05 過保護兄の想い

 ナイトにとって彼女は、あの頃と何も変わらない小さな女の子のまま。


 身長が伸びて、自分の足で歩いて、ワガママを言うようになっても変わらない。


 小さくて儚い命だから、護ってあげないといけない存在。

ナイト

俺の人生はお前と出会ったところから始まったんだ。それまでの俺は生きているかもわからない存在だった。

ナイト

目の前のお前を見た時に誓った。何があってもこの子を幸せにするって。その為になら、何でもする。俺の人生なんて、どうでもいい

エルカ

……………それで、幸せなの?

ナイト

幸せだよ。ただの傀儡人 《クグツビト》が、女の子を護る騎士になれたんだからさ

エルカ

………

 傀儡人 《クグツビト》たちがどんな気持ちで生きていたのか、エルカには想像もできない。


 それは過酷で悲しい世界だったのだろう。それは書物でしか読んだことのない世界だった。

 それは雲の上の話だと思っていた。



 まさか、自分の身近に当事者がいたとは思わなかったのだ。



 兄が元傀儡人 《クグツビト》だと言うだけで、それはとても身近な話に聞こえてしまう。


 遠くない過去に、明日に不安を抱える傀儡人 《クグツビト》たちが存在していたのだ。


 そう思うだけで、身の毛がよだつのを感じていた。



 たまたま現れたグランが彼を見つけなければ、エルカは彼という兄を得ることが出来なかった。


 ナイトがいない自分というものを、エルカには考えることができなかった。



 エルカにとってナイトは当たり前にそこにいた兄だった。


 それは微かな奇跡が生んだ出会い。

 ふいに、ナイトの手がエルカの手を掴む。

 ずっと、そうだった。

 ソルが来る前もずっと、いつもこの手を握ってくれたのは……この人だった。

 怖いことがあっても安心で出来た温もりを与えてくれる。

ナイト

変わらないなぁ

エルカ

え?

ナイト

俺が握ると、お前って力一杯に握り返すだろ

エルカ

あー……

 離すまいと無意識に力が込められてしまう。

 この人に見捨てられたくないと思っていた。

 少しだけ気恥ずかしさが込み上がって視線を反らす。



 どうやら、ナイトは握った手を離してはくれないようだ。手は握られたままで彼は話を続ける。

ナイト

こういうことするから、俺はお前の兄をやめられないんだ

エルカ

私ね……貴方に見捨てられたくなかった。貴方が私を妹として見てくれなくなったら

エルカ

……きっと捨てられる。だからどうすることが、妹らしいのかなって考えてた

ナイト

俺がお前を見捨てるわけないだろ?

エルカ

お爺様から血の繋がらない兄妹だって教えて貰ってから……考えたんだよ。私は貴方たちを兄として見ているけど、貴方はどうなんだろう?って

 そう言って見上げるエルカは不安そうな表情を浮かべた。


 その表情にナイトは苦笑する。

ナイト

そういう捨てられた仔犬みたいな表情、浮かべるなよな。嫌々兄になったわけじゃないんだよ。

ナイト

今でもお前が甘えてくれるのは凄く嬉しい。もっと甘えてくれて良いんだぞ

 彼の手が頭にのせられると、たまらなく安心してしまう。



 でも……

エルカ

こ、子供扱いはしないでよ。い、今のは子供の頃の話だよ

 頬を赤らめて払おうとした手をナイトは握る。


 そして、慈しむように妹を見つめた。

ナイト

何言っているんだ。俺から見れば、お前はまだまだ子供だよ

エルカ

………

 エルカは自覚していた。

 彼を前にすると、どうしても子供になってしまう。仕方ない。

 この男の人はエルカの為に用意された兄だったのだから。

ナイト

だから、過保護になりすぎるんだよな……俺って………

エルカ

兄さんは、過保護すぎるって自覚あるの?

ナイト

お前が嫌そうな顔をするし、爺様やソルも呆れたような顔するからな

エルカ

自覚しているなら、少しは抑えて欲しいよ

ナイト

それは無理だな……これからも俺はお前の兄貴だから。俺さ、お前の兄貴じゃないと……この先、生きられなくなったみたいでさ

ナイト

……爺さんに誓ったからかもしれない。俺の命はお前のもの……お前の存在が俺の生きる理由なんだよ。爺さんから名前を貰った時から、そうだった

エルカ

な、何それ……………そんなの、重すぎるよ

ナイト

ああ、わざと重くしている

 そういうところは、意地悪だとエルカは感じていた。

 ムッとして睨みつけると、飄々とした笑みを返された。 

第3幕-05 過保護兄の想い

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