奏多

ーー夢!

 男に連れられて立ち去って行く夢の背中に向かって声を掛けると、ビクリと肩を揺らして立ち止まった夢がゆっくりと振り返った。
 その目には涙が溜まり、俺を見る瞳は酷く怯えている。

 そんな顔をさせたい訳じゃない。
 誰よりも可愛がり、甘えさせたい。
 そう思うのに、男と繋がれた手を見ると悔しさと怒りで目が鋭くなる。

行こう? 夢ちゃん

 男は優しくそう告げると、再び夢を前に向かせて立ち去って行く。



 こんなはずではなかったーー。


 昔からとても可愛かった夢は、当時からよくモテていた。
 高嶺の花すぎて声を掛ける者はほとんどいなかったが、それでも近付こうとする者も中にはいた。
 俺は常に夢の隣にいる事で、他の者を寄せ付けないよう徹底した。

 中学の頃まではそれで良かった。
 ただの幼馴染だと皆わかっていても、俺が隣にいるだけで充分な牽制《けんせい》になっていたのだ。

 夢の隣にいられるなら、俺もそれで良かった。
 夢の気持ちが未だに涼にある事がわかっていたから、俺も無理にこの関係を崩そうとはしてこなかった。

 ただ、隣にいる内にいつか気持ちが俺に向いてくれる事を願ってーー。


 それは、高校でも変わらないはずだった。

 朝は毎日夢と手を繋ぎながら登校し、帰りには教室まで迎えに行くと、周りに見せ付けるようにして夢の髪を優しく撫でる。
 夢に恋心を抱く男達は、ただ遠巻きにその光景を眺めているだけだった。

 ーーだけど、この男は違った。

【ただの幼馴染】という関係では、このまま夢を取られてしまう。そう、俺に思わせた。


 男と手を繋いだまま立ち去って行く夢の背中を見つめながら、握った掌を怒りで震わせる。

……許さない


 俺はそう、小さく呟いた。

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