24 とある妹の語る事件3

 ここはリビングの音がよく聞こえてくる。

 だから呻き声、悲鳴、怒鳴り声が聞こえてくる。

 余程大きな音なのかそれは、エルカが耳を覆うぐらいでは聞こえてしまう。





 先ほど、彼らは廊下にいた。そこから、リビングまで移動したのだろう。




 もともとリビングにいた彼らが廊下に移動して、再びリビングに来たのかもしれない。

エルカ

………何だっていうの?

 エルカは呼吸を整えた。

 そして、机から離れて書庫の奥の本棚の前に座り込んだ。


 ここならば不快な音は聞こえてこない。気を紛らわそうと、読みかけの本をパラパラと捲る。

 それは兄に呼ばれたときに読んでいた本。


 あれから気になる展開だった。

 
 このまま、ここで本を読んでいるのが一番良いことかもしれない。

 これから面白くなるところだった。

 だけど、

エルカ

……ダ、ダメ。内容が入ってこない。こんなことしてちゃ、ダメなんだ………私が、あの人たちを…………

エルカ

 消さなければ……


 それは、既に固まっている決意だった。

 もう溶かすことも、砕くこともできない、エルカの決意。

 エルカはこれを遂行しなければいけないのだ。

 どうやら何者かに先手を打たれてしまったが、逃げることはできない。


 祖父から貰った地下書庫の合鍵を首に下げる。

 これは御守り代わりにもなるし、きっと必要になるだろう。

 もう一方の鍵はいつでも取り出せるようにポケットにしまう。


 そして、握っていたナイフを握り直す。

エルカ

行かなければ………

 コッコッと時計が規則的に秒針を鳴らす音だけがエルカの胸に響いた。


 心臓の鼓動の方が速い。


 落ち着け、落ち着け。

 言いようのない衝動が背中を押した。

 呼吸を何度も、何度も整えてからエルカは、静かに地下書庫の扉を開く。
 

エルカ

……っ

 開いた瞬間、鼻を突くような異臭が漂う。

 物音が消えてから、どのくらい時間が過ぎたのだろうか。


 秒針の音ばかり気にしてしまったが、時間を見て置けばよかったのかもしれない。


 物音を立てないように歩いてリビングに辿り着いた。


 

 目の前に横たわる影が二つ在る。

 赤い炎が燃えていた。それは、まだ小さな炎。

 だけど屋敷中に燃え広がるのは時間の問題だろう。
 どうやら襲撃者は火を放っていたようだ。

 そして、動かない二人の前に立つ。

 エルカを見下していた女の顔は顔半分が潰れていて、醜い姿を晒している。

 襲撃者がどれだけ女を憎悪していたのかが伺えた。

エルカ

哀れだね、でも丁度良い……必要なのは状況証拠。私には十分な殺意があって、動機も十分あった

 この遺体にナイフを突き立てれば良い。そうすればエルカが犯人だという証拠が残るだろう。


 エルカの指紋のついたナイフで殺害されたということになる。

 父親を見る。

 女と違い顔は綺麗なままだったが足が変な方向に曲がっていた。右手は伸ばされていた。



 そして、辺りには魔法の気配が漂っていた。 
 
 この屋敷にいる魔法使いは、エルカ以外は目の前で息絶えている父親しかいない。

 彼が何かをしたのかもしれない。

エルカ

(あれ? 魔法の気配を感じる……父さん……何をしたの?)

 父・マースはエルカが生まれた瞬間だけは、かなり愛してくれたそうだ。

 それが、どうして【興味をなくした】のだろうか。わからないし考えたくもなかった。

 考えても意味はない、まずはこのナイフを突き立てることから。





 そこから、エルカの物語の終わりが始まるのだ。ここから、エルカは終わりを始める。


 それは誰にも理解されない終わりの物語。


 生まれてはいけなかったエルカが死に向かう物語だ。


 エルカは持っていたナイフを振りかざす。


 さぁ、ひと思いにやってしまおう。

 すでに遺体だが、この身体に染み付いた憎悪を全てぶつけてしまおう。

 そんな気持ちで心が熱くなるのを感じていた。


 しかし、その熱は呆気なく冷めてしまう。

……そこに居たのか

 ナイフを振り下ろそうとした瞬間、エルカの背後から男の声が聞こえた。


 冷たい声だったので、声をかけられたエルカの足は氷のように動かなくなる。


 あと少しで、ナイフで滅多差しできるのに。身体が言うことを聞かなかった。




 誰だろうか。



 そこにいたのはソルの父親だった。

 それを自覚したとき、荒波のような恐怖がエルカの背筋に襲い掛かる。

エルカ

……………ど、どうして

 気配がなくなったから、もういないのだと思っていたのだ。


 迂闊だった、確実に居ないことを確認すべきだった。

 後悔しても手遅れだ。足が震えて動けない、でも動かなければ死ぬより辛い目にあうだろう。


 悔しかった。這い寄って来た黒い気配に気付けなかったなんて。

くそ……そいつ虫の息なのに、いきなり手から火を出しやがって

エルカ

そう……炎は父さんがやったのね

ハハハ……最後の最後で魔法使いらしい行動をしてくれたよ

エルカ

………だって、父さんだって魔法使いだもの

そうだったな。だから、君が生まれたんだ。よかった……無事で。魔法使いは子供の内から調教しなければな。男が良かったが、女でも問題ない

エルカ

………っ

 この男は危険すぎる。逃げなければならない。


 頭の中で警鐘が鳴り響いた。エルカは動かない足を叱咤して、リビングから駆け出した。


 途中でナイフを落としてしまったけれど、取りに引き返す方が危険だ。

 男は、想像以上に危険だ。

 振り返り確認すると、男は嬉々とした表用で足を引きずらせながら追いかけてきた。

 


 傷を負っているのか、思うように動けないらしい。

 ズルズルと引きずられる足からは赤い血が筋を作って流れ出ていた。


 あんなに血を流しながら走っていられるなんて異常だ。


 エルカは蔑みの視線を男に向けた。

いや、さ……お嬢ちゃんをいくらで引き取るかって話で揉めてさ………俺が育ててやるよ……良い父親になる自信はあるよ

エルカ

今更、父親なんていらないわ

俺と手を組んで金儲けだってできる……

エルカ

意味がわからない

 エルカは逃げながら、場所を移動する。


 この屋敷の構造を把握しているが、あの女が至るところにガラクタを捨てるものだから、思うように走れない。

 だけど、それは追い駆けてくる男も同じ。

 ガラクタが障害物になってくれる。



 怪我をしている彼にとって、この障害物は不愉快でしかないだろう。

 障害物はあっても、エルカは屋敷の構造を把握していた。

 どこをどう進めば、どこに出るのか理解している。



 体力に自信がないので、全力で走ってもすぐ後ろに男がいることが不愉快だった。

 男は次々と気味の悪い言葉を投げてくる。

お嬢ちゃんの容姿なら、数年後には男を騙せる……騙し方を教えてやるよ

エルカ

興味ないわね

興味ないだと? 目は気になって仕方ないって顔をしているだろ? さ、一緒に

エルカ

そんな、勝手なこと……こちらから願い下げ

反抗的だな、父親と同じだな

エルカ

……………当然でしょ……あの人の娘だもの。それに、貴方が私を支配する理由なんてないのよ。

エルカ

私の支配者はいつだって私なのだから……男を騙す? 騙すなら私は全てを騙してやる。それぐらいの気持ちは抱いているのよ

エルカ

………

 エルカは不敵な笑みを浮かべて、そう呟いた。

第2幕-24 とある妹の語る事件3

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