外れの教会に行ったとは……

 思いもよらなかっただろう。

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