八年前――
八年前――
どうしよう…
とつぜん、とうぞくがおそってきて…
お父さんも、お母さんも、ころされちゃった…
アイラはにもつの中にかくれたけど、はこばれてる間は、にげられない。
このままアジトにつれて行かれたら、きっとそこで見つかって…
いやだよぉ…
だれか…たすけて…!
そこの隊商、止まれ。
ザッ…
おや、何の用ですかな、お役人さん…
…ではないな?〈サジャーニ〉の制服を着ていない。
一体、どこのどなたですかな。
〈砂漠の戦士団〉団長ヤティム。
同じく、副団長ラキヤだ。
ああ…最近こうるさいあの集団か。
ヒーローごっこのガキどもが、吾輩に何の用ですかな?
ここから西に少し離れたところで、男女十数人の遺体を見つけた。
事情を何か知らないか。
知りませんねぇ。
なにせ吾輩どもは、西ではなく北から来たもので…
ダメだってェ、ラキヤ。
「知らないか」なァんて親切な聞き方したら、「知らない」って答えるに決まってんじゃん?
お前さんらに言いたいことは二つだ。
一つ、俺たちはとある盗賊団の討伐依頼を受けてここにいる。
二つ、俺たちは、手配書で見てお前さんの顔を知っている。
――なァ、〈黒豹団〉の団長さんよォ?
ちっ…!
知っているならさっさとそう言え!
おいっ、お前たち!
このコバエどもを片付けろ!
「お前たち、このコバエどもを片付けろ」…か。
古風なのがお好みかァ?
気が合うなァ。俺もさァ、
ヒーローが悪人をやっつけるっていう、典型的なのが、大好物なんだよねェ!
さばくの…せんし?
いい人たち、なのかなあ。
たすけてくれるかもしれない。
たすけて…アイラ、ここにいるの。
たすけて――!!
圧巻だなあ。
ラクダから下りもせずに、ギュンツが言った。
盗賊たちが攻めてきたあの戦いからは、三日が経っている。
ここは、砂漠の真ん中。周りには、私が今しがた切り捨てた、新手の盗賊たちの死体が転がっている。
私は剣の血をぬぐい、それを鞘に納めた。
また、傀儡の術の盗賊たちだね。
うじゃうじゃと…
こんなところで待ち伏せてるなんて。
突然わき出してきて、びっくりしたよ。
びっくり?
その割には、あっさり返り討ちにしちまうのな。
そりゃあ、前と同じに馬鹿みたいに、数に任せて攻めてきただけだし。
その人数さえ、前のときより少なかった…これって…
いや、アイラをなめてるわけじゃないと思うぜ?
まだ口に出してないんだけど?
口に出なくても顔に出てた。
あちらさんも、馬鹿の一つ覚えってわけじゃない。
色々考えてはいるみたいだぜ?
例えば、戦場に選んだ場所だ。
場所?
って、砂漠の真ん中だってこと?
三日前の戦いでアイラは、投石や狭い階段を使って、城でだからこそできる戦い方をしただろ。
そりゃ、地形を活かすのは戦いの基本…
あっ。
だから今度は、使えるものが何もない場所で襲ってきたのか。
そういうこと。
それに、人数が少なくなっていた分、一人一人のガタイがでかくなってたぜ。
わざわざ体つきのいいやつを選んで術を掛けたんだろう。
…まあ、意味なかったけどな。
そりゃそうだよ。
私にとっては、体格差なんて今更問題じゃない。
体が小さくて細い方が不利だって、みんな考えるみたいだけどね!
そんなふうに腹を立てずに済む方法、教えてやろうか?
何それ?
簡単だよ。戦士なんかやめて、盗賊になりゃあいいんだ。
はあ!?
何、冗談言ってるの、ギュンツ?
冗談じゃねえよ。
なめられたくないなら、盗賊になればいい。本気で思ってるぜ?
相手をぶん殴って黙らせたら「ダメ」な場所にいるから、どちらが強いか、いつまで経っても、誰にもわかりゃしないんだ。
盗賊は楽だぜ。誰にも「認めてもらう」必要がない。殺して奪えばそれが資格になる、純粋に実力だけの世界だからな。
アイラの腕なら十分に――
それ以上言ったら侮辱と受け取るよ。
私が盗賊に?
想像の話だとしたって、腹立たしい。馬鹿にしないでよ。
……ふうん?
盗賊に親でも殺された口ぶりだな。
……ッ
まさにそうだよ。
私の両親は、隊商をひきいる旅人だったんだ。
でも、私が八歳のときに、盗賊に襲われて…
私は荷物に隠れて助かったんだけど、逃げられなくて…
そこを助けてくれたのが――
〈砂漠の戦士団〉?
そう。団長のヤティムさんと、副団長のラキヤさん。
私は〈戦士団〉に引き取られて、二人に育ててもらったの。
戦い方は、二人に教わった。
それから、砂漠の戦士としての誇りもね。
私は、その誇りを裏切るような真似は絶対にしない!
だから、盗賊なんかにならないよ。
ご立派なことで…
好きに生きた方が、楽だと思うけどね。
もうっ。
ギュンツはひねくれてるなあ。
強さは、それ自体は価値じゃない。
それを何に使うか、だって、ラキヤさんも言ってたよ。
オレ、ラキヤさん知らねえし。
先に進もうぜ。
こんなところでグダグダしてたら、日が暮れちまう。
そうだね。
っと、その前に…
ギュンツ、盗賊たちが使っていたラクダが、どこにいるかわかる?
ああ? そこにいるだろ。
ほら、盗賊たちが隠れてた岩の陰だ。
ああ、いたいた。
やっぱり、逃げないようにしばってある。放してあげなくちゃ。
エサをくれる人がもういないのに、逃げられもしないんじゃ、飢え死にしちゃうからね。
よいしょ…っと、これでよし。
ウヴァ~
ふふ、いい子だ。手綱も取ってあげるね。
お前は自由だよ、どこへでもお行き。
他の子のも、外してあげよう。全部で何頭いるかな。
二頭、三頭、四頭…
おっとー
その子の手綱は、外さないでもらえるかな?
え?
だ、誰…?
突然。
上方から、声が降ってきた。
驚かせちゃったかな?
ゴメンゴメン~!
見上げると、岩の上に、一人の少女が座っていた。
少女は岩から飛び下りると、私たちに笑いかけた。
あたしはジャマシュ。
一介の、酒売りさ。
えっと…ジャマシュ?
どうして一介の酒売りが、たった一人で砂漠の真ん中に?
ラクダにも乗らないで…
ラクダならいるよ~。
いま君が手を掛けてる、その子!
え?
でもこれは、盗賊の…
もしかして、元の持ち主?
盗賊にラクダを奪われたってこと!? よく無事で…
あたしがいることには、連中、気づかなかったみたいだからね。
ラクダを外につないで、洞窟の中で、体を拭いてるときだったんだ~。
でも、こんなことになるなら、ラクダも中に連れ込んでいれば良かったな。
荷物も商品も奪われちゃうし~。
二人旅だったんだけど、連れもそのとき殺されちゃってね…
そう、お連れの方が…
そのままにするのもシャクだったんで、何ができるってわけでもないけど、徒歩でトホトホつけてきてたの。
でも、正解だったよ! 君たちみたいなヒーローがいるなんてね!
あたし、スカッとしちゃったよ~。
ひ、ヒーローだなんてそんな…
ラクダが戻ってよかった。
人の足でこの砂漠を超えるのは、大変だからね。
そうそう!
ホント、助かったよ~。
ところで!
二人は、今どこへ向かっているところなの~?
今目指しているのは、オターレド城だよ。明日には着く。
そしたら、きびすを返して、クジの町に寄るつもりだけど。
早く全部の城を巡りたいのにな。
いろ~んなトラブルのせいで、水が尽きそうなんだよ。
多めに持って出たのにね。
クジの町か。いいね~。
あそこは酒場が多いから~。
町に着くまで、ついて行ってい~い?
もちろんオターレド城が先でいいからさ~!
一人は寂しいから、連れが欲しいんだよね~。
そ、そうだよね。不安だもんね…
盗賊に襲われて、独りぼっちになっちゃったって…私と、同じだ。
うん、いいよ。クジの町まで一緒に行こう。
私が守ってあげる!
おい、アイラ。
安易に何でもかんでも引き受けんな。
この旅の旅主はオレなんだから、許可出す前にオレに聞けよ。
あっ、そうだった。
旅に大きく関わることだもんね。
それに…不本意ながらこの旅は、刺客呼び寄せツアーになってる。
ジャマシュ、だっけか。
オレたちと来るより、一人でクジに向かった方が安全かもしんねえぞ。
はは~。
それはまた物騒だねえ。何やらかしたのさ、少年?
ま、ワケアリは承知の上だよ。
ここに隠れて、見てたんだからね~。
おかしな様子だったよね、盗賊たち。
それをわかった上で?
わかってよーがわかってなかろーが、君たちに頼るしかない状況でね…
実は、一人旅ってしたことがないんだ。あたしレベルでは、一人でクジに向かうことはできないよ。
装備にも少し不安があってね…
あ、食べ物ねだろうってんじゃないから、安心して!
荷物も取り戻せたし、自分の食べる分くらい用意できるよ。
ほら、商品のお酒もあるんだ。
アイラ、一杯いかが?
わ、私?
お酒はやめとくよ、飲んだことないんだ。
ギュンツ、どう?
船ではよく飲んでたって、言ってたよね。
ん? まあな。
船じゃあ、ラム酒ばっかだったけど…
ええ~?
少年はダメだよ~。
は?
だって、まだ子どもじゃなぁい?
あ?
お?
誰が子どもだコラ。
やんのか?
うふ。
そうやって熱くなっちゃうところがコドモだって言ってんのよ。
ちょっと、二人とも…?
なんで初対面でこんなにギスギスできるのさ。
前世でケンカ別れでもした仲なの?
そんな風ににらみ合ってちゃ、まとまる話もまとまらないよ。
ほら、握手握手っ。
うわっ?
ちょ、おい。
腕を引っ張るなって…
…………?
んん…?
少年、握手長くなぁい?
人の手をにぎにぎしないでほしいんだけど。
何かおかしなことでも?
おかしなことっつーか…
若い女だなって。
コークスクリュー・ブロー!!!
ぐえっ
ギュンツの身体が吹っ飛んだ。
ジャマシュが、ひねりを効かせた左手の打撃をギュンツの喉に食らわせたのだ。
ギュンツはしばらく宙を飛び、肩から砂にめり込んで止まった。
ッに、しやが…ッ
…ゲホ…ッッ
いや~ゴメンゴメン。
ついつい思わず必殺技を繰り出しちゃったよ~。
少年。そういう発言は、あと十年くらい年を取ってからにしよ~ね。
ねえジャマシュ。
君、もしかして自力で盗賊倒せたんじゃない?
……ふ。
やってくれんじゃねえか。
こっちはこっちで、火がついちゃってるし…
酒好きそ~なお前にプレゼントだ。
下戸になるクスリと、酒に酔えなくなるクスリ、どちらがお好みだ?
そういう陰険なのはやめときなさい。
怪しげな道具をさっさと仕舞って。
こんなところで薬作りなんか始めらんないでしょーが。
アイラ!
やっぱこいつ連れて行けねーよ!
岩にしばって置いてこーぜ!
はは~。
やってみなよ~。
縄抜けくらい出来るんだからね~。
君たち、前世で殺し合いでもしてた仲でしょ…
仲良くしてくれないかなあ…
結局。
私とギュンツが先を行き、ジャマシュが勝手について来るという形になった。
うわ、ついて来てる。
オレが気に入らないってんなら、さっさとヨソ行きゃいいのによ。
仕方ないよ。
初めての一人旅が、そんな突発的なものだっていうんじゃね…
と・い・う・か!
なに、ボーっと見守ってんだよ、用心棒!
首、もげるかと思ったぞ!?
うっ、それは…
ごめん、そうだよね…
さっきのジャマシュの打撃技…
依頼人に、攻撃を食らわせちゃうなんて。油断してたつもりはないんだけど…
ジャマシュに殺気を感じなかったんだ。
だいたいよぉ。
ジャマシュは、なんで怒ったんだ?
オレ、怒られるようなこと言った?
う~ん…デリカシーの問題かなあ。
「若い女」呼ばわりなんて、変な目で見てるって思われても仕方ないよ。
技を食らわせるのはやりすぎにしてもさ。
別に、ヘンな意味で言ったんじゃねえよ。
爺さんの手じゃないなって思っただけだ。
爺さんって…
まさか、フラマンさん?
ジャマシュを、フラマンさんの変装だと疑ってたってこと?
ああ。でも、若い女の手だった。
幻術じゃ見た目はごまかせても、触感までは作れないから…
ウッソだあ!
何が嘘だよ?
そんなこと疑うなんて…
だって、フラマンさんって、ヒゲのおじいさんなんでしょう?
性別も年齢も違うじゃない。
フラマン爺さんは幻術使いだ。
幻術ったって、できることとできないことがあるでしょう。
そう思うか?
ギュンツは馬鹿にするように笑うと、左手の手袋を外した。
現れたのは、
指輪…?
この指輪を、よぉく見てろ。
見る…?
ただの、きれいな赤い石の指輪じゃない。
なんだろ、この石。ルビーじゃないよね。
もっと、静脈血に近い赤だ。
ねえギュンツ、この宝石が、どうか…
…したの…
うん?
…ウソだ。
どうした?
オレが、誰に見える?
ヤティムさん…
どうして? 夢を見てるのかな。
おかしい…ありえないよ…
だってヤティムさんは――
というか、ギュンツはどこに行ったの?
ははっ。なぁに目ぇ回してんだよ。
オレがギュンツだよ。目の前から動いてねえだろうが。
ほらよ。
な、戻っただろ?
オレの言うこと、信じたか?
う、うん、まあね。
すごいなあ、幻術…
ところで、こいつは「今いちばん会いたい大切な人」が見える術だったんだが。
ヤティムさんねえ…
ヤティムさんとやらのこと、大好きなんだな。
んなっ!?
そ、そりゃ、好きだよっ。
命の恩人で、育ての親としてね!
へえ~~~
からかわないでよ…
腹の立つ笑顔だな。
それで、疑いは晴れたんだよね?
ジャマシュはフラマンさんとは無関係。
そういうことでしょ。
ま、あの姿は本物だな。
殴り飛ばすなんて大きな動きをしても、姿がぶれなかった。
わっかんねえな…
どうして爺さんは、何もしかけてこない?
何もってことはないでしょ?
盗賊を刺客によこしたり…
ああ。だが、それだけだ。
術書には、他にも山ほど術が載ってるんだぜ。
白昼夢を見せる法、催眠術で同士討ちさせる法、簡単には覚めない眠りにつかせる法…
精神に干渉する、ありとあらゆる術が。
つまんねえなあ…
オレとしては、もっと色々な術を使って見せてほしいんだが…
迷惑な要望を出さないでくれるかな…
あれっ、ごめんね?
迷惑だった?
わっ、ジャマシュ。
いつの間に…
もっとずっと後ろを歩いていたはずじゃ?
うん?
普通に近づいてきて、ラクダを並べただけだよ。
気づかなかった…
ジャマシュは、人より気配が薄いのかな?
ふふふ~
そうかもね。
…………
それで、ジャマシュ、何の用?
だからさ、そろそろ、野営の準備をした方がいいと思って。
装備に不安があるって言ったのは、燃料のことでね。
火を使うなら、一緒に使わせてほしいんだ~。
もちろんいいよ。
ねえギュンツ?
火を使うってことは、メシも一緒に食うつもりか?
勝手にすりゃいいが、オレは、嫌いなやつの顔を眺めて飯をマズくする習慣はないんでな。
離れたところで食べさせてもらうぜ。
またそんなこと言って…
私の目の届く場所なら構わないけどさ。
スネ方が子どものソレだよね~。
スネてねえし、子どもでもねえし。
とにかく、離れて一人で食うよ。
…気になることもあるんでな。
ギュンツはそう言うと、ラクダから飛び下りた。
ここらでいいだろ。
火を起こそう。
あっ、おいしい。
これ、おいしいよ。トッカの町で買ったリンゴなんだけどね~。
アイラ、半分食べてみない?
ギュンツ、本当に離れて行っちゃった。
まああの位置なら、見晴らしもいいし、何かあったら助けに行けるか…
…マジメだね~。
食事のときくらい、あんな子のこと、忘れたらどーお?
そうは行かないよ。
私は用心棒だからね。
用心棒か。タイヘンだね~。
もう、そんなの、やめちゃえば?
え?
どうせ、高い報酬もらってるわけでもないんでしょ?
そうだとしたって、あたしなら、あんな依頼人とっくに見捨ててるよ!
そんなこと、しないよ。
どうして~?
砂漠の戦士は、一度受けた依頼を投げ出したりしない。
依頼人は守り通す!
誇りのため?
誇りのため!
ふふっ。
でも、それってさあ…
思考停止じゃない?
え…?
ふっと、影が差した。
私の心にも、砂漠にも。
ああ、日が沈みかけてるね。
食事の前に、天幕を張っておいてよかったね~。
そ…
そう、だね…
私たちはそれ以上の会話をせず、火を消して、それぞれの天幕に入った。
私は、ギュンツの静かな寝息を聞きながら、まんじりともせず朝を迎えた。
つづく
イラストお借りしました!
asymmetry様「黒(単色)」
NOW太郎様「【背景】静寂」
平 妃奈様「砂漠」
シン・アスカセラ様「青白い光の玉」「二つ割のリンゴ」
ヤマネ様「砂漠」
qut様「ウヴァル」
ありがとうございました!