がちゃっ
…おや、こんな時間に珍しい。
お客人のようじゃのう。
砂漠の夜は冷えるじゃろう。
中へ入ってはいかがかね?
がちゃっ
…ぎぃぃ…
オレがいること、よくわかったね。
ジンがささやいたのじゃ。
して、何のご用かね?
面白い術を使う術士がいると聞いて。
あんたがフラマン?
いかにも。
わしこそ、ジンの声を聞き、汝が過去と未来を視る、術士フラマンじゃ。
寒かろう、お客人、まずは茶を一杯やるといい。
…旨いな。何の茶だ?
我が力の断片を込めた、まじないの茶じゃ。
さあ、気持ちを楽にして…
琥珀の粉末、それにケシの汁か。
睡眠薬としては一般的だな。
な…っ!
ご名答、か?
ふふ、術士だなんて言って、やっぱり『クスリ使い』だったな。
客に麻薬性の茶を飲ませ、朦朧とさせて悩みを聞き出す。それを正気に戻してから、さも占ったかのように語る。
よくある千里眼のトリックだ。
おぬし、何者じゃ。
さては警察〈サジャーニ〉の手の者か!?
さてどうでしょう。
オレのことより、自分の心配をすべきじゃねえの。
じゃーん。これな~んだ。
な、なんじゃ、その針は…?
待て、早まるな。そんな物騒な物を取り出すでない!
たしかに! たしかにわしは客に薬を盛り、それを我が力と偽ってきた。
じゃが、我が暗示と助言があってこそ、救われた者も大勢おる。
正義と慈悲のある者ならば、わしを断罪しようなどとすまいよ。
正義? 慈悲? わかってねえな。
初めに言ったはずだぜ。
「面白い術を使う術士がいると聞いて」来たって。
オレは、自分の知らないモノを知りたいだけだ。
丁寧に聞き出すヒマもないから、乱暴な手を使わせてもらうが。
く、来るな! よせ!!
えい。
ぷすっ
ぐあっ!
ぐ、うう…
おうおう、やっと静かになったな。
夜中に騒いだらご近所迷惑だろーが。
自白剤が効いてるといいけど。
術士フラマン、聞こえてたら答えろ――
術書はどこに隠してある。
…ということがあってだな。
そのとき盗んだ巻物がこちらになります。
返してきなさい。
ただこれ、ファルナ語で書かれてんだよな。
読めるっちゃ読めるけど、時間かかるし面倒…
セレナ語に直しといてくれたらよかったのに、気がきかねえな。
私、向こうの味方につこうかな。
依頼人が想像以上に下衆だった。
おぉっといいのか、アイラ?
いま向こうに行ったりしたら、廃人の仲間入りだぜ?
廃人…?
なんのこと、ギュンツ?
よく見てみろよ、盗賊どもの顔。
…様子が変だね。
生気がない。まるで、死体が動いているみたい。
フラマンのやつ、よっぽど友達少ないんだろうぜ。
そこらの盗賊を、傀儡の術で操ってよこしやがった。
人を、操る?
できるの、そんなこと?
幻術や催眠術がヤツのお得意なのさ。
必要なのは、秘伝のクスリと暗示の言葉。
この場合、普段から戦いに身を置いてるやつならなお掛かりやすい。戦意に身をゆだねる癖がついてるからな。
盗賊なんてうってつけだ。
薬…ぎこちない動きはそのせいか。
一人一人は脅威じゃなさそうだね。
それにしても、三十人は多い。
どう減らそう…
オレはセレナじゃ、海で暮らしてるんだ。船の上でさ。
たちの悪い船に襲われて、乗り移られそうになることもある。そういうときは、たいてい、乗り移ってくるやつらに片っぱしから砂を浴びせて撃退するんだ。
陸の城での戦い方は知らねえが…
お決まりのやり方ってのがあるんだろ?
そうか、屋上に攻撃用の石があるはず!
城に近づいたやつ目がけて落とすんだ。
ギュンツ、屋上に来て手伝って!
え、やだよ。
おい。
用心棒はアイラだろ。
オレは一介の依頼人。
そうだけどさ、石を上から落とすくらい、腕力もなにも必要ないよ?
下から来る盗賊に対して、高い所にいた方が安全だし…
戦いたいのはやまやまだけど、ちょっと忙しいって言うか~。
アイラが戦ってる間、クスリの調合したいな~って。
それ今じゃなきゃダメかなあ??
ほらほら、オレと喧嘩してる暇あんのか?
一日銅貨十五枚分、ちゃんと仕事はしてもらいたいね。
ああもう…マルジャーンさんのバカ!
なんでこんな面倒くさい依頼人、紹介したかなあ…
ドゴッ ドゴッ!
ぐぎゃっ
よしっ
城が見捨てられる前からここにあった石だから、風化してないか心配だったけど…威力は十分だ。
少なくとも、脅しにはなったよね。
――おい! 盗賊たち、聞こえているか!?
城壁を登ろうとするやつら、裏門に回ろうとするやつら…。石を食らいたくなかったら、表門から堂々と入ってこい。
でなきゃ、つぶれた毛虫にしてやるぞ!
ぐが…
盗賊たちの動きが変わった。
こちらの警告は伝わったみたい。
これでよし…
複数個所から入ってこられたら防ぎようがないからね。
こうしちゃいられない、私も、迎え撃ちに行かなきゃ。
門はボロボロだから、すぐに破られちゃう。
表門から入ってギュンツのいる部屋へ行くには、この階段を通るしかない。
下りたところで待ち伏せすれば、敵を取りこぼすことはないはず。
この階段のせまさなら、戦っている横をすり抜けていくこともできないよね。
それに、灯りがないから、この暗さだ。
砂漠の明るさに目が慣れているやつらより、城内に入ってしばらく経つ私の方が、視えるってこと…
これだけ有利な条件がそろってるんだ。
大丈夫、勝てる。
ギュンツがいるのは二階。
二階に辿り着く前に、ここで全員、
――斬り伏せる!
スラァッ
階段を下り切るまであと数段の所で立ち止まり、私は剣を抜いた。
切っ先を、表門から侵入してくる盗賊たちに向けて。
ウガァアア…
さあ…
数珠球になりたいやつから、掛かってきなよ。
キンッ
ガッ シュラアッ
攻撃をいなしつつ走らせた刃が相手の肩を切り裂き、血しぶきが石壁を染めた。
フウッ 二十九人目!
ただ飛びかかってくるだけだ。
狭い階段じゃ、数の利も活かせない。
この調子で、全員っ!
私は盗賊たちの死体をまたぎ超え、生き残っているやつらを元来た門の方へ追いやっていった。
しかしそのとき、
ガタッ
グワアアアッ
うっ
ガキンッ
ぐ…っ、二十七人目、生きてたのか!
元から死んだような顔してるから、倒したかどうかわかりづらい!
かろうじてつばで受けたけど…力が強いな。
押さえ込まれる形になると不利だ。
つばぜり合いから、抜け出せない…
待てよ、こいつが生きていたってことは、他にも――
どうにか体の向きを変え、背中にしていた盗賊の死体たちを振り返る。
その中の一体が、ゆらりと、立ち上がった。
グルゥウ…
しまった…っ
待て! そっちへ行くな!
立ち上がった盗賊は、私に目もくれずに、階段を駆け上がっていく。殺す相手がどこにいるか、よくわかっている、というように。
やばい…っ
でやっ!
グエッ
私はのしかかってくる二十七人目に蹴りを入れ、抜け出すと、逃げた盗賊を追った。
しかし、
ギュンツ! 隠れて!
すぐ助けに――
行く、から…?
階段の上に人影を見て、言葉を失った。
ギュン、ツ…
なんで部屋から出て来てんの。のんきに立ってる場合じゃないよ! 剣を持った盗賊が迫ってるっていうのに――
早く逃げて! 何してるのさ!
何って、「クスリを調合する」って言っといたろ。
時間稼ぎご苦労。
褒美にイイモノ見せてやるよ。
言うなりギュンツは手に持っていた短刀をくるりと回し、
盗賊ではなく、
自分の腕を切り裂いた。
な…っ! 君、何考えて――
いいから見てろよ。
盗賊を切り捨てつつ駆け寄った私に、ギュンツは平気そうに手を振って、自分の足元を指した。
何、この粘土…?
ご丁寧に、皿に乗せてあるけど。
そこにあったのは、皿に乗った粘土のかたまり。
鮮血が滴り、粘土を赤く濡らす。そして――
な、何!?
粘土が溶けて、変な色の煙が――
う…! 胃がムカつくにおいだ。
ギュンツ、これは…?
吸わない方がいいぜ。
マントで鼻と口、おおっとけ。
わ、わかった。
さぁさ、魔法が解けるぞ、よく見てろ。
ギュンツが、腕の傷に布を巻きながら得意げに言う。
それが早いか、
…ぐぅ…
まだモヤモヤとただよう煙の向こうから、うめき声。
う…?
おれは、一体…?
しまった、まだ生きていたなんて!
背中を袈裟斬りにしたのに、斬りこみが浅かったか――
って、あれ?
正気に戻って、る…?
正気だぁ? 何の話だ。
だいたい、てめえら何者だ?
おれの仲間が――どうして死んでる! てめえがやったのか!?
って、うわっ何だ!
このチビ、何しやがる!?
来んな、ガキ――
よしよし、瞳孔に異常はなし。
舌も、そんなだけ回りゃ、問題なさそうだな。
基本的な術薬のレシピだけでも、読みこんどいてよかったぜ。
成分と効能がわかれば解毒薬作るのは難しくない。
ちゃ~んと、効いたみたいだな!
解毒薬? 作ったって?
何言ってるの、ギュンツ…
一人でクスクス笑っちゃってさ。
ねえ、君って、一体何者…?
オレか? オレはクスリ使い。
毒薬、爆薬、何でもござれ、卑怯上等のクスリ使いだ。
うわっ
よくもまあこの短時間で、足の踏み場もないほど散らかしたね。
さっきと同じ部屋とは思えないよ。
薬草に、蛇の頭、色んな色の石。
これ全部、君の鞄に入ってたの?
だいたいは、セレナから持ち込んだものだよ。
ファルナではまだ買い物してないんだ。
その茶色いビンはしびれ薬。
解毒薬に、ついでに混ぜた。
…動けないだろ?
ぐ…っ
貴様ら…
おれたちをどうするつもりだ!
それはこっちの台詞だね。
なんでオレたちを襲った?
オレたちがここにいると、誰に聞いた?
知るかっ。
おれたちはいつもどおり、アジトで酒を飲んでたんだ!
いつの間にかこんなとこにいて、いつの間にかぶっ倒れてたんだ。
お前らこそなんなんだ!
操られてた自覚はなし、か。
お前ら最近、知らないやつに酒をおごられなかったか?
酒でも飯でも、とにかく口に入れるものだ。
そういえば…
少し前、クジの酒場でそんなことがあったな。
賭博で大勝ちしたとか言って、景気よく周りのやつらに酒をふるまってる客がいたんだよ。
たしか、若い女だったが…
若い、女?
どういうこと?
フラマンさんはお爺さんなんでしょ、ギュンツ。
幻術か、もしくは協力者がいるのか…
おい、どんな女だった?
わかんねえよ!
頭にモヤがかかったみてえに、細かいことが思い出せねえんだ。
無理に思い出そうとすると…
う、ううう…
うあああああっ
! 下がって、ギュンツ!
言われなくてもっ
逃げ足早いなおい!
おのれ…ギュンツ…小童め…!
なに? なになになに?
またおかしくなったの?
襲い掛かっては来ないみたいだけど…
暗示の…続きだ。
フラマンのやつ、二重の暗示をかけてたんだな。
接触者の姿を思い出そうとしたら、発動する術を。
このフラマンに対する無礼千万、さらに秘伝の巻物を盗みだすとは、おぬしの所業万死に値する…
汚れた盗人の血を巡らす、その心臓を喉から引きずり出し、砂塵にさらしてくれよう!
覚悟…しておれ…ウッ
バタ…ン
…倒れた…
いや、死んだ…?
自決した様子はない。
術の副作用か。
術が発動したら、死ぬようにしておいたのかもな。
口封じのために。
…面白くなってきた。
面白い? これが?
ギュンツ、殺されかけたんだよ?
それに盗賊とは言え…無関係なやつらが死んでるのに!
オレだって、クスリのレシピを持ち逃げされたら同じことをやるさ。
なっ…
何人死のうが、手段は選んでられない。
ゆずれないものの一つや二つ、あるだろ、誰だって。
ゆずれない、もの…
術を奪われて平然としてる老いぼれに用はないが、本気で殺しに来たことで、あいつが同志だとはっきり分かった。
いや~フラマン爺さんのこと、好きになってきちゃったぜ。
フラマンさんの方は君のこと大嫌いだと思うけどね…
嫌われるほど、好きになっちゃうタチなんだよな。
なんて迷惑な性質…
ところでさ、アイラはこれからどうする?
え?
フラマン爺さんとの因縁のことは、雇用契約のときに言ってなかったからな。
聞かれなかったし。
依頼人に隠し事をされてた場合、依頼を下りる権利くらいあんじゃねえの。
む…ギュンツの方からそれを言いだすとはね。
そりゃ、契約を結ぶ段階で言っておいてほしかった…
っていうか、そもそも盗人の依頼なんか受けたくなかったけどさ?
一度受けた依頼は下りないよ。
それが砂漠の戦士の誇りだ。
へいへい。
面倒なもん背負ってるね。
それが私の「ゆずれないもの」なの!
それより依頼を続行するからには、ギュンツの協力も必要だよ。
協力?
フラマンさんはギュンツと同じ『クスリ使い』ってやつなんでしょ。
人を操ったり、遠くから術で人を殺したり…正直言うと、私はそんなことできる人間がいるなんて知りもしなかった。
無知は戦いで厄介な枷になる。
私に知識が足りない分、助けてほしいの。十分な働きができるようにね。
なるほどな。
いいぜ、オレならクスリ使いの戦い方をよく知ってるし、爺さんの術書も手元にある。
盗んだやつね…
戦いのアドバイスは任せとけ。
さっそく教えることそのイチな。
クスリ使いは金がかかるんだ。ほとんどのクスリは消耗品だし、珍しい材料も使うから。
と、いうわけでぇ…
あっこらギュンツ!
何やってんの!
おーこいつ、いい宝石持ってんな。盗品か?
こいつなんか金貨をジャラジャラ持ってるぜ。財布ごともらうか…
死体あさりみたいな真似はやめなさい!
みたいな真似というか、死体あさりなんだが。
死人にゃ用のないモノだろ。
こんなところに置いてったって、誰にも使われず朽ちるだけ。
有効活用してやろうって…
てい!
ドゴッ
のぉっ!?
いってえな!
頭を殴るな何しやがる!
用心棒が雇い主に手を上げるとか、前代未聞だぞ!?
その宝石類はこの城に置いて行くよ。
銅貨一枚たりとも盗ませないから。
んなっ
ここに盗賊が現れたことは近隣の町長に報告する。
すぐに部隊が派遣されて、盗品も回収されるよ。
元の持ち主がわかれば返されるし、わからなければ町の財産になる。
有効活用なんて、してくれなくて結構!
ほら、ポケットに入れたものをさっさと出して!
んだよ…頭固いやつだなあ。
マルジャーンのド阿呆。
こんな面倒くさい案内人、あてがいやがって。
言っとくけど。ネコババが警察〈サジャーニ〉にバレたら、盗賊の仲間と見なされて処刑だからね?
面倒事にならないよう、言ってるんだから。私を雇うからには言うこと聞いて。
へいへい。ったく…
それにしても…
「おのれギュンツ、小童め」、か。
フラマン爺さん、どこでオレの名前を知ったんだ…?
ジャラジャラジャラジャラ!
ギュンツのつぶやきは、宝石がポケットからこぼれ落ちる音にかき消された。
いや、こんなにたくさん…いつの間に盗み取ってたんだよ…
つづく