――翌朝、冒険者区中央通りの一角。

ハル

ってわけで、
今日もランディは
ロイヤルスィートで
監禁中なんすね。

ジュピター

あのモロゾフの変わり様には
全員目を丸くしたよな。

 昨夜、導師の実力を見直し、崇拝に近い念を抱いたモロゾフ。そこからアデルの言う事を聞かないランディを宿屋に監禁し、今日も安静にしているよう閉じ込めた話題だ。



 ハルとジュピターは、大して身のない話をしながら二人肩を並べて歩いている。往来には大勢の冒険者が行き交い混雑しているが、二人はするりと人混みを縫うように進んでいく。こんな時は、自然に周りの声が耳に入ってくる。

刀の教官

ッタりーなぁ。
仕事適当に切り上げて
カジノ行くか。

古物商店員

おねえさん、ちょいと良い?
掘り出し物があるんだけど、
お茶しながら見て行かない。

澄ました顔の女性

うざいから
二度と話し掛けないで。

古物商店員

そう言わずに話だけでも……

澄ました顔の女性

控え目に言ってあげるわ。
……すぐに死んで。

モヒカンの冒険者

あ~、眠ぃ~。

難しい顔をした中年

やばい。
遅れる……

鎧を着た御者

道を開けろウスノロ共。
王城への急用だ。
轢き殺すぞ。

 人が集まるだけで賑やかになるものだ。露天にあるフルーツの香が鼻をくすぐり、雲ひとつない空から太陽の光が燦々と降り注いでいる。

細身の女冒険者

はぁ~、もう最悪。
なんで私達が新米の面倒
見なきゃいけないのよ。

大柄な冒険者

新米の引率は
訓練場が適任と判断した
冒険者が指名される。
引率拒否は
余程の事情がなければ……

細身の女冒険者

あー分かってるわよ。
面倒くさいなぁ。

大柄な冒険者

良いじゃないか。
たった二日で危険は
ないに等しいし、
報酬もあるんだしな。

細身の女冒険者

新米が目の前で死ぬのが
目覚め悪いって言ってるのよ。

大柄な冒険者

引率は手出し厳禁だからな。

 ハル達の前を歩く二人の冒険者の会話が否応なく聞こえてきた。どうやら新米冒険者の引率に指名されたようだ。

細身の女冒険者

せめてやばくなった時だけでも
助けるべきじゃない?

大柄な冒険者

いくら最初に釘打っとくにしても
引率も人間だからな。
手を出すなと言われて
はい分かりましたと簡単に
納得出来るものではないからな。

細身の女冒険者

どんな理由があれ
生き残った方が
役に立つじゃない。
訓練場の費用も公費だし、
折角引率付けるなら
無駄にしない為
絶対助けるべきよ。

大柄な冒険者

確かにな。
一階層で躓くようじゃ才能なし。
どうせ下に潜れば
いずれ同じ事になる。
その考えは分かるが、
どうも腑に落ちん。

細身の女冒険者

まるで死んで欲しいって
言ってるみたいじゃない。

大柄な冒険者

それは言い過ぎだ。
やはり厳しい状況を
乗り越えてこそ強くなれる。
これにも一理ある。
それをしっかり伝えるのも
引率の仕事じゃないのか。

細身の女冒険者

レインがパーティを抜けて
いったのも分かる気がするわ。

 細身の冒険者から、レインという名前が出た。



 レインはメナ達と四階層までパーティを組んでいたベテランだ。同一人物かどうか不明だが、ハルとジュピターは顔を見合わせた。

大柄な冒険者

アイツは立派だよ。
口は悪いがな。
訓練場のやり方が
気に食わないからって、
一人で若いのを育てるなんて。
……大したもんだよ。

細身の女冒険者

私もレインの後、
追い掛けようかな~。

大柄な冒険者

お前さんじゃもたないよ。
完全に自分の責任で
やってるんだぞ。
その割に見返りなんて
ないようなもんだしな。

細身の女冒険者

それもそうね。

 引率の二人は、そのまま訓練場の方へ行ってしまった。

ハル

やっぱりあの人のことっすよね。
新人を育ててるって
言ってたし……

ジュピター

だろうな。

ハル

確かにあの二人の
言う通りっすよね。
まるで見殺しを強制する
みたいなシステムって……

ジュピター

一階層如きで
生き残れないなら先も
たかが知れている……。
非常なようでも
訓練場側が求めているのは
最下層に辿り着き
この迷宮の謎を解ける者。
そんな冒険者を育てる為、
少しづつでも苦難を乗り越えれる
人材を育ててるんじゃないのか。

ハル

分かるっすけど、
でもやっぱり見殺しっすよね。

ジュピター

事実そうだよな。
オイラだってそう思う。

ハル

もし仮にっすよ。
自分達が引率に指名されたら
ジュピターはどうするっすか?

ジュピター

ぅぇ。

 いつになく真剣に話をするハルの表情は、朝の陽光とは逆で深く暗い。

ハル

本当に目の前の人が
死にそうになってて
自分が助けられるのに
助けない……。
そんな事出来るっすか?

ジュピター

考えたくもないな。

ハル

理由はどうあれ
訓練場はそんな事を
強制してるんすね。

ジュピター

だけどオイラは
それでいいと思う。
そもそも引率は
現場の知識を与える役目。
やっぱり道は自分で
切り開くべきだ。
きっと人の情と逆行する
大切な事なんだ。
強制されないと
おそらく助けてしまうから。

ハル

それでも……
それでも自分なら……

 ハルは空を見上げて考えた。



 突然降りかかってきた問いが自分の身に起きた時、どうするのか。もやもやとしたものが胸の真ん中に纏わりついたが、ハルの中で確たる答えはしっかりと出ていて動かなかった。

 ~諷章~     178、降ってきた問い

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