28 兄妹の証明1

 エルカはプリン王子の物語を本棚の高いところに押し入れる。

 もう二度と手に取ることはないだろう。


 そして、周囲を見渡した。


 ここは、あの地下書庫と同じで誰も干渉してこない最高の空間。



 視線の先に扉があった。エルカはそこから入ってきたけれど、そこから出るつもりはなかった。



 引き篭もりのエルカに扉は不要なもの。

 出る必要がないのだから。

 だからそれは、【扉の形をした壁】だ。


 ギィ……



 その壁が静かに開かれる。


 そんな、有り得ないことにエルカは目を見開いて凝視する。

エルカ

どうして? 鍵は閉まっていたはず。そもそも、それは扉じゃないのに

 開くはずのない扉が開いた。

 そのことにエルカは驚きを隠せない。紅い瞳を凝らしてその先を見つめた。


 扉の向こうは漆黒の闇、そこに彼は現れたのだ。

ソル

それは簡単だ……鍵はあるからな

 エルカの独り言に答えるように、落ち着いた口調で彼は言う。


 静かに現れたのはソルだった。

 エルカの視線はその手で揺れる鍵に向けられる。その鍵には見覚えがあったのだ。

エルカ

……その鍵。お爺様の鍵だよね。そうか、魔法の鍵なら、どんな扉だって開けることができるんだった。まさか私の扉まで開くとは思わなかったけど

ソル

そうらしいな………よぉ、久しぶり

エルカ

………そ、そうだね………

 エルカは少しだけ困っていた。


 ソルとは、いつ以来の対面なのだろうか。ほんの少し前に会ったような気がする。

 ずっと会っていなかったようにも思える。


 こうして、向き合って会話を交わすのは、ずいぶん久しぶりのことだった。


 最近では目を合わせることすらも避けていたのに、自然と目と目が交わされている。



 エルカはソルの瞳を見つめた。

 怖かったはずの視線が、少しも怖くない。


 エルカは知っていた。彼の目は怖くなんてないことを。




――怖いと思っていたのは、彼が望んでいたから。

エルカ

もう、【やめて】も良いよね

 エルカは首を横に傾けると、ニコッと穏やかな笑みを浮かべる。

 その笑みにソルは首を傾げた。

ソル

何をだ?

エルカ

……私が【ソルを怖がる】ってことだよ

 その言葉にソルは目を見開いて、まじまじとエルカを見つめる。
 

ソル

ああ…………って……待てよ……怖くないのか? オレが

 慌てふためくソルに、エルカは大きく頷いて見せた。

エルカ

怖かったよ。でも、それは何を考えているのか分からないから

ソル

それは、悪かったな

エルカ

本当のソルのことを思い出したから、今は怖くない……何を考えているのか分からないままだけど、怖くない。怖がれって頼まれても、もう聞かないよ

ソル

…………そ、そうか

 ソルは息を飲み込んで目を伏せる。


 確かにソルはエルカに自分を怖がるように頼んだことがあった。


 その約束に従って、エルカは今日までソルを怖がってきたらしい。

エルカ

それは良いんだよ

 ふいに、エルカの表情が一変する。


 穏やかな表情から、底冷えのする表情に変貌。濁った冷たい眼差しがソルに向けられた。

エルカ

………どうして?

ソル

 ソルが顔を上げたそこには、エルカの冷たい表情があった。


 刺すような視線がソルの全身を貫く。つま先から頭のてっぺんに痛みが走った。


 激痛を感じるのに、身体は動かすことが出来なかった。

 エルカの暗い顔色と、濁った双眸から視線をそらすことが出来ない。

エルカ

……どうして……炎の中から私なんかを助けたの? ソルにとっては何の得もないでしょ?

 エルカは口調を強めて、ソルに詰め寄った。

 ソルは炎の中に入ってエルカを外に連れ出した。

 エルカはそれが不思議で仕方がなかったのだ。

ソル

それは…………何となく?

エルカ

何それ? 何となく炎に飛び込んで助けたの?

 エルカは呆れたように渇いた笑みを浮かべると、数歩下がる。
 
 それがソルに対する拒絶の距離だった。

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