――帰還後、冒険者の酒場。

 帰還したハル達は訓練場で報酬を受け、直ぐに酒場に来ていた。

 脇腹の傷を負ったランディは、ユフィに「安静にしてなさい」と言われ、「わかったよ」と返した。

ランディ

安静にするよ。
酒場で麦酒飲みながら
ゆっくりな。

ハル

びゃっひゃっひゃ♪
麦酒最高~☆
ランディ最高~☆

 ユフィとアデルが宿にシャワーを浴びに行ったのを良い事に、ランディは此処へ来て木製ジョッキを一気に傾けている。どうせこの後、顔を合わせる事になると分かっているのにお構いなしといったところだ。

ロココ

ほんとに大丈夫ですか?

ランディ

大丈夫だって。
多分明日は休みだし、
このあと寝りゃあ
何てこたぁねーって。

ハル

あああっ!
ランディ脇腹の穴から
麦酒が零れてるっすよ!?

ランディ

ほんとだ。
ちゃんと蓋しねーとな。

ジュピター

流石にそれはないだろ。

ハル

そーっすよぉ。
穴から麦酒零したら
勿体ないっすから。

 絶対安静と言える状態のランディは、ハルのくだらないしゃべくりに対応して笑っている。痛みも当然ないわけではないが、そんな素振りは微塵にも見せていない。

デメル

おー、やってるな、お前等。
俺達もまぜてくれよ。

ヴィタメール

やぁ、相変わらず
盛り上がってるね。

 誰も知り合いの居なかった酒場だったが、デメル達が入ってきて、開いている椅子にどかっと腰を下ろした。

 ウェイターが既に気付いていたようで、直ぐにデメル達の麦酒がテーブルに運ばれてくる。早速木製ジョッキが掲げられ喉を潤した。人数分より多い木製ジョッキはあっという間に空になり、その頃には新しい麦酒が運ばれてきた。

 モロゾフはパイプではない手巻きのタバコに火を点け、煙を何とも気持ち良さげに吐き出した。

ヴィタメール

で、今日はどうだったの?

ハル

いやぁ~
今日も絶好調だったっすよ。
七階層でちょいと苦戦
したっすけど、
まぁ終ってみれば
余裕って感じっすね。

モロゾフ

あぁ~ん、おめぇら
もういっぱしに七階まで
来てやがんのか。

ジュピター

まぁ、ちょい苦戦ってのは
ランディの脇に穴開けられて
死にかけたぐらいかな。

デメル

マジか!?
何個だ?
何個開けられたんだ?

ジュピター

いや一個だろ。
ってかそんなに開いたら
死ぬだろ普通。

ヴィタメール

穴くらい開くよね。
経験上、一個だけなら
まぁ死ぬ事はないよ。

ロココ

ええぇ~
ここですよ。

 ロココは目を見開いたまま、ランディが受けた傷の辺りを掌で押さえた。

モロゾフ

僕ちゃん、人間ってなぁ
意外なぐらい
頑丈に出来てんだぜ。

ロココ

はぁ。

ヴィタメール

モロゾフの傷なんて
とんでもない大きさだよ。

モロゾフ

んぁ~ん?
そうゆうのは言わなくて
いいんだよ、ったく。

デメル

あん時ぁ、
マジで死ぬかと思ったけどな。

モロゾフ

で、おめぇさん
どれくらいの傷なんだ?

ランディ

ああ、
こんなもん見ても何も
面白くねぇぞ。

 ランディはそう言いながらも、デメル達に今日の傷跡を見せようとシャツをまくり上げた。

モロゾフ

んーだこりゃ!?
これまじで今日の傷か?

 モロゾフを筆頭に、三人は開いた口が塞がらなかった。自分達が思っていた傷どころか、信じられない程の大きな傷痕を確認し、上半身を大きく仰け反らせた。

 無理もない。モロゾフに言わせると「絶対死ぬだろ、こりゃ」というほどの大きな傷だったからだ。







 酔いが吹っ飛んだ三人の衝撃はしょうがないものだった。




 導師の治癒の指輪の存在は三人も勿論知っている。今迄何度も負傷して帰還した時にお世話になっているからだ。

 だが迷宮探索時に――、そう傷を負った直後に治癒の指輪の恩恵を受けた事がないからだ。




 今回のランディの傷も、治癒の指輪は勿論、惜しみなく水薬を使用し、そしてアデルの治療技術が土台にあってこその回復なのだ。

モロゾフ

いや、
これはマジでスゲェな。

 先ほど自分達の負傷武勇伝を語っていた三人は、まじまじとランディの傷に視線を固定し、顔をこれでもかというほど歪ませた。

ユフィ

お疲れ様。

 シャワーを浴び終えたユフィが酒場に入ってくる。ハル達のテーブルを直ぐに見つけ近くにくる。

ユフィ

って、ランディ!!
貴方、安静にしてるって
言ってたじゃない!
なんでここにいるのよ!

ランディ

まぁまぁ、
ここで安静にしてるって。

ユフィ

駄目!!
あれだけの傷なら
どうなっても知らないわよ!

ランディ

大丈夫大丈夫。
自分の身体だから
大体分かるって……

 予想通りのお叱りを、ランディは適当に躱そうとする。

アデル

あ、あれ!?
ランディ?

 そしてそこにアデル。

 ランディはアデルに爽やかな笑顔を送り、やり過ごそうとする。

アデル

ランディ!!
今日は絶対安静ですよ!
ここで飲みたい気持ちも
充分に分かりますが
今日は宿に戻りましょう!

ランディ

もうちょっと。
もうちょっとだけ飲んだら
帰っから♪

 アデルの注意を余所に、ランディが新しい麦酒に手を伸ばす。

 ランディの伸ばした腕を掴んだのはモロゾフ。麦酒を取られたくないのか、木製ジョッキの手前でランディの腕は止まった。

モロゾフ

テメー導師様が帰れって
言ってんのが
分かんねぇのか、あぁん?

ランディ

へ!?

ハル

ふぉふぇ!?

モロゾフ

偉大なる導師様の御言葉が
聞こえねーのかって
言ってんだよ、くそがぁ~。

アデル

ええっ!?

 今迄なんとも思ってなかった導師の偉大さに目覚めたモロゾフは、アデルの事を導師様と呼んだ。



 そしてその導師様の言う事を聞かないランディの首根っこを鷲掴みにする。目が尋常じゃない光を放っているモロゾフは、アデ……導師様に深々と一礼する。もはや神格化されているに近しい敬意を放っている。



 いつもなら暴力で解決するモロゾフだが、それは導師様の望むところではないことは分かっていた。ランディはモロゾフに粛々と酒場の外に摘み出された。

 そしてすぐに戻ってくると思っていたモロゾフだが、随分と時間を置いて戻ってきた。

















 どうやらランディを宿の部屋に入る迄、監視していたらしい……















 普段は絶対に泊まらない(泊まれない)ロイヤルスイートだった。モロゾフの前金一括払い。トイレ風呂はもとより、全てが部屋の中にあると言ってよい最高級の部屋だ。治療に専念するにも逆に落ち着かない部屋と言えるが、導師様への敬意の表れがこの部屋を選ばせたのだろう。















 ちなみにこの部屋には特別に鍵が掛けられていた。外に出られないように外から厳重に。
















それをランディが知るのは、導師様が酒場で旨い料理に舌鼓を打っている頃だった。











アデル

おいすぃ~♪
しぁあせでしゅ~☆

 ~諷章~     177、負傷武勇伝

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