10 檻の中の檻

ソル

……ここは……

 小さく呻いて、ソルは重い瞼を開いた。


 ソルは身を起こして周囲を見渡す。

 そこは意識を失う直前までいた――檻の法廷とは別の場所。
 


 黒い壁が四方を囲んでいた。
 扉らしきものは見当たらない。天井も床も黒一色の不気味な空間。

 異常な事態に慣れてしまったのか、ソルは冷静だった。



 自分が置かれている状況を考える。いつもならば焦って暴れたくなるところだが、不満を聞いてくれる相手がいないのだ。





 覚えてはいないが、自分には大切な目的があった。

 その為には、ここで立ち止まっていてはいけない。


 一人で乗り切らなければならない。そう、思えば暴れてなんかいられない。



 目的がなければ、このまま朽ち果てても構わなかった。



 だが、やり遂げなけらばならない何かがある。



 その【何か】は思い出せない。それは、とても大切なことだということだけは覚えていた。



 自分の冷静さに驚きながらも、ソルは思考を続ける。


 意識を失う直前、コレットが場所を変えると言っていた気がする。



 だから、寝ている間に移動されたのだろう。


 見上げると天井にはランプが揺れていた。



 音もなく不安定に揺れるランプ。


 それが、今にも落ちてくるのではと心配になってしまう。
 
 そのランプの灯がぼんやりと部屋を照らしていた。
 この灯りがなければ、ここは漆黒の闇の中なのだろう。

 ランプが照らすのは一つのテーブル。
 その上には日記帳。

 これは証言台にあったものと同じだった。
 さっきまで開かれたページが、そのままの状態で放置されている。

 それを覗き込むと、突然明るい声が聞こえた。

コレット

『はーい! 私の声が聞こえるかしら?』

ソル

へ? えっと、コレットさんですか?

コレット

『正解! 早速だけど……ここで、あちら側にいるエルカと話をしなさい』

 ソルはキョロキョロと辺りを見渡す。


 声がどこから聞こえているのかは分からない。


 ただし、声の主はすぐに分かった。



 魔女コレットである。


 そのことに気付くと自然に表情が強張った。


 これは先ほどの法廷の続きなのかもしれない。場所が変わったからソルへの尋問は終わったのだと思って安堵していた。



 そんなに甘くないということだろう。


 ここからが本番のような気がして、表情を強張らせる。

ソル

あちら側って?

コレット

『あちら側は、あちら側よ』

ソル

え? だから、どういう意味で

コレット

『……』

 コレットは答えるつもりはないようだ。


 これ以上、尋ねても教えてくれないことは分かっていた。


 だから、ソルは質問を変える。

 

ソル

じゃあ、ここは何なんだよ? 周りが壁ばかりで圧迫されている気分だ

 先ほどよりも圧迫されているという感覚が強い。


 今にも四方の壁が動き出し迫ってくるのではないか、という恐怖を抱く。

コレット

『言ったでしょ、ここは【本の檻《おり》】だって。法廷もここも同じ【檻《おり》】の中なのよ。さしずめ檻の中の檻ってところかしら』

ソル

……咎人《とがびと》には相応しい場所だな

コレット

『貴方が檻《おり》の中から出る条件はプリン王子の物語を完結させることよ』

ソル

プリン王子の物語って………あいつが描いた絵本?

コレット

『あら、覚えているのね』

ソル

まさか、あの王子が主人公の本って……

コレット

『その通りよ』

 幼い頃、エルカが絵本を描いていたことはソルも知っている。


 それをエルカの祖父に見せて貰ったことがある。


 彼女自身が目の前で描いていたこともあった。

ソル

完結させるって、どういうことなんだ?

コレット

『そこは、エルカと話せばわかるわ。私と話しているみたいに、別の場所にいるあの子と話すことができるから』

ソル

………

 図書棺で再会したエルカは記憶が曖昧だった。だから、ソルに対しての警戒心が薄かった。

 しかし、本来ならソルはエルカに避けられていたはずだ。

 今のエルカはどうなのだろうか。


 会話なんて成立するのだろうか。不安ばかりがよぎる。

コレット

『あちら側には小さな呼び鈴があるわ』

ソル

何の為に?

コレット

『何の為に使うかは、自分で考えなさい』

ソル

………え

コレット

『さぁ、本をめくりなさい。検討を祈るわ』

 そこで、コレットの声は消えた。



 同時にソルの震える手が静かにページをめくる。



 自分の荒い呼吸音と紙のめくれる音が、静寂の中に響く。

ソル

くそ、どうなっているんだよ

 自分の手が勝手にページをめくっていた。


 そんなつもりはなかったので、ソルは思わず大声を上げていた。



 心の準備をさせてくれと憤慨しようとしたときだった。

ソル?!

ソル

……っ

 開かれたページの向こうから、懐かしい義妹の声が聞こえたのだ。

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