06 過保護兄の決断1

 これは兄妹の最期の会話になるだろう。

 エルカはそのつもりでナイトと向き合っていた。


 だから側にいて、手を握り、頭を撫でられて、その温もりを忘れないように堪能していたのだ。

エルカ

……私たちの偽りの兄妹生活は、いずれは終わりを迎えるのよ

ナイト

これで、終わりにはさせないよ

エルカ

私は満たされているの。ソルと兄妹になれたし、兄さんにお礼を言えた。そして、大好きな本に囲まれて過ごすことが出来るのなら、それで十分だもの

 言葉で自分の気持ちを伝えることが難しい。



 エルカの気持ちはナイトに届かない。

 ナイトの気持ちもエルカには届かない。




 互いに届かない気持ちを二人は投げ合っていた。

 これは、どちらかが諦めるまで続くのだ。相手の気持ちを受け止めるまで。


 今はどちらも折れるつもりはない。

ナイト

お前はたった一人で引き篭もって読書していたいのだろうが、一人ではいずれ寂しくなる

エルカ

そ、そんなことはないよ

 ずっと地下に篭っていたのだ。

 寂しいはずがない。




 そう思っているのに、身体が震え出す。孤独を想像したら不安になってきたのだ。

 寂しくないのに、震えが止まらない。


 狼狽えるエルカの心を見透かすようににナイトが笑う。
 

ナイト

………ソルを引き止めようとしてなかったか?

エルカ

え? どうして、それを……

ナイト

やっぱり、そうだったか。あいつの様子がおかしかったから、もしかしたら……って思ったんだ

エルカ

あの時は………魔が差したというか……

ナイト

教えてやるよ。寂しかったから止めたんだよ

 確かにエルカは、ソルに図書棺に残ることを提案していた。

 立ち去る直前になって、彼を追い詰めた。

 あの時は、どうしてあんなことを言ったのかわからなかった。



 時間が過ぎると分かってしまう。


 ただ彼と一緒に居たかったのだ。一人はやっぱり嫌だったから。

 同じように孤独を生きている彼ならば一緒にいてくれると思ったのだ。

 そんな身勝手な理由だった。

エルカ

そ、そうかもしれないけど。結局、私は彼を追い出したよ。私は寂しくなんかない。ずっと一人だったんだから。一人が当たり前だったんだから

 そうやって生きてきたのだから、永遠の孤独ぐらい何ということはない。


 そう思っているのに額から汗が流れる。


 流れる汗に不快感を抱きながら、エルカはナイトを睨んでいた。

ナイト

一人じゃない。同じ屋敷の中に俺やソルがいたじゃないか

エルカ

………それは、そうだけど

ナイト

俺たちの気配がいたから引篭もれただけなんだ。お前は自分が思っている以上に寂しがりやなんだよ。だから

ナイト

、無意識にあいつを引き止めた。お前が望むなら俺もここにいる。二人なら寂しいことは何もないんだ

 ナイトの言っていることは正しい。


 彼らの存在があったから、エルカは安心して引き篭もることができたのだ。


 安心して孤独でいるために、自分以外の誰かをここに置きたいと思うのは傲慢だ。


 相手の気持ちを無視して、自分は孤独を謳歌するのだから。

エルカ

私のワガママで、誰かに迷惑をかけたくないの

ナイト

迷惑って何だよ。お前がいなくなる方が大迷惑だ!

エルカ

!!

 ナイトは顔を強張らせて、エルカを抱き寄せてくる。

 いつものように、熱い、熱すぎる思いで包み込んでくれる。

 ソルのように乱暴じゃないけど、ソルよりも強い力で。



 そして、抱き寄せたままエルカの目を睨む。

 ソルとは違うのだ。この兄は目と目で会話しないと気が済まない。


 彼は自分がどれだけ怖い顔をしているのかもわからないのだろう。



 馬鹿なことを言い出す妹を説教する兄の瞳。

 目を反らして逃げることを許さない強い視線。



 この眼差しがエルカを諫《いさ》めてくれる。だから、ついワガママを言って甘てしまうのだ。

ナイト

俺たちを狂わるせるんじゃない……狂わせないでくれ

 強く掴まれ、強い視線を向けて、絞り出すような弱い声がエルカの心に刺さる。



 ナイトはエルカやソルよりも強い人間だった。だけど、エルカたちと同じぐらいの弱さも秘めている。



 グランの墓の前で彼は初めて泣いた。

 泣き方も泣き止み方も、わからなかった。

 エルカは表情を緩めて兄を見上げる。

エルカ

兄さんは、とても弱い人だったのね

ナイト

俺は強いよ。誰よりも

エルカ

だったら、私がいなくても生きられるでしょ? 恋人でも作って幸せになればいいよ

ナイト

……それは無理だ。お前は俺の生きがいで、生きる目的。お前以外に与える愛情なんて持ち合わせていない

エルカ

重い、重すぎる

ナイト

ああ、重くしているからな

エルカ

じゃあ、その愛情をここに置いて行って欲しい。私はその愛情を背負ってここで生きるから。そうすれば、貴方は軽くなるでしょ

 エルカは満面の笑みを浮かべるが、対するナイトは冷めた目で見下ろした。


 ここまではナイトの予想通りだった。

 頑固な彼女はこれしきのことでは動かないだろう。


 これだけ感情を乱していても、自分の意思を貫こうとする。

第3幕-06 過保護兄の決断1

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