15 とある兄の語る事件3

 どれくらい時間が過ぎたのかが分からない。 

 どれくらい我武者羅に走り回ったのだろうか。



 見上げると空は闇色に染まっていた。

 ソルは興奮を抑えながら自宅に辿り着く。仄暗い闇の中、ソルの双眸も暗く濁った色を浮かべていた。

ソル

(【道具】じゃないってこと証明する為にオレは考えたんだよ)

 考えて、考えて、

 考えて、考えて、

 考えて、考えて、

 考えて、考えて、

 


 考えて、考えた挙句に辿り着いた答えだった。
 

 それが、正しいのか間違っているかは気にしない、考えない。

 自分に出されている選択肢は、どんなに悩んで頭を捻ったところで、ひとつしかなかったのだから。

ソル

(……行くぞ、オレ!)

 引き止める者は誰もいなかった。

 背中を押してくれるものもいなかった。



 だから、ソルは自分の言葉で自分の背中を押し出した。大丈夫だ、お前ならやれる。その頼りない背中を押し出した。



 彼らは自分では鍵をかけない。


 だから、ソルやナイトが戸締りをしない限り玄関の鍵は開いたまま。


 ナイトは仕事からまだ帰ってこない。
 遅くなると言っていた。だから、鍵は開いていた。



 初めてここに来た時は広く感じた玄関フロアはあの頃よりも狭く感じる。ここで途方に暮れているところにグランが声を掛けてくれた。




 エルカと初めて会ったのもここだったし、ナイトに手を折られたのもこの場所。



 幼い双眸には広く感じたここも、こんなに狭かったのだ。


 もちろん、ソルが成長したこともあるがそれだけではなかった。

 足元にはガラクタが散乱していた。


 だから狭く感じたのだろう。誰がやったのだろうか。

ソル

足の踏み場もないってやつだな……クックク……歩きにくいなぁ

 興奮しているからだろうか。

 醜い笑いが込み上がってきた。


 そして、ただ足場が悪いだけで楽しくなってしまう。何でそう思うのかは分からない。分からないし、考えるのも時間の無駄だと思った。



 家の中が暖かく感じるし、視界がぼやけて見える。



 まだ何もしていないというのに、意識が朦朧とするのを感じていた。

ソル

……してやる

 目的を果たすまでは意識を保たなければならない。自分を鼓舞しながら、ソルは歩みを進める。


 視線の先に目的の二人の姿が在った。



 

 二人は床で寝ていた。



 二人が外出し不在である可能性もあった。
 その姿が在ったことにソルは安堵していた。



 彼らには屋敷内に居て貰わなければならないのだ。



 しかも、床で仲良く昼寝をしている。そんな都合の良い状況でいたので、無意識に笑みが零れる。



 彼らは酔いつぶれているのだろうか。妊娠祝いに酒盛りでもしたのかもしれない。部屋の中が酒臭い。それ以外にも不快な空気が漂っている。

ソル

(嫌な臭いだ……頭がボンヤリとする)

 ツンとする悪臭はソルの頭を不快にさせる。

 ソルは、いつも持ち歩いているナイフを握りしめて自分を落ち着かせていた。

 これで目の前の異物を排除する。


 害虫を駆除する。汚れを落として、綺麗にしなければならない。新しい生活の為にも綺麗にしなければならない。これは当然の義務だ。


 ソルがこの家を出ていかなければならないのなら、来た時よりも綺麗にしてからだ。だから、こんなモノは邪魔なのだ。 

ソル

……だから、消えろぉ!

 簡単なことだった。相手は弱い人間なのだから。

 こんなに、とても簡単に………奪える。

ソル

つまらない、つまらない、つまらない、消えろ、消えろ、消えろ

 何度も刺した。

 呻き声が、命乞いが……消えた。



 そんな気がする。

 そんなものを聞いたかどうかも分からない。

 分かる必要はなかった。

 目の前の状況だけで十分だった。

ソル

これで、消えてくれた。これで、良かったんだ

 動かない二人を前に立ち尽くす。もう、彼らは動かないだろう。

 いつから動いていないのかも、分からなかった。

 今 、 動 い て い な い の な ら ば … そ れ で 十 分。



 ソルは呼吸を整えると、天井を見上げた。

 周囲が熱を帯びていた。

 所々が赤く光っている。

 それは、燃え上がる炎によるものだと、ようやく気付いた。


 誰が、火を放ったのだろう。

 いつ、火を放ったのだろう。



 自分だったろうか、

 それもわからない、



 でも、これでもっと綺麗になる。

 この炎が全てを灰に帰するだろう。


 そうすれば何もかもが焼失して、綺麗におさまるはずだ。



 心がすっきりとするのを感じながら、ソルは屋敷の外へ駆け出していた。


ソル

ハハハハハハ……あいつらをを刺したよ

 屋敷の外には野次馬たちが集まっていた。


 彼らは燃え上がる炎を不安そうに見上げている。その視線は、炎の中から現れたソルに移動する。

 大衆の視線を一度に受けたソルは、誇らしげに笑う。



 両手を広げて自分を褒めてくれと、言わんばかりの笑みに野次馬たちはゾッとした。騒ぎを聞きつけたのか、少しずつ集まる野次馬たちが増えていく。

ご両親を刺したのか

ソル

そうさ……うるさかったんだよ………あの糞野郎たち……でも、これで静かになる

君、こっちで詳しい話を……

ソル

ああ、傑作を話してやるよ

 駆け付けた自警団員がソルの肩を押すと、ソルは抵抗せずに歩き出す。


 ザッと野次馬たちが左右に避けた。

 その間を自警団員と共に歩き出すソルは、心の中で笑みをこぼす。

ソル

(全て、上手くいった。これでいい、これで終わる。オレは咎人になる。これで、オレが処刑されれば全て綺麗に消え去る。そうすれば、あいつらも………)

 邪魔な両親は葬り去った。

 そして、邪魔な自分が彼らの前から姿を消せば元通りになると思っていた。これで、エルカとナイトは平穏に生活できるだろう。

ソル

あ……れ?

 だけど、何かが引っかかった。

 胸の奥に、チクリとした何かが刺さる。

 ふいに足を止めて、屋敷を振り返った。

 大事な何かを見落としている気がした。

 突然足を止めたソルを自警団員が促す。

中に、他に住人はいなかったのか?

ソル

………

 野次馬たちが声を潜めて会話している。

 その声が聞こえ、それまで高揚していた感情が一気に冷めた。

ソル

(中に、家の中に………)

ソル

……!

君、どこに行くんだ!

 ソルは自警団員の手を振り払って走り出す。近くにあった水おけをかぶって家の中に駆けこんだ。


 感情が高ぶり過ぎて、大事なことを忘れていた。それを思い出したのだ。

中は火の海だ、やめなさい!

ソル

(やくそく……忘れていた)

 


 自警団員の手が伸ばされる。

 ソルはその静止を振り切って、燃え上がる炎の中に飛び込んだ。

 約束を果たす為に。

第2幕-15 とある兄の語る事件3

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