奏多

夢。ほら、早く

……

奏多

どうしたの?

……

 目の前に差し出された掌を見つめ、どうしたものかと思案する。


 高校へ入学してから早いもので、もう二週間が過ぎた。
 思えば入学式の日から、奏多くんはこうして私と手を繋ぐ事を強要するようになった。

……奏多くん。手は、繋がなくても大丈夫だよ?

奏多

ダメだよ。夢は手を繋いでいないと、危ないんだから

 いつまで経っても、差し出した手を握ろうとしない私にしびれを切らしたのか、奏多くんは勝手に私の右手を握るとそのまま歩き始める。

っ……か、奏多くん

 繋がれた右手を解こうとするも、ニコリと微笑む奏多くんは離そうとしてくれない。
 諦めた私は、大人しく手を握られたまま登校することにする。

 はぁ……。奏多くん、どうしちゃったんだろう。
 最近、少し強引なところのある奏多くんに戸惑う。

 そのまま奏多くんと手を繋いで登校した私は、昇降口へ着くと自分の下駄箱を開けた。



 ……あぁ、ついに始まった。
 下駄箱を開けたまま、固まって動かない私に気付いた奏多くんは、

奏多

どうしたの?

と言って近づくと私の下駄箱を覗いた。

奏多

……あぁ、またか

……うん

 空っぽの下駄箱を見た奏多くんが、小さく呟く。

 奏多くんの言う"また"とはそのままの意味で、私は以前にも、同じような事をされた事があるのだ。

 それは、中学生の頃。たぶん奏多くんと私が、毎日一緒にいたから。
 奏多くんはカッコよくてモテるから……。こんな私が隣にいる事を許せない女の子達から、嫌がらせをされるのだ。

 それは三年間続いた。
 頻繁にあるわけではなかったが、それでもやっぱり、こんな事をされれば悲しくて辛い。

奏多

ちょっと待ってて

 そう言ってその場を離れた奏多くんは、少しするとスリッパを持って戻ってきた。
 私はスリッパを受け取ると、来賓《らいひん》用と書かれたそのスリッパを履いて、ペタペタと音を響かせながら歩き始める。

 恥ずかしい……。
 チラチラと向けられる周りからの視線に耐え切れず、顔を俯かせると足元を見つめる。

 高校でもこれが三年間続くのかと思うと悲しくて、私は隣にいる奏多くんに気付かれない様に静かに涙を流した。

 ーーーーーーー

 ーーーーー

ーーそれでは、男女四名ずつのグループを作って。まずはこの時間を使って、お互い交流を深めるように


 来週行われる二泊三日のオリエンテーション合宿の説明をした先生は、そう告げると席に座って本を読み始めた。

朱莉

夢~! もち、一緒だよねっ!


 私の席へ来ると、そう言ってウィンクする朱莉ちゃん。

うん! でも……あとの六人は、どうする?

朱莉

とりあえず、楓は決まりだね! あとは……ま、何とかなるっしょ!


 そう言って笑う朱莉ちゃんは

朱莉

おーい! 楓ぇー!

と楓くんを呼びつけると、その他メンバーもササッと集めてグループを組んでしまった。

 朱莉ちゃんの率先力には感服する。

朱莉

じゃあー。まずは、自己紹介ね! 私は橘朱莉。北中から来ました。よろしくね!

 元気よく、この場を仕切ってくれる朱莉ちゃん。

 昔からのパッチリとした大きな目は今でも健在で、少し派手目な今時の女の子になった。

同じく北中出身、麻生楓。みんなよろしくね

 昔は女の子みたいに可愛らしかった楓くんは、今では色気のある、中性的な高身長イケメンへと成長した。

 その後も次々と自己紹介をしていく中、情報量の多さに処理しきれなくなった私の頭はパニックに陥り、結局、誰一人として名前を覚えられなかった。

……夢ちゃんの番だよ?


 グルグルと一人で考えていた私は、楓くんから突然話しかけられてまたもパニックになる。

あっ……夢です。よろしくお願いします。……っ藍原の、北中です

 変な自己紹介をする私を見て、隣にいる楓くんがクスクスと笑う。

 元々人見知りな私は、普段から四人としかあまり会話をしない。
 四人だけでは不満って訳では勿論ないのだけれど、この機会に友達が増えたらいいな。と期待していた私は、
失敗しちゃった……。もう、無理だ。と早々に諦めた。

 ーーーーーーーーー

え?! ただの、幼馴染?!

う……うん

え?! だって、毎日手繋いで登下校してるよね?

……

 今、私の目の前で身を乗り出して話してるのは、由紀ちゃん。

 ショートカットのよく似合う、快活な女の子。
 自己紹介が失敗に終わって、友達作りを諦めていた私に、優しく話し掛けてくれたのだ。

 そして今のこの会話は、奏多くんとの関係について。
『夢ちゃんの彼氏、イケメンだね』と言われ、彼氏なんていないと答えると、色々と質問責めになってしまった。

付き合ってないのに、どうして毎日手繋いで登下校してるの?

 不思議そうに質問する由紀ちゃんを前に、私は回答に詰まると困惑した。

 どうしてなんだろう……? 私も、よくわからないのだ。

朱莉

奏多は昔から、夢に過保護なんだよ。妹的に思ってるんじゃない? ……ね?

 笑顔でフォローしてくれる朱莉ちゃん。

じゃあ、夢ちゃん本当にフリーって事……?

 少し見た目の軽そう? な感じの隼人くん。
 髪の毛は金髪に染まり、制服は……同じ制服を着ているとは思えないほどに着崩されている。

 それでも、顔立ちは整っているのでイケメンに分類されるのだろう。

じゃあ、俺狙っちゃおっかなー

なんて言ってる姿は……正直、苦手だと感じてしまう。

楓くんは彼女いるの? まぁ、これだけイケメンならいるかー

 そう言ってアハハと笑う由紀ちゃん。

俺は、彼女いた事ないよ?

 楓くんがそう言って小首を傾げてニッコリと笑えば、

うそぉーっ!?

と周りにいた女の子達が騒ぎ出す。

朱莉

あー。楓は彼女はいないけど、ヤるだけの女が沢山いるよ。……ね?


 そう言って楓くんの肩をポンッと叩く朱莉ちゃん。

全員

……あ~

って納得した様子の周りと、ポカンとなる私。

夢ちゃんの前で、そんな話しはしちゃダメだよ? 朱莉ちゃん

……何でもないから。気にしないでね? 夢ちゃん

と言って、ニコリと微笑む楓くん。

 その後も色々と話していると、だいぶグループの人達とも打ち解ける事ができた。




 ちょうどその頃終業のチャイムが鳴り、帰り支度をする為に皆それぞれの席へと戻って行く。

 私も自分の席で帰り支度をしていると、由紀ちゃんが目の前にやってきた。

夢ちゃん。せっかく同じグループになったことだし、連絡先交換しよ?

あっ……うん!

 私は由紀ちゃんの提案が嬉しくて、元気よく返事を返す。

やぁ~ん! ちょ~可愛いぃ~!


 いきなり抱きついてきた由紀ちゃんに驚いて、手にしていた携帯を落としそうになる。

……あっ! ごめんね

 ペロッと舌を出して謝る由紀ちゃん。

 二人で連絡先を交換していると、いつの間にか皆も集まってきて、気付けばグループ全員での交換となっていた。

 一気に友達が増えて、嬉しいなぁ……。
 携帯を見つめてそんな事を思うと、嬉しさから小さく微笑む。

ーー夢

 突然名前を呼ばれ、声のした方へと目を向けると、笑顔でこちらに近づいてくる奏多くんが見えた。

 そのまま私の目の前まで来た奏多くんは、机に置かれたままだった私の鞄を持つと、

奏多

……帰るよ、夢

と言って私の手を握る。

 表情こそ笑顔だが、握る力がいつもより強い。

あっ……うん。じゃあ……皆、また明日。バイバイ


 そう告げると、

全員

夢ちゃん、バイバイ

と皆が口々に返してくれる。

 教室を出てからの奏多くんは、握った手をグイグイと引っ張って無言で歩いて行く。

あの……っか、奏多くんっ

 名前を呼んでも振り返ってもくれず、もつれそうになる足を懸命に動かして着いて行く。


 その日の奏多くんはずっと無言で、私の家の前まで着くとやっとその口を開いた。

奏多

ーー夢。携帯出して

……え?

奏多

携帯。早く出して

 口調が少し強まり、怖くなった私はプルプルと震える手で携帯を取り出した。するとその瞬間、サッと携帯を取り上げた奏多くん。

 手際よく携帯を操作すると、何かし終えた奏多くんは私の掌へと携帯を返す。

奏多

夢は良い子だね


 笑顔でそう告げながら私の髪を撫でると、

奏多

それじゃ、また明日

と言って帰ってゆく奏多くん。

 その後ろ姿を少しの間見送った私は、自分の部屋へと着くと先程返された携帯の中身を確認してみた。

 すると、今日交換した男の子達の連絡先が全て消されている。

……どうして……っ

 携帯を持つ手が小刻みに震え出し、私はまるでその震えを抑えるかのように、唇をキュッと固く結んだ。









 ーーこの日、私は初めて奏多くんの事を怖いと感じた 。

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