02 孤独な覚醒2

 しばらく考えた後、ナイトはソルを見る。

 そこにあるのは、怒っているような、呆れているような、複雑な感情だった。

ナイト

まず、今のお前は監視されている。だから、動き回ることはダメだ。俺も関係者だから監視は付くだろう。外で動くことは難しいな

ソル

そうか……じゃあ、何もできないのかよ

ナイト

落ち込むなって……外では動けないが……病室の中でなら自由だ

ソル

病室の中でなら?

ナイト

実はエルカの母親が魔法で細工してくれているんだよ。結界みたいなものが張られている

ソル

エルカの母親? 魔法で細工? どういうことだ

ナイト

具体的なことについてはノーコメント。詮索しない方が身の為だと思えよ。お前は、ここで大人しくしていれば良い

ソル

それって何もできないと同じだ。だったら、監視されても外で出来ることを……

ナイト

さっきも言ったが、ここから出れば監視役がべったりと張り付く。怖い顔をした連中だ……俺よりも強いぞ

ソル

そりゃ、オレは咎人だから……仕方ないさ

ナイト

そこなんだよ……お前は『あの二人を殺害して火を放った』……なんて宣言したそうじゃないか。何で、そんなことを言ったんだ

ソル

二人を……殺害……そうだったな

 ソルの脳裏で、それまでぼんやりとしていた記憶が再生される。

 二人は事故死ではなく他殺だ。

 赤い血の海。

 浮かぶ二つの遺体。

 ナイフ。

 立ち尽くす自分。


 興奮しながら屋敷から掛け出ると、屋敷の前には野次馬が集まっていた。

 煙を見て悲鳴を上げる野次馬たちに向けて、自分が犯人だと叫んだ。

 ソルの表情に自嘲的な笑みが浮かんだ。

ソル

二人を……殺害……そうだった、あの人たち死んだんだっけ。

ソル

そうだ、オレが殺した! ああ、そうさ……立派な咎人だ。それで、どうしてオレを突き出さない? オレが真犯人なんだぞ

ナイト

それは簡単だ。俺はお前が犯人だとは思えないんだよ。有り得ないんだ。あの二人を殺害したのは、お前じゃない。お前には殺害できない。犯人は別にいる

ソル

オレじゃないとしたら……


 他に誰を疑うと言うのだろうか。

 目線の先でナイトが苦悶の表情を浮かべていた。

 ソルでなければ、それは一人しかいないことになる。

ナイト

………

ソル

待てよ………二人を殺したのはオレだ……エルカじゃない。お前が………お前がそんなことを考えるなよ

 あの夜に屋敷内にいたのはエルカとソルだ。
 犯行が可能なのは二人だけ。

 二人には同じぐらいの殺意と動機があった。

 それでも、疑ってはいけない。

 ナイトが溺愛している妹を疑うのだけは、あってはならない。

 すると、ソルの興奮を落ち着かせるように、ナイトが両肩を掴んだ。

ナイト

落ち着けよ……俺だって考えたくはないさ。だけど、現場には血の付いたナイフが落ちていた。あれは、あの子のものだ。護身用の為に俺が与えたものだ

ソル

それが、凶器だったのか?

ナイト

遺体の側で発見されたからな。凶器と見なされている。それと、他に凶器らしいものもなかった。自警団が見つける前に回収すべきだった

ソル

それって証拠隠滅って言うんじゃないか?

ナイト

あの子のためなら、それぐらいできるさ

 ナイトは悪びれる様子もなく断言した。

 ソルの知るナイトはこういう男だった。

 妹の為ならば、どんな手段もいとわない。
 
 しかし、どうやら証拠隠滅に失敗してしまったらしい。駆け付けた時には既に自警団が捜査を始めていたそうだ。

 彼の前で、護身用のナイフは証拠品として回収されてしまった。その時にナイトは祖父の形見の品であることは伝えている。

 何事もなければ速やかに返却してもらうことを約束した。

 しかし、他に凶器らしいものは見つからなかった為、そのナイフが凶器だとほぼ断言されている。

 この街は犯罪や事故で溢れている。

 自警団は早急に解決したかった。

 未解決事件として葬るのではなく、解決したかったのだ。

 だから、彼らはそれを凶器として捜査しているそうだ。
 ナイフの持ち主こそが犯人だという結論にまで至っている。

ソル

あいつ、いつもナイフを持ち歩いていたよな。地下書庫を出る時は必ず持っていた……

ナイト

俺がそうさせていたからな

ソル

そうだったのか

ナイト

まぁ、そのことは俺たち兄妹しか知らないことだ……あのナイフがあの子のものだってことは証言していない。自警団は頭を抱えているだろうな。真犯人のものか、お前のものかってところで

ソル

でも指紋がついているんだろ……エルカの

ナイト

ナイフの元の持ち主は爺様だ。魔法使いのナイフだから、指紋なんて残らないさ

ソル

………マジか……よ。魔法使いって怖いなぁ……証拠隠滅なんて簡単にできるのか

ナイト

そうらしいな。あれは爺様の形見だし、大事な物だから返しては貰うさ

ソル

だけどナイフだなんて……物騒なものを持たせていたのか? 危ないからって料理で包丁も持たせないお前が……

ナイト

護身用の武器を女の子に持たせるのは当然だろ

ソル

そうだけど……

 野菜を刻む包丁は危ないからって持たせない。果物ナイフだって触らせない。

 だけど相手を攻撃するナイフは必要だからと持たせている。

 ナイトは自称常識人のはずだ。

 しかし、妹が絡むと頭のネジが外れてしまうらしい。ソルは心の中で首を傾げた。

ナイト

とにかく。何があったのか………本当のことを知っているのはエルカだと思う。誰が殺したかはともかく、あの子が遺体の側にいたことは確かなのだからな

ソル

オレが犯人なんだ、それで良いだ

ソル

ろっっ………っっ

 突然、目の前が暗くなった。

 ナイトの影が覆いかぶさったのだ。


 ソルがそう気が付いたときには、胸倉を掴まれていた。彼は今までに見たことのないような鋭い視線を刺してくる。


 鬼、悪魔、そんな得体のしれない何者かに突然襲われたような恐怖が襲い掛かった。

 ソルは命の危険を感じて息を飲む。

 ナイトが本気で切れた時は以前にもあった。その時は、エルカが止めてくれたから事なきを得たようなものだった。

 どうあっても、ナイトの方が強いのだから。

ナイト

お前の証言だけで、犯人だと断言するほど自警団は馬鹿じゃない! それに、お前が犯人になったらあの子を悲しませる。そんなのは赦さない

ソル

……だ、だけど……

ナイト

だけど、じゃない。お前はあの二人を殺したと言いながら、その時の状況を言えないだろう。どういう状況で殺したんだ? 言ってみろ?

ソル

……え、えっと………

ナイト

ほら、言えない。どうして言えないんだ?

ソル

そ、それは………

ナイト

だいたい、お前は……あのナイフについて知らなかっただろ?

ソル

ううぅ

 ソルは自分が犯人になれば、それで全てが収まると思っていた。


 しかし、それをナイトは望んでいないらしい。

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