29 兄妹の証明2
29 兄妹の証明2
エルカの絶望したような瞳。
その表情から嫌な予感を感じたソルは、賢明に首を横に振った。
何となくだけで助け出したわけではなかった。それを、伝えたいのにその言葉が出てこない。
………ち……ちがう
ちがうって、どういうこと?
それは……
自分の気持ちを口に出すことが、こんなにも緊張することとはソルは思ってもみなかった。
だけど、ここで言葉にしなければ、一生後悔してしまう。
エルカの双眸は次第に黒く濁っていく。
だから、声を震えさせながら、気持ちを吐き出すことに決めた。
無表情でこちらを見るエルカに、ソルはゆっくりと近付いて行く。
彼女が離れた分だけ、距離を詰めるだけなのに一歩踏み出すのが苦しい。
それでも気持ちだけで踏み出し、喉の奥から言葉を吐き出す。
ちがう………
お前は…………
オレにとって………
大事な家族だからに、決まっているだろ!
!
エルカは思わず空気を飲み込んだ。
それはいつものソルの姿。いつものように、怒鳴り声を上げた。この声がエルカは少しだけ怖かった。
だけど、今は全然怖くなかった。怖くないけど、胸の奥が痛かった。
胸に手を当てて目を閉じる。
凄く痛い、どうして、痛いのか、エルカには分からない。
ちょ、ちょっと、待ってよ……………大事な家族…………なの?
はぁ? 家族だろ?
――家族
ソルの口からそんな言葉が吐き出されるなんて……
そんなことは、エルカは予想もしていなかった。混乱する頭の中を整理するように、こめかみを抑える。
な、何を言って…………っ
この野郎がっ
驚きの表情を浮かべて棒立ちになっているエルカにソルは速足で近づく。
そして戸惑っている彼女の身体を力一杯に抱きしめた。
エルカが思っていたよりもソルは大きくて、力があった。
どんなに、もがいても逃げることはできない。
………いた……痛いって
バカなことをするから、お仕置きだよ……このバカバカバカバカバカバカバカ!
ソル?
強い力で締め付けられるエルカの頬に冷たいものが落ちて来た。
それは冷たいのに、とても熱いものだった。
(これは……)
このバカバカバカ野郎
ソルが泣いている。
エルカでも、それだけははっきりと分かった。
………バカだけど、野郎じゃない。私、野郎じゃないよ
いつの間にかエルカも泣いていた。
そんな子供ではないはずなのに、堪えようとすれば余計に流れ出てしまう。
(どうしてこの人は、年上なのに子供みたいなことをするの? これじゃあ、我慢している私がバカみたいじゃない)
溢れ出る涙が止まらない。
そんなことをソルは気付いてもいないのだろう。
うるさいなぁ! オレはバカだからさ、どうすることが兄貴らしいのか……わからないんだ。だから、ナイトの真似だよ。これは
…………痛いって……兄さんはこんなことしない
ソルは力いっぱいにギューッと抱きしめる。
息が苦しくなる力だった。
彼は自分が男で大人である自覚はあるのだろうか。抗議の視線を送ろうとするが、頭を抱かれているから身動きが出来ない。
頭を抱かれているから落ち着くことが出来た。
ソルは、顔を見られたくないのだろう。頭を上げようとすれば、抱きしめる手に力が込められていて、思うように動くことが出来ない。
痛くしているんだ。当然だろ? そうしないと、お前って分かってくれないだろ。オレもそうだ。痛い目見ないと分からない、バカ野郎なんだよ
……意味がわからないよ
だから! オレが家族としてお前を見ているってことを……いい加減に分かれよな
……っ
ふいに力が緩まった。
ソルのぎこちない手が頭をゆっくりと撫でる。
今なら、この拘束から抜け出せるのにエルカはその手に身を委ねていた。
家族だからな! お前が隠していること、知っているからな…………あの女………母さんたちを殺したのは………オレの父親だな?
…………っ
抱きしめられているから、顔を見られていなくて良かった。
きっと、今のエルカは酷い顏をしているから。
だけど……
……この状態じゃ、何も話せない
そ、そうだな
改めて視線を交わす。
お互いに酷い顏をしていて、なんとなく二人は微笑を交わした。