わぁ……綺麗

 目の前に広がるその美しい光景に、ただただ驚いた。

 呆然と立ち尽くす私の目の前にあるのは、小さな川。
 小さいと言っても、立派な滝まである。何と言ってもこの景色。

 本当にここは、あの鬱蒼《うっそう》とした森の中なのだろうか?
 そう思ってしまうぐらい、全てがキラキラと輝いている。

 ……凄い。
 こんなに綺麗な所があるんだ……。

ーー夢!


 突然名前を呼ばれ、魂が抜けかかっていた事に気付いた私は、フルフルっと軽く頭を振ると声の主に視線を移した。

夢、おいで

 ニカッと笑って、私に向けて左手を差し出す涼くん。

 未だ左右共に繋がれたままだった手をスルリと抜けると、私は涼くんの元へ駆け寄り差し出された手を掴んだ。

……足元、気を付けて

うん

 少し山になっている地面を涼くんに引っ張ってもらいながら越えると、先程眺めていた川の目の前へと辿り着く。
 近くで見る川は本当に凄く綺麗で、何だか胸がドキドキする。

 気が付けば、いつの間にか皆も近くに集まっていて、

凄い、綺麗だね

と言って、暫く皆でその美しい光景をただ、眺めていた。

 ー ーーーーー

 ーーーーーーー

 ーーーパシャパシャッ
 ーーーパシャパシャッ


 ヒンヤリとして、凄く気持ちがいい。
 私は視線を下へと移すと、ユラユラと揺れる水面から見える自分の足を眺めた。
 水がとても綺麗だから本当に透明で、地上で見る自分の足となんら変わらなく見える。

 私達がテントを張っている近くの川は、水嵩《みずかさ》が高いからと禁止されていて入れないけど、ここの川は流れも穏やかでとても浅いので、こうして入ることができる。

 滝の近くは他とは違う水の色をしているから、やっぱり深いのだろう。
 滝の側に行かなければ入っても大丈夫だと、涼くんがさっき皆に説明していた。

 暫く足元を眺めていると、キラリと光るモノが見えた気がした。

 ……なんだろう?
 気になった私は、膝丈まであるワンピースを太もも部分で結ぶと、その場へしゃがみ込んだ。


 ーーーサラサラ


 軽く手で、かき分けて見る。


 ーーーサラサラ
 ーーーサラサラ


朱莉

夢ぇー! 何してるのー?

 少し離れた場所から、朱莉ちゃんがそう聞いてくる。


 ーーーサラサラ

……うーん



 ーーーサラサラサラサラ


 夢中になっている私は、朱莉ちゃんからの質問に「うーん」と唸るだけという、全く答えになっていない返事をする。

 一体、何だったんだろう……?
 確かにキラッと、光ったんだけどなぁ。ないなぁ……。

 中々見つからない "何か" を、夢中になって探す。
 まるで、宝探しをしている気分だ。


 ーーーサラサラサラサラ
 ーーーサラサラサラサラ



 夢中になって宝探しをしていると、突然出てきた足に驚く。

……夢。それは、俺の足だよ。何してるの?


 足を辿って見上げてみると、困ったように笑う涼くんがいた。

ちょっと、あっちに行こう?

 そう言って私を立たせると、太もも部分で縛っていたワンピースを元の丈にキッチリと戻した涼くん。
 そのまま私の右手を取ると、少し離れた岩場へと連れて行く。

夢、こっち

 岩場に座った涼くんは、自分のすぐ隣をペチペチと叩く。
 私は言われるがまま、素直に涼くんの隣に腰を下ろした。

……夢。さっき何してたの?

 いきなりの質問に、ドキリとする。

 んーどうしよう……。
 宝探しに夢中になっていたとは、なんだか言いにくい。

……何か落としたの?

 フルフルと首をふれば、じゃあ、何? って顔して見てくる涼くん。

……宝探し

……


 ボソッと小さな声で伝えてみるも、隣からのリアクションがない。
 チラリと隣の様子を伺い見ると、ニカッと笑った涼くんがいた。

そっか。あるといいね、宝

 そう言って、私の頭をポンポンと優しく撫でてくれる。

……じゃあ、俺からも夢に宝をあげる


 そう言って差し出された掌の上には、ピンクのキラキラした綺麗な貝殻が乗っていた。

可愛いっ! 綺麗だね ……。ありがとう、涼くん!

 お礼を伝えれば、

どういたしまして

と微笑む涼くん。

 貝殻を空にかざしてみると、より一層キラキラと輝いて見える。
 貝殻の先に見えた空は、少し赤くなっていて……。
 もうそろそろ、テントに帰らなければいけない時間なんだと、少し名残惜しく感じる。

ーー夢


 不意に涼くんから名前を呼ばれ、空へかざしていた貝殻から隣にいる涼くんへと視線を移す。

この場所、気に入った?

うん

またいつか、一緒に来たいね

うん、来たい

今日は時間なくて見れないけど、夜になったらここには沢山の蛍が集まるらしいよ。……凄く綺麗なんだって

……見てみたいなぁ

夢、夜にこの森入れるの?

……

今日、お家に帰りたいって泣いてたね

……気のせいだよ

 小さな声で反論してみせると、アハハと笑った涼くんは、

良く、頑張ったね

と言って優しくポンポンと頭を撫でてくれる。

 気付けばもう、すっかりと周りは夕焼け色へと染まっていて、私達の姿もオレンジ色へと染まってゆく。
 いつも見慣れている涼くんと違うせいなのか、オレンジ色に染まった涼くんは少し大人びて見えた。

夢……。今日は、泣かせてごめんね

……

もう、絶対に泣かせないから

……

 困ったような、照れているような……。いつも見る涼くんとは、少し違う微笑み。

 だけどその瞳がやけに真剣だから、私は涼くんを見つめたままーー
 ただ、黙って聞いている事しかできなくなっていた。

……夢。……俺、夢が好き

 オレンジ色に染まった涼くんが、私を見つめながら優しく微笑む。

……っ

……夢は?

……。っ……好き

……そっか

 小さく微笑んだ涼くんは、一度私から視線を外すと夕焼け色に染まった空を見上げた。

……

じゃあ……両思いだね

 夕焼け空を眺めていた涼くんは、その視線をゆっくりと私へ戻すと優しく微笑んだ。

 その綺麗に整った顔はオレンジ色に染まり、いつもと少しだけ違う表情はやけに大人びて見える。

 まるで時が止まったかの様にその場で固まってしまった私は、涼くんのその綺麗な瞳から目を反らす事ができずに……。

 ただ、静かに見つめ返すことしかできなかったーー。

 ーーーーーーー


『そろそろ戻らないとね』


 そう切り出した涼くんに連れられ、先程までいた皆のいる場所へと戻って行く。
 少し前を歩く涼くんの背中を見つめながら、名残惜しさを感じつつも黙ってその背について行く。

 目の前にいる涼くんから視線を先へと移してみると、つい先程まで川に入って遊んでいた皆が、それぞれに帰り仕度を始めている姿があった。

朱莉

あ、お帰りー! どこ行ってたのー?

 少しまだ距離のある場所から手を振る朱莉ちゃんの声で、私達に気付いた全員がこちらを見た。

 ほんの数秒で皆のいる場所まで着くと、

朱莉

二人で何してたの?

と私と涼くんを交互に見ては、不思議そうな顔をする朱莉ちゃん。

ん? ……内緒


 なんて涼くんが返事をするもんだから、

朱莉

あ~。怪しいぃ~! エッチな事、してたんだぁ~!?

なんて言いだす朱莉ちゃん。

 恥ずかしくなった私はその場を少し離れると、川の前に立って握りしめていた掌を広げた。

『俺、夢が好き』
『両思いだね』

 涼くんが言ってくれた言葉を思い出しながら、掌に乗ったピンクの貝殻を見つめる。

奏多

ーーそれ、涼に貰ったの?


 声のした方へと視線を向けると、奏多くんが私の掌を見つめていた。

……うん

奏多

そう、良かったね

 そう言って優しく微笑んだ奏多くんは、私の掌から目の前の空へと視線を移す。

 オレンジ色に染まる奏多くんの綺麗な横顔を見つめ、綺麗だなぁ……。
 と思わず見惚れてしまった私は、気持ちを切り替えると、奏多くんの視線を追うようにして目の前の空を眺めた。

 暫くそうして空を眺めていると、いつの間にか集まってきた皆が、横一列になって夕陽を眺め始める。

 キュッと突然握られた右手に驚き右側を見てみると、オレンジ色に染まった綺麗な横顔の涼くんがいた。

……綺麗だね

 空を見つめたまま、優しく微笑んだ涼くんが口を開く。
 それを追うようにして再び空へと視線を移した私は、

うん、綺麗だね

と答えると、握られたままだった右手をキュッと握り返した。

 目の前に広がる綺麗な夕陽を見ながら、今日あった出来事を色々と振り返る。

 とても楽しい一日だった。
 今日という日を、今この瞬間を、この六人で過ごせた事をーー凄く、凄く幸せに思う。

……帰りたくないなぁ


 ポツリ、小さな声で本音が溢れた。

またいつか、絶対に皆で来よう。……中学、高校、大学、大人になっても。こうしてまた、皆で一緒にここへ来よう

うん

奏多

うん

そうだね

優雨

うん

朱莉

うん、また来よう

 涼くんの発した言葉に、全員がそれぞれに答える。

 今日という日が、もうすぐ終わってしまうという寂しさを感じていた私は、涼くんの言った言葉で次に来る日を約束した気分になり、なんだか少しだけ寂しさが薄らいでゆく気がした。





 この時の私は、涼くんの言った言葉を信じて疑わなかった。

 また皆でここへ来れるんだってーーそう、信じていた。



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