隣にいる彩奈の腕を引っ張って、興奮気味にそう話す。

　目の前に広がるのは巨大な温水プール。

　奥にはウォータースライダーなんかもある。

　ーーそう、私は今スパに来ているのだ。

　勿論お兄ちゃんとひぃくんには内緒で。


　斗真くんに誘われた私は、彩奈を誘ってここへ来た。

　呼び声に振り返ると、着替えの終わった斗真くん達が遠くで手を振っている姿が見える。

　それに手を振り返す私と彩奈。

　近くにいる女の子達が、チラチラと斗真くん達を見ては頬を赤く染めている。

　確かにイケメンだもんね、と感心する。

　突然目の前にドアップの顔が現れ、驚いた私は後ろによろめいた。

　そんな私の腕をガシッと掴んだ目の前のお兄さんは、ニッコリと笑うと口を開いた。

　隣から聞こえた彩奈の言葉に驚いて、思わず彩奈を凝視する。

　そんな私をシレッと横目にした彩奈。

　中々鋭いお兄さん。

　掴まれた腕と彩奈を交互に見る。

　私がオロオロと困っていると、斗真くんが現れて私を掴んでいるお兄さんの手に触れた。

　斗真くんを見たお兄さんは、

と言って去って行く。

　腰を屈めて私を覗き込む斗真くんは、とても申し訳なさそうな顔をして謝った。

　そう言ってニッコリと笑うと、斗真くんは安心したように微笑む。

　私の水着姿を眺める斗真くんに何だか急に恥ずかしくなって、少しだけ顔を俯かせるとその視線から逃れた。

　チラリと視線を上げると、私と目の合った斗真くんがニコリと微笑む。

　私の手を取った斗真くんは、そう言うと流れるプールへと向かった。

　浮き輪に入ってプカプカと流れるのは何だかとっても気持ちがいい……。

　浮き輪に掴まって一緒に流れている斗真くんが、私を見つめて優しく微笑む。

　浮き輪に両腕を乗せ、小首を傾げてニコリと笑う斗真くん。

　普段私の周りには存在しない、この何とも癒される雰囲気。

　ひぃくんに振り回されてばかりいる私は、たぶん凄く疲れているのかもしれない。

　

　そう思いながら、ひぃくんの幻を眺める。

　幻を……まぼーー

私は思わず目を見開いた。

　女の人達に囲まれて逆ナンされているイケメン……。

　あれは、間違いなくひぃくんだ。

　私の異変に気付いた斗真くんが、心配そうな顔をして訊ねる。

　思わず笑顔が引きつってしまった。

　自分は簡単にひぃくんを見つけたくせに、どこからくる自信なのか……。

　私は見つかりっこない、大丈夫だと高を括った。

　そして浅はかだった私は、直ぐにひぃくんに見つかってしまうのだ。

　流れるプールから出た私は、飲み物を買おうと斗真くんと一緒に歩いていた。

　斗真くんが指差す方に見えたのは、女の人達に囲まれたイケメン。


　そう、あれは間違いなくひぃくん。

　見つかっては困る。

　そう思った私は、この場から離れようとクルリと背を向ける。

　斗真くんの言葉にギョッとした私は、思わず目を見開いて振り返った。


　周りにいる女の人達を振り払いながら、こちらに向かって歩いて来るひぃくん。

　その顔は、何だか焦っているように見える。

　私は思わず後ずさる。

　心配そうな顔をして、私とひぃくんを交互に見ている斗真くん。

　私の願いも虚しく、気付けば目の前に現れたひぃくん。

　私の肩をガッチリと掴むと、焦った顔のまま口を開いた。

　大きな声でそう言ったひぃくんに、周りがシーンと静まり返る。

　私に集まる好奇の視線。

　斗真くんの濡れた髪からは、ポタリと水滴が垂れてまるで汗の様に額に流れた。

焦った顔をして、大きな声でそう告げるひぃくん。

　目眩に足元がフラつく。

　自分の着ていたパーカーを私に着せると、フラつく私を支えたひぃくん。

　心配そうな顔をして

と聞いてくる。

　呆然とした顔で見つめると、私の視線に気付いたひぃくんが

と言って私を抱きしめる。


　ダラリと力の抜けた腕を垂らしたまま、黙ってひぃくんの腕の中に抱きしめられる私。

　放心状態の頭で、私はボンヤリとそう思っていたーー。

　私の背中にピタリとくっついているひぃくんが、嬉しそうな声でそう言った。



　あの後、ひぃくんに強引に連れられてやってきたのは流れるプール。

　また私はプールへ逆戻り。

『さっき遊んだから嫌』

　私がそう言うと、狡い狡いと駄々をこね出したひぃくん。


　それを見ていた斗真くんが、困ったような笑顔で『花音ちゃん、行ってきてあげたら？』と言った。

　ーーそれで、今のこの状況。


　二人で密着したまま浮き輪に入り、プカプカと浮かんでゆっくりと流れる。

　思わず顔が引きつる。


　一人用の浮き輪に無理矢理入ってきたひぃくん。
　二人で入ると身動きすら取れない。


　ミッチミチに浮き輪に入ったまま、私達は今プールに浮いているのだ。

　小さな男の子を連れた親子連れが、クスクスと笑って私達の横を流れてゆく。

　身動きの取れないのをいい事に、ひぃくんはそう言うと私の頬にキスをした。

　まだまだ半分以上もあるプールの先を眺める。

　後ろで楽しそうに話すひぃくんの声を聞きながら、私は最後まで顔を引きつらせたまま黙ってプールに浮かんでいたーー。

　斗真くん達がキラキラと目を輝かせる中、私は少し足を震えさせた。



　ーー私達は今、ウォータースライダーへ来ている。

　何故かひぃくんも一緒に。

　一人で来たと言うひぃくんに、『じゃあ一緒に遊びますか？』なんて言ってしまった斗真くん。

　結構な高さのあるウォータースライダーに、やっぱり辞めとけばよかったと後悔する私。

　実は、高所恐怖症だったりする。

　心配そうに私の顔を覗き込むひぃくんと、私の横で呆れたような顔をする彩奈。

　せっかく皆で来たのに、ひぃくんと二人で待っているなんて嫌だった。

　でもいざ来てみると、下から見るより遥かに高い高さに、やっぱり辞めようかと気持ちが揺らぐ。

　どうしようかと悩んでいる内に、いつの間にか私達の順番になってしまった。

　心配そうに私の顔を覗き込む斗真くん。

『うん、やっぱり辞める』

そう言おうと私が口を開いた瞬間、グイッと横から腕を引かれる。

　そう言ってニッコリ微笑むひぃくんは、そのまま私を抱え上げるとゴムボートへ乗せた。

　私の後ろへピッタリと座るひぃくん。

　後ろをチラリと見ると、ひぃくんはニッコリと微笑んで私に腕を回した。

　そのままギュッと抱きしめられる身体。

　視線を自分の胸元へと向けてみると、ひぃくんの手が私の胸をーー胸を掴んでいる。


　そう認識した瞬間、グラリと身体が揺れそのまま私達を乗せたゴムボートが勢いよく滑り出した。

　私の大絶叫を響かせながら、グングンと加速してゆくスピード。

　それはもう、もちろん怖い。凄く怖い。

　でも、私の胸元にあるひぃくんの手の方がよっぽど気になる。

　何で胸なんか掴むのっ！　
　ひぃくんのバカっ！

　文句を言いたいのは山々だけど、それどころではない私は悲鳴をあげながらスライダーを滑ってゆく。

　何度も何度も絶叫した私は、下へ到着した時には魂の抜け殻のようになっていた。

　目の前で呑気に笑っているひぃくん。

　きっと、私の胸を掴んだ事になんて気付いていないのだ。

　先にプールから上がったひぃくんが、私に手を差し伸べて微笑む。

　私は黙ってその手を掴むと、ひぃくんに引っ張り上げてもらってプールから上がった。

　ニコニコと笑顔で話すひぃくんの横を、私は力の抜けた身体でトボトボと歩く。

　隣にいるひぃくんをチラリと見上げると、ニッコリと微笑んだひぃくんが口を開いた。

　小首を傾げてフニャっと微笑むひぃくん。

　さっきは失礼なやつ。とか思ってしまったけど、できれば気付かないで欲しかった。

　泣きそうになって下を俯くと、ひぃくんが私の顔を覗き込んだ。

　そう言ってニッコリと微笑むひぃくん。

　私が気にしているのは柔らかさではない。

　もう恥ずかしさやら怒りやらで何だかわからなくなってしまった私は、ひぃくんに暴言を吐くとそのまま泣き出した。

　そう言って、私の頭を撫でながら涙を拭うひぃくん。

　きっとひぃくんには伝わらないんだろうな……。

　そう思った私は、泣いている自分がとても虚しく思えたーー。