目の前の扉を軽く叩くと、数秒後にその扉は開かれた。

朱莉

はーい。……あ、優雨

優雨

遊びに来たよ。……夢は?

朱莉

飲み物買いに出たよ。もう、帰ってくるんじゃないかな?

 ノブを掴んで扉を開たままの朱莉と、そんな会話を交わす。



 ーー先程、一人廊下を歩いていると窓から見える綺麗な湖が目に止まった。
 その先には、富士山がハッキリとその姿を見せている。

 ……綺麗。
 視線を下に移すと、外にはベンチとテーブルが置かれている。
 夢達を誘って、一緒に見たいな。

 そう思った私は、外は寒いので三人分のホットココアを買ってから夢達の部屋へと来た。

 ……入れ違ったのかな?

朱莉

……あっ。夢帰ってきたよ

 そう言って扉から顔を覗かせる朱莉の視線を辿ると、私の来た方向とは逆の方から歩いてくる夢の姿があった。

 その隣には、隼人とかいう男。
 金髪でいかにも軽そうなこの男は、夢の事が好きなんだとすぐにわかった。
 隠す気などないのであろうその態度は、誰の目から見ても明らかだ。

 ただ、当の本人である夢はきっと気付いていない。

 隼人は私達の前まで夢を連れてくると、

夢ちゃん、またね

と言ってそのまま立ち去って行った。

 俯く夢の顔を覗き見ると、今にも泣き出しそうな顔をしている。

優雨

……今の男と、何かあった?

 そう聞けば、フルフルと頭を横に振る夢。

 私は夢の頭を優しく撫でると、話を聞く為に元々誘うつもりでいた外へと誘った。

 ーーーーー


 ーーーー

朱莉

わぁ~。富士山凄いハッキリ見えてるね。超凄い! ……写真撮っとこー

 外のベンチへ腰掛けた朱莉は、携帯を取り出すと湖の写真を撮り始める。

 その横で私は、夢の前へホットココアを置くと口を開いた。

優雨

はい。寒いから、これ飲んでね。……夢、何か悩み事があるなら教えて?

 ずっと悲しそうな顔のまま俯いている夢に優しく話しかけると、夢はゆっくりと小さな声で話し始めた。

 奏多にクラスの男子の連絡先を消された事。
 下駄箱にあった、ズタズタにされた上履き。
 その上に置かれた【許さない】と印刷された黒い紙。
 先程、奏多に手首を掴まれて壁に押し付けられた事。

 そしてーー奏多が怖いと、泣き出した夢。


 私と朱莉は、夢の口から聞かされる奏多の話しに驚いた。
 私の知っている奏多は、夢にとても優しい。

 それでも、つい最近学校の廊下であった出来事を思い出す。
 痛がる夢の腕を離そうともせず、ずっと隼人という男を睨みつける奏多。
 その表情は、普段の奏多からは想像もできない程に恐ろしかったのを覚えている。

 小さな肩を震わせて泣く夢を抱きしめると、

優雨

大丈夫……。大丈夫だからね、夢。……私がなんとかしてあげる

そう言って優しく夢の頭を撫でたーー。




 ーーーーーー


 ーーーーー


 オリエンテーション合宿が終わって昨日無事に帰って来た私は、今、自宅近くの公園へと来ている。

 合宿が終わった次の日は日曜日だったので、奏多と話すにはちょうど良かった。

奏多

優雨。話って何?

 目の前で優しく微笑む奏多。

 こうして見ると、夢から聞かされた話しがやはり信じがたく思えてくる。

優雨

夢から色々、話は聞いた。……夢、怖がってる。もう夢に酷い事はしないで


 私がキッと奏多を睨みつけると、奏多はそれまでの笑顔を崩すと突然無表情になった。

優雨

これ以上、夢に何かしたら許さないから!


 私が少し声を荒げると、奏多はクスリと笑って口を開いた。

奏多

……許さないって、何? 優雨にそんな事、言われたくないなぁ


 そう言った奏多は笑顔で私へと近付くと、目の前まで来てその身を屈め、私の耳元で囁いた。

優雨……。お前の気持ち、俺が気付いてないとでも思ってるの?

 ーーーーー


 ーーーーーー

pagetop