01 孤独な覚醒1

 霧がかかったような、ぼんやりとした視界が広がっていた。

 微かに映るのは真っ白な天井。

 何度か瞬きを繰り返す。

 その内に自分が寝ているということに気が付いた。

 背中には硬い感触。

 そこは清潔感が漂う部屋だった。


ソル

(ここは死後の世界か……?)

 そう思いながらソルは視線を横に動かす。
 死後の世界ならば、すぐ隣で死神が嘲笑っているだろう。

 そんなことを考えながら周囲を見渡して、
 
 ………落胆した。

 残念ながら、ここは死後の世界などではなかった。

 仏頂面の義兄ナイトと目が合ったのだから。

 彼は苛立ちと疲労の色を込めた視線でソルを刺してくる。






ソル

……

ナイト

目が覚めたか? ここは病院だ

ソル

……病院?

 ソルはぼんやりとした声で彼の言葉を復唱する。
 声を出すのも苦しかった。

 ここは幼い頃に行った診療所とは異なる場所らしい。
 室内は広いし、そして静寂に満ちた馴染みのない空間。

 ソルは胸の奥がザワザワするのを感じて視線を彷徨わせていた。
 状況を理解していないと思ったのかナイトが説明を続ける。

ナイト

ああ、そうだよ。屋敷は昨夜の火事で殆ど燃えてしまった。出火原因については調査中。お前は屋敷の前で気を失って運ばれたんだ

ソル

火事……?

ナイト

ああ、近所の住人が自警団に通報したらしい。屋敷以外で燃えたのは空き家だったのが不幸中の幸いだったな

ソル

……そうだ、燃えていた……

ナイト

中には………お前の母親とエルカの父親らしき遺体があったそうだ

 火事があったということは覚えている。二人が亡くなったことも理解していた。

 遺体を残して、ソルは炎に包まれた屋敷から飛び出したのだから。

ソル

………あいつは?

ナイト

お前が連れて来てくれたから、エルカも無事だよ。今は隣の病室にいる

ソル

……オレが?

ナイト

覚えていないのか? 地下に引き篭もっていたのを連れ出したんだろ?

ソル

ああ……そんな、気がする

ナイト

おいおい、大丈夫か? あの子はお前と違ってかすり傷程度だ。お前の方が重症だったんだぞ

ソル

そうか………ってて

ナイト

腕の骨が折れていたらしい。煙もかなり吸っていたみたいだからな……

ナイト

生きていたことが奇跡的だって医者も言っていたさ。それで、他に何か言うことはないのか?

 ナイトの言葉にソルは眉根を寄せた。

 目の前の男は、ソル以上にエルカを溺愛している。穏やかに話しているが、きっとソルのことが憎いのだろう。

 だから、ソルは殴られることを覚悟しながらナイトを見上げていた。

ソル

怒っているよな。あいつのこと頼まれたのに……あんな目に合わせたんだ。悪かった……オレの所為で

ナイト

ああ怒っている……ただし、お前たち二人に対してだけどな

ソル

え?

 ソルは面食らったような表情を浮かべる。

 どうして彼女に対してまで怒るのだろうか。

 彼は妹に対しては異常なほどに甘いというのに。目を丸くしたままのソルに、ナイトはため息を零しながら答える。

ナイト

そもそも引き篭もっているのは、あの子の意思だ。お前は関係ないだろ

ソル

そうだけど……

ナイト

それを連れ出したのだから大したもんだよ。あの子はかなり頑固なところがあるから

ソル

でも……オレが……

ナイト

俺が怒っているのは……二人とも自分の命を大事にしていないことに対してだ。…そうだろ? お前はこのまま目覚めるつもりがなかっただろ?

ソル

まぁ……な。オレ自身はこのまま目覚めなくても良いかなって思っていた……よ

ナイト

ばーか、何言ってんだ。バカ

ソル

言われなくてもバカだよ

ナイト

エルカも同じだろうな。このまま目覚めるつもりがないんだ。問題なのは……お前と違って、意図的にそれが出来るってことだろう

ソル

意図的って?

ナイト

あれでも魔法使いだ。目覚めないと望めば目覚めない魔法でもあるんだろうな

ソル

そういえば、何か呟いていたからその時か……

ナイト

…………すぐに詠唱が出来たということは、予め準備はしていたのかもしれないな

ソル

それじゃあ、このまま目を覚まさない可能性もあるよな

ナイト

だろうな……筋金入りの引き篭もりだからな。こっちがどれだけ心配しようともな。困った子だよ

 そう言ってナイトは苦笑する。その眉間には深いシワを寄せていた。


 平静を装うとしているが、その表情には焦りが伺える。
 そんなナイトをソルは見上げていた。

ソル

……オレはどうすればいい? お前の言う通りオレも自分の死を望んだよ。あいつがいなかったら、オレは死を選んでいた。

ソル

だから、オレは自虐的なことしか考えられない。オレが死を選べばあいつが目覚めるというならそうするよ

ナイト

それは逆効果だろう? それに、お前かエルカか……どちらかしか生き残れないって話は勘弁してくれ。そんな不幸や理不尽は認めない。考えるから待ってろ………

 ナイトは右手の親指を顎に当てて思考する。

 目を閉じて静かに呼吸。考え事をするときの彼の癖だった。

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