ドサッ ドサドサッ

ちぇっ、これも違う。

砂漠の廃城。とうに主はいなくなり荒れ果てた一室で、少年が本をあさっていた。

ずいぶん古そうな蔵書だったが、ここにもないか、オレの探している本は…

一体いつになったら見つかるのかね、魔女チバリの『薬術書』…

ガタッ

誰だっ!

少年はあわてて振り返った。
しかし、物音を立てたのがマント姿の少女――というか、私だということを知ると、

なんだ、お前かよ、アイラ。

つまらなそうに、ふたたび本に目を戻した。
私はあきれて、少年に言う。

そんなに驚くくらいなら、単独行動なんてしなきゃいいのに。

私、安全な場所で待っててって、ちゃんと言ったよね、ギュンツ?

先に単独行動したのはそっちだろ。

せっかく雇った案内係が、雇い主を置いて城探検に出ちまうもんだから、待ってる間ヒマだったんだよ。

あのね。こういう廃城は、盗賊のアジトになりやすいの。
最近使われた形跡がないか調べるのは防衛の基本!

私は案内人である前に、用心棒なんだからね。雇ったからには、ちゃんと言うこと聞いてよね。

あーはいはい。オレはどうやら、案内人兼、用心棒兼、説教係を雇っちまったようだな。

ため息つきたいのはこっちだよ…

あーあ、マルジャーンさんの紹介だからって、気軽に引き受けなきゃよかったな。

〈戦士団〉を独立して初めての仕事が、こんな横暴な、わからずやの世話だなんて!

そう嘆きながら私は、ギュンツと初めて会った日のことを――

五日前の〈東の果て〉ファル・バザールでの出来事を、思い出していた。

アイラ、どうしたのさ、しけた顔して。
せっかくファル・バザールにいるってのにそんな顔してちゃ、ツキが逃げてくよ。

〈東の果て〉ファル・バザール。ラクダの隊列の目的地。あらゆる文化と言語が入り交じり、絹やサテンを値切る声が飛び交うにぎやかな街。

しかし私はお金がないので何も買えず、むっつり黙って座り込んでいた。そこに、顔見知りのマルジャーンさんが声を掛けてきたのだ。

ははあ、わかった。あんた最近〈戦士団〉を独立したって言ってたね。
独立したはいいけど、用心棒の依頼がないんで食いっぱぐれてるんだろう。

うっ…
なんでわかるのさ、マルジャーンさん!

顔見りゃ一発さ。

隊商に売り込みにも行ったんだけどさ。「うちでは困ってない、よそへ行きな」ってそればっかり。

私の何がいけないんだろう。

見た目だろうね。

そんなっ。

あんたが腕の立つ剣士だってこと、あたしは知ってるけどね。

見てくれは、ただの十六歳の小娘だもの。腰に下げたその剣も、顔につられてオモチャに見えるんだよ。

食べないとますますやせっぽちになるよ。いちど里帰りしたらどうだい。
独立したと言っても、追い出されたわけじゃないんだろ。

帰らないよ。
おなかがすいたから帰るって、子どもの家出じゃないんだから。

ぐきゅるるる~~~

意地っ張りだねえ。自分のおなかを見習いよ。
ま、顔見知りのよしみだ。これでも食べな。

マルジャーンさんは、手に持っていたカゴから果物を出して私に投げよこした。

マルジャーンさぁん!

ははは、面白いくらい目を輝かせるね。いいよ、お食べ。

ありがとう!

…食べたね?

うん?

実はその果物ね…セレナから来た友人が私にってくれたとても高級な物なんだ。

むぐっ!?
ウッソだあ! 正直ただすっぱいだけのリンゴだったよ!?

高級なものは高級なんですぅ。食べたからには、お礼をしてもらうよ。

サギだ! 横暴だ!

まあ聞きなって、あんたにも悪い話じゃないからさ。

え?

依頼人を紹介してやるって言ってるのさ。特別に無料でね。

そのセレナの友人が、案内人を探してるんだ。〈虚無の砂漠〉の廃城巡りをしたいんだって。
どうだい、興味出てきたんじゃないか?

そう言うと、マルジャーンさんは私を連れて、裏通りに入った。

裏通りのとある店の前で、少年が水タバコを吸っていた。

マルジャーン?
どうしたよ、ガキなんか連れて。

いきなりガキ呼ばわり?

いけ好かないやつ。君だって十分ガキじゃないの。

怒るんじゃないよ、アイラ、依頼人相手に。

えっ、この子が…?

ああ、頼んでた案内人か。

少年は立ち上ると、私をまじまじと観察した。私も負けじと、少年を見返す。

なんだ、私より背が低いんだね。
フードの下から現れた顔も、幼いし…

十四歳か、十五歳くらいかな――って、

うわっ!?

突然。
少年が無断で、私のマントをめくり上げた。

なっ。
何すんの、変態!

おっと。

こら、人の渾身の一撃をよけるな!

こら、このっ、すばしこい!

もう、二人とも、じゃれてるんじゃないよ。周りのお店の迷惑になるだろ。

剣をしまいな、アイラ。マントの下に着こんでるチュニック、かわいかったじゃないか。見られたって平気だろ。

そういう問題じゃないよ!

ギュンツも、女の子の服を勝手にめくるんじゃないよ。マントの下が裸だったらどうするんだい。

裸じゃないよ! それじゃこっちが変態だよ!

身のこなしを見ただけだ。人を見る目に自信はあるが、ただ歩いてるのを見ただけじゃわからねえからな。

剣はかなり使えそうだが、性格に難ありって感じだな。

護衛に性格は関係ないでしょう!

オレみたいなのに雇われたがるとは思えないが、なんてだまして連れてきたんだ?

だましてないさ、あんたのくれた高級リンゴと引きかえにしただけだよ。

高級?
あんなの、ただすっぱいだけのリンゴ…

しっ。話合わせて。

ああ、高級だな。
めちゃくちゃ高級品だな。
金貨三千枚くらいする。

リンゴがそんなにするわけないよ!
っていうかマルジャーンさん、今何かぼそっと言ったでしょ、聞こえたよ!?

ははは。気のせいだろ、アイラ。

それより商談に移るとしよう。
ギュンツは砂漠の案内人を探してるってことだったね。

砂漠といえば、アイラ、あんたに頼めば間違いないだろ?

えっ? まあね。

私は砂漠の真ん中で生まれた、砂漠の子だもの。

砂の一粒までよく知ってるよ!

ほら、ギュンツ。
あんたに紹介した理由がわかったろ。

あんたが海の水の一滴までと顔見知りなのとおんなじさ。
アイラは信用できるよ。

私とおんなじってことは…

ギュンツは海で生まれたのかな?

ああ、気に入った。
紹介料も依頼料も、言い値で払うよ。

じゃ、銀貨二千で!

リンゴ一個で足りるな。

冗談だよ…紹介料は銅貨二十だ。

アイラ、あんたはどうする。

受けてもいいけど、タダではやらないよ!
高級リンゴのことなんて、知らないんだからね。

アイラは単独での用心棒としては駆け出しだけど、〈戦士団〉で経験を積んでる。

一日につき銅貨十五でどうだい?

妥当だな。

へえ、本当に値切らないんだ。
〈戦士団〉にいたころは、君みたいな一人旅の客は、料金でごねるやつらばっかりだったよ。

君ってもしかして、いいとこのお坊ちゃん?
道楽で廃城巡りなんてするくらいだしさ。

おい…お坊ちゃんってなんだよ、お坊ちゃんって。
見ろ、マルジャーンが腹かかえて笑ってるぞ。

それに、廃城巡りは道楽でするわけじゃない。

道楽じゃないなら、何なの?

…………

探してるんだ。
〈虚無の砂漠〉のどこかにある、一冊の本を。

あれから五日…依頼がなくてあせってたから、マルジャーンさんの紹介に飛びついちゃったけど…

この五日間、君ったら、毒蛇がいれば追っかけるし、貴重な水でそれをゆでるし!

いくらしっかり火を通したところで、毒蛇のスープなんて飲めっこないじゃん!

君がダメにしたあれ、三日分の飲み水だったんだけど!?

なあ、アイラ。
悩ましげに独り言言ってるとこ悪いんだけどさ。

独り言じゃないよ!?
どおりで返事がないと思ったら、私の話聞いてなかったの!?

さっき確認したとき、この城に、最近使われた気配はなかったんだな?

うん。
最近どころか、廃城になってから一度も使われてないみたいだよ。

廊下に城主の死体が転がってるくらいだもの。
そんなところに住めないでしょ。

そうかよ、それじゃ…

ありゃ、突然のお客さんか?

…? どうしたの? さっきから窓の外ばかり見て。

外には砂漠が広がってるだけでしょ――

言いながら、私はギュンツを押しのけて、窓から首を出してみた。

なっ…なに、これ!?

城の周りに、人が集まってる…
しかも全員、武器を持って!

ざっと三十人はいるか?
服は粗末だが得物は立派…見るからに盗賊連中だな。

ここはいちばん近い都市からだって四日はかかるんだよ。
偶然通りかかるなんてありえない。

かといって、ここを根城にしてた形跡もない…

じゃあ三つ目の可能性だな。

オレたちのどちらかを狙ってるやつらが、オレたちがここにいるって知って、襲いに来た。

そんな!

だって、狩りには絶好のシチュエーションだぜ?
こちらにいるのはガキが二人、砂漠の真ん中じゃ助けも呼べない。

――と、あちらは思ってるだろうからな。

ギュンツが、意味ありげに私を見て微笑む。
私は、自分の仕事を思い出した。

こちらにいるのがガキ二人?

砂漠の戦士を忘れてるよ。

やる気が出たようで何よりだ。

実はあいつらの糸引いてるやつに心当たりがあって、オレに術を盗まれてブチ切れた術士が差し向けたんだろうなとは思うんだが、そんなことには関係なく戦ってくれるよな、用心棒さん。

……って

つまりは君が原因なんじゃん!?!?

私の叫びが砂漠に響いた。

 

つづく

第1話 依頼人の少年

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